第三話 紅炎組の炬火Ⅳ
「おっ。炬ぃ〜、もう帰るん? せやったら俺も一緒に帰るわ〜。今日はどこに行くん?」
「どこでもいいだろ」
転校初日から炬につきまとうようになった愁晴は、ニコニコと笑いながら今日もまた炬の後をついていく。
放課後ふらりと帰ろうとした炬を呼び止めて、腰を上げた愁晴は、炬が立ち止まらないのを見ると慌てて鞄を持って立ち上がった。
「なぁなぁ、俺もつれてってや」
「あぁ」
「そないなこと言わずに…………って、えっ?! えぇの?!」
「なんだよ」
じろりと愁晴を睨むと、愁晴は呆然とした表情のまま炬を見つめている。
「ほんま?! 正気なん?! ドッキリとかなしやで、絶対あかんからな?!」
「は?」
「行くならはよ行って遊ぼうや! どこに行くん?!」
「雑居ビル地区」
愁晴にとって、その地区はあまりいい思い出がない場所だ。二日前──愁晴にとっては転校初日とも言える日に、炬につきまとって炬の仕事に巻き込まれてしまったのだから。
ボロボロに傷ついてしまったと言うのに、愁晴は嫌そうな顔一つしなかった。むしろ嬉しいのか、ニコニコと笑ったまま強く頷く。
「嫌じゃねぇの?」
「ん? 別に嫌やないよ?」
「なんで」
「なんでって、この町ん中でそこがいっちゃんおもろそうやもん」
「……ふぅん」
常人よりも頭のおかしな愁晴にとっては、そういうものなのだろう。炬は深く考えることをやめ、愁晴を連れて陽陰学園を出た。
バスに乗って駅前につき、二人並んで歩きながら雑居ビル地区へと入る。
「今日はどの辺に行くん?」
「前行ったとこ」
「え? なんでなん?」
「ついてこい」
一人で前を歩くと、必ずと言っていいほど愁晴は隣を歩こうとする。
「せやな、わかったわ。そういうことなら楽しみにしとく」
隣に立った愁晴はそう言って、先に例の謎の建物を目指した。
秋風が炬と愁晴の肌を撫で、真っ直ぐに通り抜けていく。愁晴は肌寒そうに身を震わせ、白いブレザーのボタンを締めた。
「炬は寒ないん?」
「寒くねぇよ」
「へぇ。強いんやなぁ」
「馬鹿にしてんのか?」
「んなわけあるか」
適当に言葉を交わしていると、謎の建物が姿を現す。雑居ビル地区に入ってしばらく歩いていると見えてくるその建物は、大通りに面した場所に建っていた。
「はぁ〜。相変わらずごっついなぁ」
「そうだな」
「って、おいおい。中入るん? 勝手に入ったらあかんやろ〜?」
「いいんだよ」
我が物顔で階段を下りていく炬を不安げな表情で眺めていたが、取り残される方が嫌なのか愁晴は慌てて後を追った。
「なんの根拠があってんなこと……」
「買い取った」
「……はぁ?!」
ようやく追いついた愁晴は、あの時のままの扉を開ける炬を見上げる。
「なんで?! どうやったん?!」
「俺が欲しかったんだよ。それ以外に理由はねぇ」
「ここに来て坊っちゃんキャラ出すんやめいや!」
中を見ると、やはりと言うべきかここもあの日のままだった。
「買い取ったって、誰から?!」
「あのジジイだよ」
炬はまだ完治していない鼻を触り、珍しく苦々しげな表情をする。それを見て愁晴は理解したのだろう。笑いながら「あのおっちゃんえぐかったよなぁ」と建物の中に入っていった。
「おい」
「ん? どうしたん? 負けたんがそんなに悔しかったんか?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「それは嫌やわぁ。せやけど、炬のあんな表情を見れたんわラッキーかもしれんなぁ」
何もない空間に置かれた、無機質なソファ。それに互いに腰をかけ、炬は舌打ちをして不機嫌さを表現する。
「まぁ無事やったからこないなことが言えるんやけど。俺、あのおっちゃん結構好きやで」
愁晴は察しているのかいないのか、例の大男を褒めて背筋を伸ばした。
「そうかよ」
「ん? 妬いてんの?」
「きも」
「なっ! 酷いわぁ!」
愁晴はぷいっとそっぽを向き、改めて建物の中を見回す。
そう言えば、愁晴が中に入るのは初めてだ。あの日は炬が失神させた下っ端がいたせいで、中に入らせなかったが──。
「ほんまに変な建物やなぁ。よぉ買い取ったわ、炬」
「変だからな」
「なんやその理屈」
不思議そうな顔をしているが、愁晴が言えるようなことではないと思うのは炬だけだろうか。
「お前のせいだよ」
変な物に好かれてしまうから、変な物を気に入ってしまった。それだけだ。
「俺のせいなん? にしてもこれは買わんわぁ。何かわからんもん」
「うるせぇな」
「俺が名づけてやろうか?」
「は?」
意外な言葉に愁晴を見ると──
「名をつけるっちゅーことはな、一番短い呪なんやで」
──愁晴は笑いながら恐ろしいことを口にした。
「呪?」
「せや。名づけは存在を確かな物とする。妖怪とかがええ例やろ? この建物はどんなんがええかなぁ……」
考えながら辺りを見回す愁晴は、今にも崩れそうな脆さを持つ内装を眺める。
「……《ハリボテの家》、っちゅーのはどうや?」
そして漏らした言葉で、この建物に呪いをかけた。
「……いいんじゃねぇの?」
「ほんま? 嬉しいわぁ、炬に褒められんのは」
「褒めてねぇよ」
「えぇやんえぇやん。俺がそう捉えたんやから」
愁晴はニコニコと笑い、大きく手を広げる。
「《ハリボテの家》が俺らの隠れ家や。今日から毎日ここで遊べるなぁ」
「別に遊ばねぇよ。ただの時間潰しだ」
「えぇやんえぇやん。それが俺にとっての遊びやから」
愁晴は今もニコニコと笑っている。
炬はそれを一瞥し、息を漏らすように笑った。
「好きにしろよ」
いつだって炬はそれを止めることはしない。
自由でいたいからこの家を買ったように、愁晴に何かを強要しようとは思わなかった。




