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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第三話 紅炎組の炬火Ⅲ

 陽陰おういん学園からバスに乗り、駅前に下り立ったかがりは鬱陶しそうに振り返った。すると、ニコニコと笑う愁晴しゅうせいと目が合い、炬はゆっくりと視線を戻す。

 ついて来ているのかと思ったが、陽陰学園から駅前まで来るのは別におかしなことではない。息を吐き、そのまま雑居ビル地区へと足を向ける。


「やっぱついて来てんじゃねぇか」


 再び振り返ると、ぎょっと驚く愁晴と目が合う。

 炬はため息となった息を吐き、「ついて来るな」と釘を刺した。


「嫌やなぁ、ついて来てへんよ」


「嘘つけ。ここから先は何もねぇぞ」


「え、何もないん? せやけど、ごっついビルがぎょーさん建っとるやん」


「大体廃屋だ」


「そうなん?」


 きょとんとしたままの愁晴は、逆に感心したように雑居ビルが立ち並ぶ大通りを観察し始める。この隙に愁晴の視界から消えよう、そう思い炬は路地裏へと入った。


「んん? 炬? どこにおるん~?」


 呑気な愁晴の声が遠ざかるのを感じながら、身を捩らせて奥へ奥へと進んでいく。

 土地勘がある炬だからこそできる荒業だが、雑居ビル地区どころか陽陰おういん町に不慣れな愁晴には不可能な業だろう。


 炬はひそかから聞いた情報を元に路地裏を歩きながら、制服を汚した。それほど汚い路地裏で、それほど汚い地区なのだ。

 汚れが目立つ白いブレザーにあちこちに傷を作り、灰色──それこそ愁晴の鼠色の瞳のように染めていく。それを見つめ続けるのが嫌になり、長い長い時間を路地裏で過ごしたような感覚になった頃、ようやく炬は目的地へと辿り着いた。


「…………」


 雑居ビルとは言い難い、ただの白い塔のようなそれに炬は眉間に皺を寄せる。建てられたばかりなのか、炬の制服とは比べ物にならないほど真っ白なそれが単純に眩しかった。

 息を吸い込み、吐き、靴で裏口を蹴り破る。ダァンッと荒々しい音と共に中に入ると、思ったよりも広くない空間の中に数名の男がいるのが確認できた。彼らの手元には白い粉が入った袋があり、あれか──とぼんやり思ってポケットに入れていた手を抜いた。


「なっ、なんだてめぇ!」


「誰の許可でここに来た!」


 巨漢、という表現が正しい五名の若い男だった。厳つい顔には誰もが怯えるような古傷や刺青が刻みつけられており、あからさまな威嚇に思わずふんっと鼻で笑う。


「てめぇらこそ、誰の許可を得て陽陰町ここにいんだよ」


 そして睨み、緋色のネクタイを緩めた。


「なんだと!?」


「おい待て! あの髪、まさか……!」


「髪……? うっ、嘘だろ?! まさか《紅炎こうえん組》の犬じゃ……」


「あぁ、あいつだ! 間違いねぇ!」


 ふと、燃えるようなオレンジ色の前髪が視界に入る。炎竜神えんりょうしん家に代々伝わるその髪色は、構成員のほとんどが身内で固められている《紅炎組》の象徴でもあった。


 この程度で恐れをなす辺り、やはりただのチンピラなのだろう。そして炬のことを初めて見たと言わんばかりの表情は、密の情報通り町外出身だと物語っていた。


「シャブの密売か……」


 基本的には警察──鴉貴からすぎ家と鬼寺桜きじおう家の管轄だが、裏社会が絡むと縄張り意識の強い炎竜神家が表に出ることになる。その切り込み隊長として、分家の炬が存在していた。


「あ、あぁそうだ。《紅炎組》の構成員なら買うか? 今なら安くしとくぜ」


「いらねぇよ」


 吐き捨て、炬は恐れを呑み込んだ男を睨む。


「騙されたと思ってやってみろよ。なんならタダでいいぜ?」


 が、警察ではなく炬だとわかった途端、男たちは仲間意識が芽生えたのか袋をかざして商売を始めた。


 陽陰町にはそういった薬が出回っていない。出回ったら最後、閉鎖的なこの空間に住む全員が薬物中毒者になってしまう。そしてそれを得る為に使った金は、すべて町外の組織へと流れてしまう。この町が経済的にも破綻してしまうのは、目に見えてわかることだった。

 だからこそ、それは未然に防がなくてはならない。人口維持の為、人身売買にも手を出さない。


 それが《十八名家じゅうはちめいか》の総意であり、治外法権が適応されている陽陰町独自の法律であり、炎竜神家と相豆院そうまいん家に課せられた掟だった。


「いらねぇっつってんだろ」


 苛立ちを込めて炬は言い、こんな人間を潰す為だけに雑居ビル地区まで呼び出されたことに腹が立った。

 体中を熱い何かが瞬時に巡る。そして迷うことなく踏み込んで、強く握り締めた拳を一番近くにいた男の鳩尾にめり込ませた。


「ぐほぉ……?!」


「消えろ」


 これではまだ終われない。


「ッ!」


 流れるように足を運び、その次のチンピラの顎を弾く。

 ようやく何が起こっているのか理解したらしい他の三人は、血相を変えて炬の方へと飛びかかった。が、炬が数歩下がるだけでたたらを踏んでひっくり返る。


 あまりにも喧嘩慣れしてなさすぎて唖然としたが、炬は蹴り飛ばしてことを収めた。


「はぁー……」


 大きく息を吐き、あらかじめ用意していたメールを密に送る。

 これでもう仕事は終わった。さっさと帰ろう。入口を塞ぐ男を足で退かして、脆そうな扉を開けると──


「あ、おった」


 ──ニコニコ笑顔の愁晴が階段の上に立っていた。


「あ?」


「探したで〜? こないなところに置いてけぼりにされたら、どないしてええかわからんや〜ん」


「Uターンしてうちに帰れよ」


「そんなん嫌やわぁ。門限まで町中を探検してみたいんよ」


「知らねぇよ」


 炬は片手で扉を閉め、中の惨状を愁晴に隠す。愁晴はニコニコと笑っていたが、観察眼があるのかないのかそれを見逃さなかった。


「中で何をしてたん?」


「別に何も」


「そうなん? それにしても、変な建物やなぁこれ」


「は?」


 愁晴はちょいちょいと手招きをし、炬は仕方なく階段を上る。指を差されて見上げると、冗談でもなんでもなく本当に白き塔が聳え立ったいた。


「……なんだこれ」


「住宅でもない、ビルでもない。窓もないしなんなんやろうなぁ……。中はどうなってたん?」


「何もねぇよ」


 根城にしていた男たちが快適の為に用意したのか、最低限の家具として机とソファが置かれていたが──言われてみれば窓はなく、筒状の空虚な空間がかなりの高さまで広がっていた。


「へぇ〜。じゃあ、なんの為に建てられたんやろな」


「さぁな」


 炬は適当に答え、気を抜く。刹那、ただならぬ気配を感じ取り愁晴を階段の下へと突き飛ばした。


「んだっ?!」


 振り返ると拳は目の前にあり、防衛する暇もないまま顔面に重い一撃が入る。鼻の奥が信じられないくらいに熱く燃え、遅れて皮膚が悲鳴をあげた。


「炬!」


 瞼を無理やり開くと、中年の男が再び拳を振りかざしたのがうっすらと見える。飛び退き、目元を拭い──


「もっと下がるんや!」


 ──愁晴の指示に疑うことなく従った。


「……速いな。オマエ、《紅炎組》の犬だろ」


「あ?」


 しゃがれた、野太い声だった。


「この町を外部の組織から護る、異色の忠犬……。オレの代は女だった。アイツァ死んだのか?」


「人の親を勝手に殺すんじゃねぇよ」


「親? ……あぁそうか。オマエ、アイツの子供か。確かに目元がよく似ている」


 なんの話をしているのか炬にはよくわからなかった。少なくともこの中年の男は、先代《紅炎組》の犬──炬の母親で、現頭首の実妹のことを知っているらしい。


「ハッ。あの女、子供産めたんだな。散々無茶してたからオレァ心配だったんだよ」


「なんでてめぇが心配すんだよ」


「わからんか。青いなオマエ、まだ高校生か」


 炬はふと、血で汚れた制服の裾を見た。誰の血だ、そう思って自分のものだと気づく。


「アイツァいい女だったからな。あわよくば、と思っていたんだよ」


 なかなか攻撃を仕掛けてこないということは、俺は勝負に負けたのだろうか。そう思い、急に力が抜けた。


「そうかそうか。結婚したのか。ならばいい、それはいい」


 中年の男はしきりに頷き、僅かに笑う。


「オマエの母ちゃんに『おめでとう』って言っておいてくれ。まぁオマエ、でかいからな。今更かもしれんが」


 白髪混じりの髪を掻き、鍛えられた鋼のような体を持つ大男はそう言って炬に背を向けた。


「オレァこの町を出る。もう二度と手は出さねぇ。中の若い衆は置いていくから好きにしろ」


「見捨てるのか?」


「当たり前だ。使い捨てにする為に連れてきたからな」


 炬はぽかんと口を開け、本当に去っていく大男の背中を見る。きちんとスーツを着こなしているが、背中から滲み出るオーラは炬にはないものだった。


「迎えには来ねぇのか?」


「人の話聞いてたか? ……まぁ、オマエらんとこは本物の家族だもんな。道理でオレとアイツが一緒になれなかったワケだ」


 ククッと笑い、炬に視線を向け、目を細める。


「これだけは覚えておけよ? 若い衆。この町以外の組織はな、それが普通なんだ。ここが異常なんだよ」


 射るような視線で炬を黙らせた。


「…………」


 慣れているのか、名前も知らない男は駅前の方へと歩き出す。

 炬が声も出せずにいると、ずっと待機していたのかパトカーのサイレンの音が遠くの方から聞こえてきた。


「炬」


 視線だけを声がした方向に向けると、ぼろぼろになった愁晴が足を引きずりながら近づいてきていた。

 炬が突き飛ばした時に上手く受け身を取れなかったのだろう、痛みに堪えている表情をしている。


「平気か?」


「お前がな」


「俺は平気や。それよりもお前、えぐい顔やで」


「……そうか」


 愁晴は微笑し、炬の隣に立つ。

 ついて来なければ良かったのに、愁晴は文句一つ言わずにその痛みを受け入れていた。


「鴉貴か鬼寺桜、どっちやろなぁ」


 なんて呑気なことを言って、歩き出す炬の後を追う。


「さぁな」


「あ、輝司こうしや」


「は?」


 顔を上げると、警官服を着た輝司がパトカーの助手席に座っているのが見えた。すれ違ったのは一瞬で、炬を一瞥した輝司は面白くなさそうに視線を逸らす。

 炬はそれを鼻で笑い、雑居ビル地区を抜けた。


「なんやめっちゃ見られとる気が……」


「当たり前だろ」


 片方はぼろぼろで、片手は顔面から血を流しているのだから。

 ただ、誰もが炬だと気づくと一瞬驚いたような表情をし、すぐに自業自得だろとでも言うような冷めた表情で見て見ぬふりをした。


「炬、そないな顔したらあかんで。ニコニコって笑うんや」


「は?」


「笑うことが一番。ニコニコは世界を救うんやから」


 炬は唖然とニコニコと笑う愁晴を見下ろした。愁晴は本気でそんなことを言っているのだろうか。そんなの、そんなことは、不可能だ。


「……お前、本当に変な奴だな」


「直した方がええ?」


 炬は数秒だけ黙考し──


「いや」


 ──苦笑しながら否定した。

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