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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第三話 紅炎組の炬火Ⅱ

「……朝霧あさぎり。君は殺されたいのか?」


 放課後になって教室に戻ると、麻露ましろが突然、隣に立つ愁晴しゅうせいに向かってそう吐き捨てた。いきなり殺害願望を尋ねられた愁晴は、不思議そうな顔をして首を傾げる。


「えぇ? なんでなん? 俺、別に殺されたないんやけど……」


「なら言葉ではなく行動で示せ。今日の君の行動は、世話役の私の信用問題に関わる」


「んん? ようわからんのやけど、それってつまりどういうことなん?」


「君は馬鹿なのか? その頭は空っぽなのか?」


 苛立ちを隠さない麻露は棘のある言葉を繰り返し、愁晴の頭を鷲掴んで前後に振った。


「いだだだだ! なんなん?! なんで隣の人はこんなえげつないことすんの?!」


「授業をサボった罰だ。頭の悪い君にはこれくらいで充分だろう」


「一体なんなん〜?! かがりも突っ立って見とらんと助けてくれへんの〜?!」


 なんだか馬鹿らしくなって、愁晴を無視した炬はその光景を横目に自席へと戻る。

 麻露の席の前に座っている輝司こうしは侮蔑を込めた瞳で炬を見上げ、一言も言葉を発しないまま鞄の中に教科書をしまっていった。


 そんなクラスの《十八名家じゅうはちめいか》全員が不穏な空気を出す教室に、無邪気に訪れたのは暖炉の炎のように燃えあがるオレンジ色の髪を持った少女だった。


「シロねぇ〜。あ、いたいた……って、何してんの?」


 少女は群青色の制服を着用しており、不審なものを見るような目で麻露と愁晴を見つめている。その暖かなブラウンの双眸と、メッシュのような一束の白髪を持つ少女の名は──



依檻いおり



 ──麻露の一個下の妹で、生徒会長の依檻だった。


「なんの用だ? 見ての通り私は忙しいんだ。要件は簡潔にしてくれ」


「別に忙しくあらへんよな?! なぁ、俺になんの罪があったんや?! 教えてほしいねんけど!」


「うぅ〜? とりあえず私はシロ姉の暴挙を止めるべきなのかしら? でもそれは私の仕事じゃないからやっぱりパスでいいわよね!」


「だからなんでなん?!」


 依檻はけらけらと笑い、ジタバタと暴れる愁晴に軽く敬礼をする。そしてすぐさま無視を決め込み、麻露に抱きついた。


「おねが〜い! 生徒会の業務がよくわからないのよ。アドバイスでいいから手伝ってほしいの〜!」


「断る。もう就任して五ヶ月は経っただろう? 自分たちの力でやれ」


「い〜じゃん、シロ姉は受験しないじゃ〜ん! 輝司さんとかは受験だし、前生徒会役員で受験しないのはシロ姉と炬さんだけじゃ〜ん!」


 そして目が合い、逸らすこともできずに炬は睨む。だが、同じ《十八名家》だからか──いや、同じ《十八名家》の人間でもそんな態度は滅多にとらないが、人一倍肝が座った依檻がそれに臆することはなかった。

 依檻はへらへらと笑ったまま麻露に視線を移し、甘えた声を上げる。


「それに、炬さんはアテにならないもの〜。ね? お願い、お姉ちゃん! おねがいおねがいおねが〜い!」


 妹の特権を惜しむことなく使い切って麻露を押し負かした。


「いいか、今回だけぞ? 次はないからな?」


「うんっ! お姉ちゃん大好き〜!」


 氷の女と呼ばれている麻露も、なんだかんだで妹には弱いのだ。去年同じ生徒会役員だった炬はそれを知っている。


「……なるほどなぁ」


 自分が貶されただけの茶番に興味はなかったが、そう呟いた無知な愁晴はそうではなかったようだ。ほぼ半日を共に過ごした炬は危機感を感じ、思わず愁晴に視線を移すが──


「ほんま頼むわシロ姉〜! 俺、まだこの世界のことよう知らんから死にたくないんよ〜! 頼むで頼むで頼むで〜!」


 ──時既に遅かった。


「ぷっ……! あはははは! 何言ってるのこの人! あはははは! ひぃっ……、お腹いだい! むり! 笑い死ぬ! あはははは!!」


 笑いの沸点が低い依檻は体をくの字に折り曲げ、何故笑われたのか理解していない愁晴は混乱しているように見える。

 このやり取りを遠巻きに見ていたクラスメイトも笑い始め、あの輝司はぽかんとした間抜け面で愁晴を見上げていた。


「……きっ、君は本当に殺されたいようだな!」


「えぇ?! なんで怒ってんの?! ちょっ、炬〜! 俺なんか悪いことしたん?!」


「したな」


「んん?! ようわからん、この子の考えとることがまったくわからん……!」


 それは本当にわかっていないような態度で、輝司ほどではないが炬もぽかんとした表情で眺めてしまう。


 朝霧愁晴は、冗談でもなんでもなく生まれたての赤ん坊のような青年だった。


「何か騒いでいるみたいだけど、どうしたんだい? 麻露。騒ぎの元凶は君? それとも依檻?」


「何故その二択なんだ、蒼生そうせい


「んん? 妥当な判断だと思うぞ? それっぽい炬はなんだかんだでいっつも大人しいからな〜」


虎丸とらまるさん、それって私たち姉妹が大人しくないって言ってるのと一緒だと思うわよ〜?」


 ひょこっと教室に顔を出したのは、隣のクラスの元生徒会役員だった。同じく《十八名家》で輝司の従兄──鴉貴からすぎ蒼生と、同じく《十八名家》の鬼寺桜きじおう虎丸だ。


 蒼生は同い年の輝司と似たような顔立ちで、紫色の双眸でさえ彼と似ている。騎士道精神の塊のような好青年だが、隣にいるのはとても好青年とは言い難い青年だった。

 血よりも濃い赤色の髪を持ち、目つきの悪さが悪目立ちをしている。炬に勝るとも劣らない不良そうな外見をしているが、馬鹿っぽい口調と警官の家の出ということで全校生徒からは誰よりも慕われていた。


「あ、もしかしてコイツ? 噂の転校生くんっていうのは」


「噂かどうかは知らんけど、転校生なのは間違ってへんよ。とにかく助かったわ〜、君らは俺の救世主やなぁ」


「涙目になっているね? もしかしてまた麻露が泣かせたの? 輝司、見ていたのなら教えてほしいな」


 いつも嫌味ったらしく偉そうな輝司は、蒼生に名指しされた途端に嫌そうに顔を歪める。そして従兄であり家の跡取りである蒼生を静かに見据えた。


「見ているわけないでしょう。私は茶番は見ない主義なので」


「茶番だと? 確かに途中から脱線はしたが、それは聞き捨てならないな」


「まぁまぁ。……まったく、君たちは余計な摩擦を起こすのが得意だよね」


「んん? お前もお前で火に油を注ぐじゃん? おあいこだよなぁ」


「言っとくけど、私からしたらみぃ〜んなどんぐりの背比べよ? 炬さんも無口っちゃあ無口だけど、いざ口を開くと爆弾発言ばっかするし……。ほんと前生徒会役員って人選ミスの塊よね〜」


 依檻はやれやれと首を横に振り、「むぐっ」と言葉を漏らして麻露に拘束される。麻露から逃れた愁晴はほっと息を吐き、「炬〜」と嬉しそうに手を振った。


「騒ぎは収まったみたいだね、虎丸」


「おう。やっぱみんな平和に生きたいもんな〜」


 昔から仲の良い二人は並びながら教室を後にし、機嫌を悪くした輝司は足早に去っていく。麻露は問答無用で依檻に引っ張られ、帰るタイミングを見失っていた炬はようやく鞄を持った。


「んん? 炬ももう帰るん? なら俺も帰るわ。一緒に帰ろうや〜」


「断る」


「なんでなん?! 理由は?!」


「ねぇよ」


 炬は愁晴の隣を素通りし、廊下を闊歩する。途端に誰もが炬を見、炬はむず痒くなって背中を掻いた。

 他人から見られるのはあまり好きではない。ただ、昔から歩く度に誰かに見られるのが炬だった。虎丸のように目つきが悪く生傷が耐えない外見ではあるが、決して目立ちたいわけではない。そうして何がそうさせているのかもわからないまま、十七年の月日が過ぎ去っていった。


「待ってや炬〜」


 歪なイントネーションは、炬をあえて見なかった生徒の好奇心を擽る。誰もが振り返り、おかしな言葉を使う愁晴に好奇の視線を集める。


「んん?」


 炬も振り返ると、それに気づいた愁晴がきょろきょろと辺りを見回していた。


「またな〜」


 そして、親しみを込めてその場にいた全員に手を振った。

 誰とも親しくないはずなのに、子供のように無邪気にニコニコと笑っている。そんな彼に誰もが驚き、ぎこちなく手を振り返していた。


「…………」


 変な奴だともう一度思う。鳴った携帯を耳元に当て、従姉のひそかの声に耳をすませ──


「あ、待っててくれたん? 嬉しいわ〜、炬」


 ──ニコニコと炬にも笑いかける愁晴の異常さを思い知った。


「待ってねぇよ。帰らねぇからな」


 携帯を下ろし、通話を切る。


「理由はないんやろ? なら、仲良うしようや」


「寄るとこができた」


「ほんま? どこに行くん?」


「さぁな」


 そう言って誤魔化す。

 誰もが炬を避ける理由──その要因となる場所に行くというのに、こんな純朴な愁晴を連れてはいけない。振り切るべきだ。


「『さぁな』って、おかしいやろ。そんなん」


「お前には言われたくねぇよ。なんで俺について来る」


「なんでって、炬と一緒におったら楽しそうやもん」


「……は?」


 ニコニコと笑いながら、本当に楽しそうに愁晴は言った。


「だから、もし良かったら俺も連れてってや」


「断る」


「んん〜!」


 どうしてもついて行きたいのだろうか。



「──別に俺は、炬が人殺しでもええんやけどな」



 演技のように大袈裟に唇を噛み締めた後、炬にしか聞こえないような音量で愁晴はそう呟いた。


「……は?」


「ん? あぁ、ごめんな〜。炬はそないな奴ちゃうもんな〜」


 そして、鼠色の瞳がどこが陰ったように揺れる。

 炬が本家に命じられて何をしているのか、この不思議な青年は知っているのだろうか。別に隠しているわけでもないし、これは古くから伝わる炎竜神えんりょうしん家分家の宿命だ。知っていてもおかしくはない。


「行くん?」


 笑ったまま、愁晴は首を傾げる。


「それ以外の選択肢はねぇよ」


 今の俺には、それしかない。

 生徒会を引退した今、抜け殻となった炬にとってはそれがすべてだった。


 麻露がいて、輝司がいて、蒼生がいて、虎丸がいて、自分がいて、依檻がいた。


 この六人で歩んだ一年間は茨道だったが、充実していたのは確かで。抜け殻となった炬の前に現れたのが、この朝霧愁晴だった。

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