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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第三話 紅炎組の炬火Ⅰ

 炎竜神炬えんりょうしんかがり朝霧愁晴あさぎりしゅうせいが出逢ったのは、今から約二年前の陽陰おういん学園。何度も言うように、高校三年生の秋だった。


「みんなももう知っていると思うけれど、彼が噂の転校生くんよ。ほら、軽く自己紹介して」


「はぁい」


 窓の外を眺めていた炬は、腑抜けた声に不快感を感じて机に突っ伏す。


「えーっと、朝霧愁晴って言います。これからよろしくなぁ」


 刹那、教室中がざわついた。

 聞きなれないイントネーションは、あまりにも歪に耳に残る。自分たちとは違うそれに、誰もが戸惑う。それは炬でさえ聞いたことのないイントネーションだった。


「彼の出身は関西なの。ここでは全然聞かないけれど、〝外〟ではかなりメジャーな方言よ。その辺りをきちんと理解するように」


 淡々と、担任の首御千貴美しゅうおんぜんたかみがそのことについて説明する。朝霧と名乗った青年は声に出して笑い──


「まぁ、学校に珍獣が来た〜みたいなノリで接してくれてかまへんよ。そんで早うみんなと仲良くなれたら嬉しいわ〜」


 ──人懐っこそうな声でそう言った。


「朝霧くんの席は……あぁ。炬の隣がちょうど空いているわね」


 嘘をつくなと炬は思う。ちょうど空いているのではなく、席替えをする度に意図的に空けられているのだ。


「学級委員長、しばらく朝霧くんのことをよろしくね。それと炬、朝霧くんを怖がらせちゃダメよ……って、寝るな馬鹿者!」


 首御千家特有の「馬鹿者」発言を聞き流し、炬は夢の中に入ろうとその入口を探す。


「隣座るで? これからよろしくなぁ、炬」


 だと言うのに、愁晴は炬の肩を揺さぶってそれを邪魔した。

 息を呑む声がそこら中から聞こえる。「命知らずだ」「でも転校生だし」「知らなかったとは言えあれはマズい」──そんなひそひそ声でさえ、地獄耳の炬からすれば丸聞こえだった。


「おーい、さっきまで起きとったんやから狸寝入りなんやろ? なんで寝とるん? ちゅーかよう寝れるなぁ、背中痛くならへんの?」


 うるさい。なんだこの空気読めない転校生は。


「放っておけ、朝霧」


 そんな無知な愁晴を制したのは、元生徒会長で現学級委員長の百妖麻露ひゃくおうましろだった。


「え、なんでなん?」


「こいつと関わっていてもろくなことがないぞ」


 冷たく言い放ち、小さな声をすべて黙らせる。炬が知る百妖麻露は氷のような女だった。


「麻露の言う通りですね。奴は下劣な男です。君のような純朴な子が関わっていい相手ではない」


 麻露の後を引き継いだのは、鴉貴輝司からすぎこうしだった。麻露や炬と同じく《十八名家じゅうはちめいか》の一族で、家柄と立場上、炬とよく対立関係に晒されている。

 本人も本人で炬を毛嫌いしている以上、炬も輝司のことが死ぬほど大嫌いだった。


「ん〜、そうなん? でも俺、さっきちゃんと言うたよな?」


 愁晴は、クラスの中では炬の次に浮いている二人を見据え──



「俺はみんなと仲良くなりたいんや」



 ──ニコニコと笑った。


「…………」


 未だに机に突っ伏す炬は、小学生みたいなことを言う純朴な愁晴を疎ましく思う。


 朝霧愁晴は、社会というものを何も理解していない。


 高校生になってもなお、本気で友達を百人作れると思っている。誰とでも仲良くなれると信じている。そんな物は幻想だというのに、彼は無知だった。


「せやから、俺は炬と一緒におってろくなことにならんくても、炬が下劣な奴でもかまへんよ。ちゅーか、そっちの方がオモロいやん。みんなはそう思わへんの?」


 心底不思議そうに言う彼の世間知らずさに、誰もが言葉を失っていた。


「はいはい、お喋りはそこまでにして。今から進路希望調査票を配るわよ」


 貴美は視線で愁晴を着席させ、列ごとにそれを配布する。当然窓際の最後列に座っていた炬にも配られたが、前の席の女子生徒がすばやく置いたせいでひらひらと落ちてしまった。

 気配でわかったが、取るのも面倒で放置する。


「ほっ!」


 それを、隣の席の愁晴が落ちる前に拾った音がした。


「危なかったなぁ〜。ナイスキャッチやろ? 俺」


 目を閉じて寝たふりをし、愁晴を無視する。


「ここ置いとくで? ちゅーか、進路希望調査票ってなんやの? 進路を希望する……? ようわからんなぁ」


「それについては後で説明する。とりあえず君は黙っていろ」


 愁晴の右隣に座っていた麻露はため息をつき、じろりと無知な愁晴を遠慮なく睨んだ。


「あ、ありがとな〜。隣の子がめっちゃええ子で助かったわ〜。俺、君のこと好きやで」


「君は頭がおかしいのか? とりあえず死んでくれ」


「え、なんでなん?」


 はぁ、と麻露が再びため息をつく音。チャイムが鳴る音。貴美が教室を出る音と雑音がする。


「ねぇねぇ。朝霧くんって〝外〟から来たの?」


「ん? 外って変な言い方するんやなぁ。あんまここと変わらんとこやで?」


「しかもなんでこの時期に? あとちょっとで卒業なのにさ」


「俺が保護者の人に駄々こねたんよ。俺を学校に行かせんかったおっちゃんがな、つい最近亡くなってん」


「え……。あ、なんかごめん……」


「ん? なんで謝るん? 別に俺は悲しくあらへんよ。おっちゃん難病やったんやけどな、余命宣告されてから十年も長生きしたんやで? これってすごない?」


「えぇっ、マジで!? ……凄かったんだな、お前のおっちゃん」


「せやろ? おっちゃんは俺の自慢なんや」


 休み時間に入った途端、その雑音の元凶は主に右隣に集中していた。

 クラスで一番浮いている炬の隣にいても、転校生のことは気になるのだろう。周りがこれほど騒がしいのは初めてだった。


「…………」


 炬はむくっと起き上がり、じろりと──初めて右隣を見る。


 朝霧愁晴は、飴色の髪をした青年だった。中性的な顔立ちで、優しげな笑みを浮かべている。炬の視線に気づいた刹那に向けられた瞳は輝いていたが、長年ドブの中で暮らしていた鼠のような色だった。


 透明感のある美しさの中に、長年の苦労に晒されて研磨された何かがある──。


 互いが互いを見つめ合いながら数秒が経過し、炬はふと視線を外した。

 炬が起床しただけで静まりかえった教室。こんな場所にい続ける意味はない。おもむろ立ち上がり、家よりも居心地の悪い教室を後にした。


『怒ったかな?』


『殺されるかと思った……』


『こ、怖かったね』


 地獄耳のメリットなどどこにもない。炬は歩き、いつもの屋上へと向かった。

 町全体を一望できる屋上には、今日も誰もいない。息を吐き、四方八方から町を囲む山々を眺める。


 この山の向こう側に、愁晴がやって来た〝外〟の世界がある。〝外〟の世界からわざわざここまで通ってくる物好きもいるが、聞いたところによると周辺地域にあったはずの高校はすべて取り壊されたらしい。

 都心に出て寮生活をするか、電車で通える距離にある陽陰おういん町に来るか。ここはそんな子供にとってある種の駆け込み寺だった。


 《十八名家》の炬は、陽陰町が周辺地域に与える影響力を知っている。過疎化も進むその地域にとって、繁栄し続ける陽陰町は光り輝く都市そのものだった。


 だと言うのに、あの愁晴という名の青年はなんなのだろう。

 関西からわざわざここまで来る必要性はどこにあったのだろう。考えても答えは出ず、面倒になってそのまま寝そべる。そしてすぐさま眠りについた。



「──もしも〜し。起きとる? こんな時期に外で寝とったら風邪引くで〜?」



 聞き覚えのある声だった。いや、この独特なイントネーションは忘れもしない、たった一人だけが使っている言葉だ。


「なぁなぁ、あとちょっとで授業始まるんやろ? みんな受験やからって忙しそうやけど、君はどうすんの? あ、あとあん時うるさくしてごめんな〜?」


 目を開けると、鼠色の瞳が炬を見下ろしていた。


「あ、起きた。やっぱ君狸寝入りやったんか〜」


「……何しに来た、お前」


「ん? うるさくして怒ったんかと思って。ごめんなって謝りに来たんよ」


「怒ってねぇよ」


 寝返りをうち、炬は再び目を閉じた。


「怒ってへんの? ならなんで教室から出たん?」


 この青年は、それさえもわかっていなかったらしい。


「答えられへんの? ん〜、やっぱ《十八名家》の考えとることはわからんなぁ」


 ただ、《十八名家》の存在は知っていた。


「……知ってたのか、お前」


「そりゃあな。知らん奴なんかおらんやろ?」


 それが常識だとでも言うように、社会の常識を知らない青年は言う。


「なぁなぁ、お前の名字って炎竜神なんやろ?」


 そして、無邪気にその名を呼んだ。

 相豆院そうまいん家と同じ、誰もが避けて忌み嫌ってしまう家の名前。《十八名家》以外の誰もが口にしない、その名前を──



「めっちゃカッコええよなぁ。俺、この名前めっちゃ好きやで」



 ──朝霧愁晴は笑顔で肯定した。


「……はあ?」


「炎竜神って、〝炎の竜の神さま〟って書くやん。カッコええや〜ん」


 そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。

 愁晴は本気で瞳を輝かせて、本気でそう思って、本気でそう言っていた。


「……お前、変な奴だな」


「変? なんでなん?」


「変なモンは変なんだよ」


「ん〜? ようわからんけど、君はこっから動く気はないんやな」


「ねぇよ」


「ふぅん。なぁ、ここにおるんは授業に出ることよりも楽しいん?」


 愁晴は、秋の空を見上げてぽつりと呟いた。まだ朝の空は青くてどこまでも晴れ渡っている。それがあまりにも高く広過ぎて、一人でいる時はなんとも思わなかったが──愁晴と一緒にいると、無性に空しくなった。


「なぁ、俺もここにおってええ?」


「別に楽しくねぇぞ」


「えぇんよ。どうせ俺勉強でけへんし、受験もせえへんし、授業についていかれへんもん」


「……おい」


「ん?」


「てめぇと一緒にすんじゃねぇよ」


 一緒にされている気がして腹が立った。


「……せやな。俺と君は一緒ちゃうもんな」


 愁晴は渇いたように笑い、また、空を見上げた。

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