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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第二話 相豆院の因縁Ⅴ

「おい〜っすただいまぁ……って、なんだ。来てたのか愁晴しゅうせい


「『なんだ』ってなんやねん。おい、嫌そうな顔すんなや。いてこますぞ」


「はいはい。ま、いるならいるでちょうどいいや。ちょっと俺の手伝いしろよ〜」


 睦見むつみは笑顔で愁晴を手招きするが、その傍のソファで泣き疲れて眠っているはるかを見て固まった。


「どうしたどうした? 俺がいない間に遥に何かあったわけ?」


「あったけどもう大丈夫や。俺らで一応解決したから、後から興味本位でいらんこと聞くなや?」


「さすがに聞かねーよ。俺のことなんだと思ってるんだお前」


「クソニートちゃうん?」


「うわ、ひっでぇな〜。つーか全然関係ねぇじゃん」


 軽口を叩きあって、愁晴は渋々と戸口にいる睦見についていく。遥の隣に座っていたかがりはそれを無言で見送って、密かに息を吐いた。


 好きにしろとは言ったが、なんだかんだで上手く馴染んでいる睦見を見ると、二年前の因縁がどうでも良く思える。

 元々気にしていたわけではなかったが、愁晴とアリアがどう思っているのかによっては追い出すのも吝かではなかった。


 わだかまりが消えてソファに座り直した瞬間、二階から携帯の着信音が下りてくる。炬は顔を上げ、逡巡した後で目に見えぬ相手に気がついた。


「……なんの用だってんだよ」


 苛立ち、出ないわけにもいかなくて階段を上る。携帯を片手に取り電話に出れば、予想通りの人物の声が耳元から聞こえてきた。


『炬。今、いい?』


「んだよ」


 炎竜神えんりょうしん家の現頭首であり、炬の従姉のひそかは、何故か炬が聞き慣れていた声を震わせていた。



『──数日前、相豆院そうまいん家の頭首が病気で亡くなったらしい』



 そうして告げられたのは、炎竜神家と旧知の仲にあり──《紅炎こうえん組》と対立関係にある、《風神ふうじん組》組長の訃報だった。


「……頭首が、か?」


『……そう。旦那は生きてるけど、外部からの婿で頭首との血縁はないらしいから頭首にはなれない。それで、子供が次期頭首になるらしいんだけど──その件で内部抗争が起きてるって話、知ってた?』


 相豆院家の子供と聞いて炬が思い出すのは、まだ十歳になるかならないかくらいの少年、翔太しょうただった。

 遥につつかれた程度で泣きじゃくり、この辺りの路地裏で蹲っていた若すぎる次期頭首候補の少年──。


「知らねぇよ。つーか、それがどうした。俺らには関係ねぇだろ」


『関係ないわけない。未成年が現頭首になるということは、《十八名家じゅうはちめいか》全体の問題でもある。炬の誕生日の日に、その辺りの事情はちゃんと話したでしょ?』


 その言葉の裏に隠されているのは、《十八名家》の一族が成人すると自ずと知らされる町の因習──妖怪のことだろうか。


 未成年ということは、従妹のめぐむと同じくまだ何も知らされていないのだろう。

 密の時は彼女が既に成人していたからまだ良かったものの、相豆院家の場合はそうはいかない。無知であり未熟。子供を組長にして、本気でついて行こうとする組員は一体何人いるのだろうか。


『前頭首の直系は三人いて、昨日、行方知れずだった分家の一人娘が見つかった。この話は、当然知っているんでしょ?』


「あ?」


 なんで断言されたのか。考えて、思い出した。


いぬい。二年前に一度見た気がしたんだけど、ようやく姿を現したみたい。直系の一人を除いた、三人の派閥の後継者争いが……もう、始まっている』


「それがなんだって言うんだ」


『ここまで言ってるんだから、察して。二年前、後継者の一人だった乾を貴方が攫ったっていう噂、知らないわけじゃないでしょ?』


「…………」


 そんな根も葉もない噂を愁晴から聞かされたのは、つい一二時間前の出来事だ。誤解とはいえ、密の耳にも届いていたらしい。

 炬は頭を抱え、苛立ちを己の拳に集中させた。


『貴方ももう、相豆院家の後継者争いに巻き込まれてる』


「……は?」


『相豆院家は、後継者を攫った貴方を決して許さない。けど、こんなのはおかしい。だって、乾の失踪の理由は二年前の《相鬼そうき抗争》で両親が亡くなってしまったからでしょ? 当時、本家はその引き金となった身内を恨んで、乾を引き取らなかったって話もある』


 その苛立ちは、乾を思えば薄れていった。

 アリアと同学年の妙に大人びた少女の過去を思えば、今の自分の苛立ちはとてもちっぽけなものだ。


『だから、何かがおかしい。もしかしたら、何者かが相豆院家の内部から情報を操作しているのかもしれない。そして、炬を潰そうとしている』


「…………」


『炬、これは忠告じゃない。命令。無視していても、状況はきっと改善しない。だから、相豆院家の内情を調べて、もし内部抗争を煽っている者がいるのなら──炬の手で、潰しなさい』


「……仕事か」


 久々のそれに、胸の奥底が燃えたような気がした。


『そう。これは、《十八名家》の総意。事後処理は《十八名家》に任せて、今回も貴方個人で動きなさい』


「……あぁ」


 即答し、炬は電話を切る。

 そして今、この町で何が起こっているのか──肌で感じ取って、笑みを漏らした。


『おーらいおーらーい』


『おーらいちゃうわ! お前あほちゃう?! 本気やったんかいな!』


『やれっつったのは愁晴だろ? んで、これはどこに置けばいいわけ?』


『せやけど……ッ、はぁ〜……。置き場所なんか天井にしかないわ。ちょお待ち、銭湯のおっちゃんから梯子借りてくるわ』


『はいよー』


 そんな炬の炎などつゆ知らず、呑気な声が部屋の外から聞こえてくる。何か重い物を二人で運んでいるのか、たまに壁にぶつけて愁晴が渋い顔をする様子が手に取るようにわかった。


「よっ、炬」


 なんの前触れもなく、睦見がひょっこりと顔を覗かせる。


「勝手に開けるな」


「つれないこと言うなよ。俺ら今から三階作るから、うるさくしたらごめんなって言いに来ただけ」


 本気だったのか。珍しく愁晴に同意するが、言い出しっぺなのはこれも愁晴だ。炬にはなんの責任もない。


「……好きにしろ」


「はいよー……。んで、お前には何があったんだ?」


 伏せた視線を再び上げると、睦見が笑いながらそこに立っていた。炬は自分の顔に触れ、表情に出ていたのかと頬を引っ張る。


「……本家から仕事が入った」


 そして、これなら言ってもいいと思える部分を選んで答えた。これ自体は別に極秘でもなんでもない。


「へぇ〜……。聖夜のクリスマスに、暴力団の本家から仕事ねぇ……。お前、まだそんなことやってたのか」


「これが俺の仕事だ」


 そして、これが生まれた意味の一つだった。


「《紅炎組》の犬、ってか? 気に食わねぇんだよな、お前みてぇな実力者がへっぽこに犬呼ばわりされてんのは」


「別にいいだろ」


「良くねぇよ。俺はお前の強さに惚れ込んでここにいるんだ。お前を俺の新しいリーダーにしてな」


「……ここはそういう場所じゃねぇっつってんだろ」


 何度も何度も言ったのに、睦見は聞く耳をまったく持たなかった。


「それはそれで別にいい。俺や遥が勝手にそう思ってやってることだ」


 それどころか、さらに厄介なことを言う。


「けど、それ抜きにしてもやっぱ気に食わねぇよ。お前が一生《紅炎組》の犬でいる限り、お前に負けた俺はそれ以下っつーレッテルを一生背負っていくんだ。仮に俺が《紅炎組》の組員になったとしても、それは一生変わらねぇんだよ」


「……知らねぇよ」


「まぁそうだな。……お前には、関係ねぇもんな」


 睦見はへらりと軽薄そうに笑って、「そうだ」と首を傾げた。


「お前ってさ、いつからこんなことやってるわけ? 俺とやった時はまだ高校生だっただろ?」


「……覚えてねぇよ」


 もう、かなり遠い過去からだ。密と恵と、三人で組員の後について行ったあの日々の自分はかなり幼かった気がする。

 遊ぶような感覚でそこにいて、玩具のように銃を眺めていた自分は今でも克明に思い出せる。


「そっか。じゃ、愁晴とはいつからつるんでるんだ?」


「高三だ。お前とやる、少し前から」


「へぇ〜、意外だな」


「何が」


「お前らって、もっと前から一緒にいる感じがするからさ」


 睦見は吸血鬼じみた端正な顔を崩し、菫色の瞳を柔和に緩ませた。綺麗に染まった金色の髪から覗くその二粒の宝石に、一体どんな意味が込められているのか──炬には、まだわからない。


「銭湯ってこっからそこそこ距離あるんだろ? 暇だしさ、ちょっくら二人の思い出話してくれよ」


「聞いてどうする。……気持ちわりぃ」


「気持ち悪くはねぇだろ〜? 俺はただ、俺がいるこの〝居場所〟の始まりを知りたいだけだよ」


 命を狙われ、故郷には帰れず、旧友にも会えず、金もなく、仕事もなく、帰る場所も自分を待ってくれている家族もいない。それどころか、風の噂で睦見は勘当されたと聞いている。元いた組織は炬が一人で壊滅させてしまった。


 今の自分がいる〝居場所ここ〟の始まりを知りたいと、そう言った睦見の顔はまだ笑っていた。


「……恨んでねぇのか」


「は? なんで今そういう話になった?」


「お前の元いた〝居場所〟を奪った俺のこと、恨んでねぇのかって聞いてんだよ」


「聞くならもっと穏便に言えよ。つーか、恨んでいるように見えるか? 俺」


「…………」


 睦見は炬とは違い、その若さで多くのものを失っている。なんでも持っている炬とは違うからこそ、睦見の真意は何もわからない。


「恨んでねぇし、責任をとれとも思ってねぇよ。そもそも、こことは違って仲良しこよし集団じゃねぇんだ。切られたなら切られたで別にいい。戻りたいとも思わねぇよ」


「……そういうモンか?」


 《紅炎組》の構成員は、ほとんどが身内だ。人数は少ないかもしれないが、その分結束力は強い。

 対して相豆院家の《風神組》は、陽陰おういん町でその道に進むと決めた者の集団だ。だからこそ余計に派閥争いが酷く、頭首のいない今の不安定さは目も当てられない。


「少なくとも、俺んとこはそういうもんだった」


「……そうか」


「だから聞かせてくれよ。お前んとこがどういうもんなのか、愁晴とどうやって出逢ったのかとかさぁ〜」


 睦見は腕を組み、本当に元組員なのか──本当に吸血鬼なのかと疑うほど、慈愛に満ちた菫色の瞳で炬を見据えていた。

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