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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第二話 相豆院の因縁Ⅲ

 大切な人を守る為、いつもアリアがかがりにしていたように──。


 全速力で駆けつけてくるアリアに気づいた柊命しゅうめい中学の三人は、それぞれがそれぞれに驚きの表情を見せて息を止めた。


「アリア?! ちょっ、なんでこんなとこに……!」


「おまっ……! チッ、来んじゃねぇよ!」


「え、なんで? アリアが来れば百人力じゃん。ラッキーじゃん」


 同級生の三人の前に立ち塞がり、大きく腕を広げたアリアは正面の如月きさらぎを睨み上げる。

 いきなり視界に入ってきた少女に如月は一瞬だけぽかんとし、相手がアリアだとわかった瞬間にシャープな眉を釣り上げた。


「そこで何をしている? それは、私の邪魔をするということかな?」


「そんなの当たり前だもん! 私の大好きなヌイたちをいじめないで!」


 友の為に吠えるアリアは、初めて見た。

 しょっちゅう自分につき纏っているせいで友と呼べる存在がいないのではないかと危惧していたが──どうやら杞憂だったらしい。アリアは炬とは違い、愁晴と同じく学校によく馴染んでいた。


「うわぁ〜、かっこいい。やっぱりアリアは俺のヒーローだね。英雄だね」


衣良いら、黙ってろ」


「今回は南雲なぐもに同意だな。言葉選びによってはぶっ殺すぞ、阿狐あぎつね


 そこには炬の知らないアリアの交友関係が広がっており、炬が知っているアリアの交友関係は、それを黙って見過ごすほど浅くはなかった。


「アリア、違う。私たちはいじめられていない。だからさっさと南雲と阿狐を連れてどっかに行け」


「え? ヌイ、なんでさっくんといららんだけ……」


「おい、お前。まさか俺らを庇う気か?」


「うんうん。庇ってくれるのはラッキーだけど、そう言われてどっか行けるほど俺らも薄情じゃないよ?」


 アリアが動くのならば、彼女の兄の愁晴しゅうせいも動く。愁晴が動くのならば、睦見むつみもふらふらと歩きながら動く。


「如月、やめるんや」


「そうだな。事情は知らないけど、傍から見たらかっこ悪いぜ。お前」


「……ッ! 貴方たちも来ていたのか。悪いけど、部外者はお呼びじゃないよ。今の私は、プライベートで〝お嬢〟に話しかけているんだからね」


 如月はアリアを押し退けていぬいの腕を掴んだ。

 よろけたアリアは覚えが正しければ朔那さくなという名の少年に支えられ、すぐ傍にいた別の少年にぶつかったところを優しく撫でられる。


「やめろや……その子はもう、お前の知っとる〝お嬢〟やない。まったくの別人やで」


「別人……? そんな簡単な言葉で片付けないでくれ。私は〝お嬢〟のことを覚えている。〝お嬢〟も私のことを覚えている。だったら、何が違おうが二年前から何も変わっていないのと一緒じゃないか」


「変わったに決まってんだろーがクソ野郎。私はもう、あの家ともお前とも縁を切ってんだよ」


 その会話で、炬はようやく思い出した。


 相豆院そうまいん家に、炎竜神えんりょうしん家と同じく分家がいたこと。分家は二年前の《相鬼そうき抗争》の引き金であり、夫婦揃って命を落としたこと。その一人娘が、その日以来行方不明だということ。


 そして、その一人娘の名は──。


「〝お嬢〟! 何故そのようなことを仰るのですか!」


「てめぇこそ、いつまでもくだらねぇことに縛られてんじゃねぇよ。いい加減現実を見ろ。てめぇはもう、病弱野郎の世話係なんだろ? もう二度と私なんかに構うんじゃねぇよ」


 乾は掴まれた腕を振り解き、侮蔑を込めた碧眼で如月を見上げる。如月はそれでも怯むことなく、必死の──それこそ年相応の表情で自らの胸を鷲掴んだ。


「いいえ構います! 私はっ、〝お嬢〟のご両親に〝お嬢〟の未来を任された身! 若ではなく〝お嬢〟にお仕えしたいと思ったからこそ、この二年間、貴方様だけを探して生きてきました! やっと……やっとお会いできたのに……!」


「キモい。つーか死ね」


 異様とも言えるほど自らを慕う如月を切り捨て、乾は不快感を露骨に示す。それは、人の感情に疎い炬でさえ気づくほどの拒絶の意思で。


「乾、さすがにそれはないやろ……」


 余程ショックだったのか、固まることで自らの身を守った如月を一瞥し、愁晴は肩を竦めた。


「いや、普通にキモいだろ。過去に縋って、生き残った者同士で傷を舐めあえると確信して、その相手に依存して……。それで満足するようなストーカー男にかける言葉なんて、『キモい』以外にねぇだろーが」


「あははっ、確かに確かに。女の子なのになかなか言うじゃん。俺、そういう子好きだな〜」


「あ?」


「うわ、ガラ悪っ。ていうか俺、マジで部外者だから何がどうなってんのかさっぱりなんだけど」


 睦見は辺りを見回して、それでもわからずに愁晴同様肩を竦める。遠巻きに見ていた野次馬には気づいていたが、特に何も言わずに愁晴に問うような視線を送った。


「なんで俺やねん。あー……、なんて言ったらええんやろ」


 その言い方をするということは、当事者ではないが愁晴も事情を知っているらしい。愁晴は乾に確認をとるような視線を送ったが、乾はそれを突っぱねた。


「チッ。やっぱお前、前から全部知ってたんだな。自分の事情は何も話さねぇクセに、人の事情はこと細かに知ってんだからマジうぜぇ……」


「ヌイっ!」


 珍しく、咎めるようにアリアは言うが──


「アリア。私たちは互いに何も知らないけどさ、こいつはアリアの事情も知ってるんだよ? あんたが忘れたこと、全部。アリアだけじゃなくて、最近入所した〝あの子〟のことも全部知ってるんだ。反吐が出るだろ?」


 ──乾も乾で思うところが強く、何も譲らなかった。


「ごめんなぁ、乾もアリアも。俺も別に知りたいわけやないんやけど、一応運営側の人間やから。入所時にある程度のことは知らされるんよ」


 愁晴は淡々と告げ、睦見に向かって首を横に振った。


「……ふぅん。デリケートだな、お前らって。ま、なんとなくわかったけど。要するにこの子もお前の妹なんだろ?」


「ようわかったなぁ。乾も可愛い可愛い俺の家族や。傷つけたら許さへんで?」


「『ようわかったなぁ』じゃねーだろ。……チッ! 南雲、阿狐。萎えたから私は先に帰る」


 《風神ふうじん組》の構成員、如月と──彼が〝お嬢〟と呼んだ少女、乾。


 そんな乾がアリアと愁晴と共に暮らしているのは明白で、家族だと睦見が推理できたのも納得だった。


「あ、帰っちゃうの? まぁ、この人が邪魔したせいで白けたのは確かだもんね。つまんないもんね」


「……俺も帰る」


「あ、南雲も帰るの? じゃあ俺も帰ろう。まっすぐ帰ろう」


「そうだな。アリアはまだいるんだろ? 邪魔したみたいで悪かった。……学校サボったって小町こまち亜子あこに告げ口しとくからな」


「えぇっ?!」


 乾は朔那と衣良を引き連れ、すぐさま踵を返す。一刻も早くこの場を立ち去りたいのか、早歩きで炬の真横を素通りし──胡桃色の特徴的な長髪を自身の動きで靡かせた。

 すれ違う瞬間、朔那はちらりと炬を見上げる。その青い瞳には二年前の怯えがなく、何故か敵意が込められているような気がして首を傾げた。


「あっ、〝お嬢〟! 待ってくだ……」


 目の前に乾がいないことに気づき、ようやく動き出した如月はすぐさま振り返る。そして遠巻きに事の顛末を眺めていた炬を視界に入れ、そしてその手前にいるはるかに目を止め──


「…………そういうこと、か」


 ──と、真紅の瞳で炬を睨んだ。


朝霧あさぎり。貴方の言葉は、やはり信用できなかったよ」


 それは、心の一番深いところから吐き出されたような魂の声だった。炬には何も響かなかったが、愁晴は息を呑み、遥は怯え、睦見は乾いた笑みを浮かべている。


 高校生くらいの年齢の青年が出すには、あまりにも重い言葉と想いを抱え込んで。炬には想像しても想像できず、知っても理解できないような人生を送ったような青年は、切れた糸にもう一度手を伸ばそうと必死になって走り出した。


「あっ!」


「大丈夫や、アリア。乾なら、本気で逃げようと思えば逃げられるやろ?」


「それは…………そう、だけど……さっくんといららんが……!」


「乾が守るやろ。あの子は、強い子やからな」


 愁晴は微笑し、場の空気を変えようと手を叩く。


「乾も助け出したし、もう行こか」


「そうだな。……って、遥。どうした? 顔色悪いぞ」


「……あ」


 見下ろすと、確かに遥の顔色は真っ青になっていた。変な汗が体中から吹き出し、背中を丸めて膝を小刻みに震わせている。


「さっき如月に睨まれとったからなぁ。怖いか?」


「…………」


「ちゅーか、そもそもなんで翔太しょうたに手ぇ出したん? その辺の前後関係がようわからんのやけど」


「え。お前、相豆院そうまいんのせがれに手ぇ出したのかよ。意外と面白いことしてるんだな」


 睦見はにやにやと笑い、同意を求めるように傍にいたアリアの顔を覗いた。


「ッ?!」


「やめいやあほんだら。お前の顔はアリアの心臓に悪いわ」


「そう? それはいい意味だったら嬉しいな」


「…………」


 愁晴と睦見がショートコントを続けている間にも、遥の顔色が良くなるはずもなく。逆にアリアの顔色は、りんごのように赤く。

 やはりこの場にろくな大人はいないのだと、炬は呆れ気味に息を吐いた。それに一切の口出しもせず、ただただ傍観しているだけの自分もろくな大人ではないが。


「…………別に、理由はねぇよ」


 ようやく声を絞り出した遥は子供らしく膨れていた。


「おれのナワバリにあいつがいたから、ムカつくし……ちょっと、いじめてやろうと思って」


 その理由でさえ、あまりにも子供らしく。

 遥は再び泣きそうになって、唇をきつく結んだ。


「……そか」


「確かに、自分のナワバリにムカつく奴がいたらいじめるよな。わかるわかる」


 ただこの二人は、子供っぽいとバカにしたりはしなかった。それに気づいた遥は顔を上げ、泣きそうになりながらも僅かに笑い──。


 ゆっくりと振り返って、炬に心底嬉しそうな表情を見せた。

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