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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第二話 相豆院の因縁Ⅰ

かがりさん! お茶っす!」


「あぁ」


「炬さん! 肩揉むっす!」


「いらねぇ」


 ソファに座る炬の周辺をちょこまかと動いて、ズボンの裾に躓いて転ぶ。何故か瞳を輝かせているはるかは転んでも笑顔で起き上がり、炬に無事をアピールしていた。

 お下がりでもなんでもない、炬が今も着ている服は遥にとっては大きいらしい。睦見むつみが仕立て直しても、やがて解れてたまにこうして転んでいた。


「元気だねぇ、遥は。俺は昨日の時点でくたびれちゃったよ」


「なんだよおまえ、おじいちゃんみたいじゃん」


「実際俺はおじいちゃんだよ、この中ではな。あの炬や愁晴しゅうせいよりも年上の二十三歳、しかもお前より八個も上なんだから」


「へぇ〜」


「興味なしか。そういや炬、昨日はそれどころじゃなくて聞かなかったけど、お前らいつの間にここを改造したんだ? 知らない間に二階があるわ、俺たちが泊まる部屋もあったわでおじいちゃんびっくりなんだけど」


「二年前だ」


 睦見は炬と同じくソファに沈んだまま、感心するように真上の天井を見上げた。今はアリアと共に家に帰っている愁晴がつけた、二階の床だ。


 検察官の吹雪ふぶきがいちいちうるさく言っていた部分を、愁晴が法律に基づいた上で増築やら改築やらを重ねた二階──。愁晴の言う「人が住めるようになるまで」に一年もかかったが、拘りがあるのか実際は半年程度で充分すぎるほど暮らしやすくなっていた。


「ほー……。よくあの穴ボコだらけだったハリボテからここまでやったな」


「すっげー! 炬さんも愁晴さんもすっげー!」


「で。遥は知らないけど、俺は一生ここに住み続けるつもりだから──あの部屋、俺がもらっていいよな?」


 隣を見ると、睦見はにやりと笑っていた。

 特に悪意は感じない、睦見特有の笑顔だ。


「……あそこは愁晴とアリアの部屋だ」


「いーじゃんいーじゃん。愁晴には愁晴の家があるんだろ? 俺が貰ってもいーじゃん。な?」


「おっ、おれも部屋ほしい! おれもずっとここにいたい!」


「昨日みてぇに二人で寝ればいいだろ」


「いやいやそれはせめぇから」


 昨日、二人は愁晴とアリアの二人が使っている部屋に泊まり、二人の為に用意していた布団で眠ることになっていた。が、何時になっても眠ろうとしないのか、話し声ばかりが聞こえ──結局、愁晴とアリアが来る前に炬も目が覚めてしまった。


「おかしいだろ? 一人のお前が大部屋で俺らが小部屋って。今でも狭いのに遥が成長したらどうするんだよ」


「どうもしねぇよ」


「えぇー。俺はただ俺専用の部屋がほしいだけなのになー」


「おれもほしいー!」


 炬は遥が出したお茶を飲みながら、二人の声を黙って聞く。勝手に住みついておきながら部屋がどうたらと言う二人をどうしようかと迷っていると──



「そないなこと言うなら自分らで作ればええやん」



 ──愁晴がアリアを連れて《ハリボテの家》にやってきた。


「うわっ。お前、いきなり現れたと思ったら突飛なこと言うな」


「あのなぁ。その言葉、そっくりそのまま昨日のお前に返したるわ」


「ははっ。言われてみれば」


 睦見は笑いながら、愁晴の後ろに隠れているアリアに気づき子供用の笑みを向ける。アリアが慌てて愁晴の後ろに引っ込むと、愁晴はニコニコと笑いながら拳を強く握り締めた。


「俺も二階は自分で作ったんやで? 三階も作れなくはないやろ。ここ、天井高いしなぁ」


「へぇー、俺ら用にもう一度リフォームか。確かに二階の部屋は箱が二つ並んでる感がすごいよな」


「三階?! 面白そうじゃん、作って作って!」


「あほか。お前も作るんや」


「えぇっ?!」


 炬はそんな光景に目を細め、遠回りしながら駆け寄ってくるアリアに抱きつかれても好きにさせておく。


「かがりんかがりん、今日はクリスマスイブだよ」


 そして内緒話をするように耳元で囁き、アリアは嬉しそうに炬の膝の上に乗った。

 思春期と愁晴が表現したように、アリアはちらちらと睦見と遥の様子を見つめている。三人だけだった時は周りの目などまったく気にしていなかったが、どうも恥ずかしがっているようだった。


「まぁ、お前らの部屋よりも先に解決せなあかん問題はぎょ〜さんあるけどな〜。炬、お前クレジットカード持っとるやろ?」


「あ?」


「こいつら手荷物なんもないからなぁ。冬馬とうまと遥の着替えや生活用品を買わな。遥はお前の奢りでええけど、冬馬は借金やからな? 勘違いしたらあかんで?」


「借金? いいな、炬から金を借りるだなんてなんだか滾るよ。返したくなくなるけどね」


「返せや」


「わかったわかった。体で払うよ」


「金で払えや!」


「ジョークだよジョーク。お前ジョーク通じない人?」


 なんだかんだで二人は仲が良いのだろうか。

 睦見が楽しそうに話せば話すほど愁晴が疲れていくように見えるが、会話のテンポは炬とのそれとはまったく違う。


「けどさ、俺は元々職業アレなクソ野郎だろ? 働き口は今んとこここしかないんだから、金払ってくれたらなんだってやってやるよ」


「払わんわ。炬には俺がおったらそれで充分やしな」


「へぇ〜。いいな、炬。羨ましいな」


「なんの話だよ」


「うん。確かにさっきから話がズレすぎていて子供たちが置いてけぼりだからな。さっさとやめて俺たちの生活用品を買おう」


 睦見は立ち上がり、アリアがいるせいか近寄って来なくなった遥の頭を撫でる。両親から虐待されているらしい遥はその手に一瞬だけ怯んだが──やがて力を抜いてそれを受け入れた。


「炬、さっさと準備してな。俺らは全員いつでも出れるで?」


「かがりん、お出かけするの?」


「せや。今日はクリスマスイブやからな、アリアもなんか買ってもらい」


「ほんと?! やったぁ!」


 アリアは膝の上で小さく跳ね、下りた途端に炬の手を無邪気に引く。


「なるほどなー。お前からの初クリスマスプレゼントは生活用品ってことかー」


「うわぁぁぁぁ〜っ! ほんとに?! クリスマスプレゼント?! あの炬さんがおれに?!」


「せやせや。炬、俺らはいつでも待っとるで」


 炬はアリアに手を引かれたまま二階の自室に戻り、財布だけを持って一階に戻る。


「やっぱ駅前がええよなぁ」


「いいな。あそこは広い。なんでもあるしな」


「駅前! おれ、行くの初めてだ!」


 愁晴は炬に対して軽く手を上げ、五人揃って《ハリボテの家》を後にした。


「寒っ! 昔はボロかったのに意外と暖かかったな、あの家。なんかしたの?」


 睦見は凍りかけた雪を踏みつけながら、先頭を歩く愁晴に話しかける。愁晴は不快感を顕にしたまま眉間に皺を寄せ、けれども少しだけ得意気に笑った。


「床暖を入れたんよ。隙間も全部塞いだったからな、隙間風とはこの一年間無縁やで」


「へぇ〜。愁晴って器用だよな。なんでもできちゃう感じ?」


「なんもでけへん子供が二人もおるからな。俺がしっかりせなあかんやろ?」


「ふんふん。じゃあ、おじいちゃんも子供が一人増えた分はしっかりしてやるよ」


「おじいちゃんてなんやねん。しっかりとは無縁の単語に聞こえるで?」


 炬はそんな二人を最後尾から眺め、二年前のあの出来事を思い出す。


 睦見は炬に銃を向けた。愁晴は炬を庇って睦見に撃たれた。炬は睦見を何度も殴った。その場には当時小学生だったアリアもいた。


 炬の目の前では、互いに中学生のアリアと遥がある程度の距離感を保ったまま平行して歩いている。

 唯一当時を知らない遥も思春期なのだろう。年頃の二人の微妙な空気に炬はむず痒くなり、自分をただひたすら慕っている二人に対して若干申し訳なくなった。


「遥ー、お前なんで後ろにおんねん。お前の買うんやから前に来ぃや」


「っえ? あ、おう!」


「気になったモンあったら言えや? 炬はあほみたいに収入あるんやけど使わんからなぁ。クリスマスプレゼントでもあるんやし」


「……ほ、本当にいいのか?」


「なんや今さら。お前がここにいたい言うたんやろ? 嫌やったら帰るか警察に保護してもらい。その先はお断りやけどな」


「お断り?」


 小さく、目の前のアリアが震えたような気がした。


「うー……ん。俺とアリア、養護施設に住んでんねん。お前が保護されたら必然的にうちに来るやろ? それがオススメでけへんからお断りや言うてんの」


 その理由を、炬は二年間も知らなかった。


「…………マジ?」


 息を漏らした睦見は、菫色の瞳をまばたきさせて愁晴の顔をまじまじと見つめる。


「マジや、マジ。アリアを巻き込んでまでこないな冗談言うわけないやろ。まぁ、今の俺は住み込みで働いとる食堂のおっちゃんやけど」


 愁晴は笑い、呆然と自分を見つめていた炬に手を振った。


「なんでお前まで驚いてんねん。ま、言わんかった俺らが悪いんかもやけど……言うてもしゃーないしな。こういうんは。遥、お前、親がおるならそこにおった方がええよ。辛いかもやけど」


「…………」


 遥は白い息を吐きながら振り返り──炬ではなくアリアを見つめた。炬の位置からでは少女の小さな後ろ姿しか見えないが、表情はいつもの笑顔ではないのだろう。が。


「はーちゃん、笑ってよ! はーちゃんは笑顔の方が可愛いよっ!」


 アリアはきっと、笑ってそう言った。何も知らなかったが、それだけは炬にもわかった。

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