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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第一話 炎竜神の炬火Ⅴ

「うわああああああ!」


 間近で聞こえてきたかのような叫び声にかがりは思わず顔を上げ、訝しげに天井を見据える。愁晴しゅうせいでもアリアでもない叫び声は、少年のもののように聞こえた。


 二階にある自室の隣に位置する、自室に比べると小さな部屋に運ばれたはずの少年が目を覚ましたのは、愁晴とアリアが運んでから五分も経っていなかった。やがて荒々しい足音が聞こえ、小汚い身なりの少年が一階に転がり落ちてくる。


「何やってんねん、お前……。ほら、大丈夫なん?」


 すぐさま下りてきた愁晴は痛がる少年の体を起こし、遅れてきたアリアは心配そうに少年の様子を眺める。


「っだぁー! なんなんだよおまえ! おれになんの用があって、こんな……こんな……」


 そんな愁晴を無理矢理引き剥がし、少年は視線を巡らせ──



「っぎゃああああああ!」



 ──微動だにしない炬を視界に入れた途端、《ハリボテの家》に再び少年の叫び声が響いた。


「うるせえ」


「ッ、はっ、はい! すんません!」


 炬が土足で暮らす《ハリボテの家》の床で土下座を披露し、少年は身を縮ませる。かと思えば勢いよく顔を上げ、輝くような瞳で炬を見上げた。


「あのっ! 炎竜神えんりょうしん炬さんっすよね?! 本物っすよね?! おれ、炬さんのファンなんす! うわーっ、会えた! 本物に会えた……! おれもう死んでもいいっす!」


「愁晴、こいつを相豆院そうまいんに突き返せ」


「死にたくないっす助けて!」


 少年はすぐさまソファに座る炬の足元に擦り寄り、わんわんと泣きつく。炬はそれを鬱陶しそうに眺め、愁晴に助けを求めた。


「あんな、俺らはお前を助けたわけやない。わかったらさっさと帰り」


「えぇなんで!? おまえおれのこと助けてくれたじゃん!」


「助けてないわ、あほ。迷惑やから仕方なくや」


 愁晴は呆れたような表情をし、炬の知人だとわかった途端に態度を変える少年の頭にチョップした。


「いたっ……! 仕方なくでも助けてくれたじゃん! おれ、おまえのこと大好きだぞ!」


「俺は別にお前のこと好っきゃないで」


 少年を冷たくあしらい、愁晴は彼の首根っこを掴む。そのまま《ハリボテの家》の表口から出そうとしたが、少年は慌てて愁晴の手から逃れた。


「……すごーい」


 アリアは少年の華麗な身のこなしに言葉を漏らし、少年と目が合った瞬間慌てて愁晴の後ろに隠れる。人懐っこい性格のアリアだったが、最近は何故か引っ込み思案になっていた。


「おーおー、アリアも思春期やなぁ。かわええなぁ」


 何故か愁晴はニコニコと笑い、義妹の成長がそんなに嬉しいのか彼女の頭を丁寧に撫でる。


「あぁっ! おまえ、おれの時と全然態度が違う! えこひいきだ!」


 そんな愁晴の背中を指を差して、少年は不服そうに地団駄を踏んだ。


「当たり前や。お前とこの子はちゃうやろ?」


 少年は悔しそうな表情で愁晴を睨み、自分と少女の何が違うのかを逡巡した後──



「おれっ! おれの名前は嘉志摩遥かしまはるか! 十五歳! 炬さんの〝部下〟になりたいっす!」



 ──精一杯、なんの脈絡もなく叫んだ。


 炬はそんな少年──遥を見ていられなくて、そっぽを向く。愁晴は呆れ、アリアは目を見開き、やがてノックもなく《ハリボテの家》の扉が開いた。


「随分と面白い話をしているんだな、お前ら。その話、俺も混ぜてくれる?」


 そうして聞こえてきた声は、どこかで聞いたことがある声だった。


「あっ……!」


「なっ……?!」


 見覚えのある金髪がさらさらと揺れる。菫色の瞳はすぐさま炬を見つけ、吸血鬼じみた端正な顔を持つ青年はにっこりと微笑んだ。


睦見冬馬むつみとうま!? お前、なんでこないなとこに!?」


「フルネーム呼び? まぁいいけど。俺はお前らよりも年上だから、寛容になってあげないとな」


 睦見は愁晴のようにニコニコと笑い、炬が座るソファへと腰を下ろす。意図せず隣同士になった。何故自分たちの間には何もなかったかのような態度でここにいることができるのかわからなかった。


「で、その小さな子供が新しい組員候補くん? お前らってほんとに小さな子供が好きだよな〜。ちょっと引くわ」


 そして物珍しげに遥を眺め、炬の肩に遠慮なく自分の腕を回す。愁晴でさえしてこない肩組みは人生で初めてで、こんなに馴れ馴れしくしてくる相手が敵だったことも初めてだった。


「お前、一体なんなん? なんでここに来れたんや」


 愁晴は慌てて遥の目を塞ぎ、敵意を持って睦見を睨みつける。睦見は不思議そうに首を傾げ、ニヤリと吸血鬼がそうするような笑みを浮かべた。


「なんでって言われても、答えはたった一つしかないと思うけど? 釈放だよ、釈放。俺は罪を償ったんだ」


「罪?! その人何?! やばいヤツ?!」


「当たり前やろ。お前はそのやばいヤツの巣窟に片足を突っ込んどるんやで? わかったならさっさとバカなこと言わんとうちに帰れ」


 暴れる遥を軽々と止めながら、愁晴はアリアを背中に隠す。炬はそんな三人よりも肩に乗せられた睦見の腕が気になって払い落とし、ソファの隅に移動した。


「おっと。……ふぅん、なんか変わったな、お前。二年前よりもちょっと丸くなった気がする」


「お前も帰れや! なんやねん、今日は……。そもそも俺らはお前らが思うとるような関係ちゃうわ」


「違う? 何が?」


「俺とアリアは炬の部下やない。《紅炎こうえん組》の組員でもないし、仲間言うてもチームっちゅう意味とちゃう」


 初めて愁晴の口からそのような話を聞いた気がした。二年前から炬の相棒だと言い、決して右腕だとは言わなかった愁晴は真っ直ぐに睦見を見据えている。


「じゃあどんな関係だって言うんだ? お前らはなんの為につるんでる?」


「傍にいたいからだよ!」


 睦見と知らない仲ではないアリアは、愁晴の背中から顔を出して言葉を発した。愁晴はそんなアリアに優しげな視線を送り──


「俺もや。それだけで俺らはずっとつるんどる。暴力団でもチームでもあらへん、名前のない……曖昧やけど、それでも確かにある大切な関係や」


 ──炬は黙ったまま愁晴の話を聞き、僅かに息を漏らす。


「な? 炬」


「……あぁ」


 二人の前では、炎竜神家の炬でも《紅炎組》の炬でもなかった。そんな居場所ををくれる二人の隣が心地良くて、離れられない。

 そんな二人は《紅炎組》の仕事で出かける時もついてきていたが、愁晴の言う通りチームとして動いていたわけではない。誤解されても仕方がないとは思うが、誤解されて酷い目に遭うのは自分ではなくて二人だった。


「俺と出逢った時もそうだったのか?」


 睦見は足を組み、試すような視線を愁晴に向けた。獲物がかかる瞬間を待つムシトリスミレのように、ただ静かに彼の言葉を待っている。


「あの頃の俺たちは、出逢ったばかりやった。俺は炬にひっつき回っとったクソガキやったし、それはアリアも同じや」


 そして、愁晴は決して〝友達〟だとも言わなかった。


「…………ふぅん。その状態のまま俺らの組を壊滅させたってことか。すげえな、お前ら」


「組の壊滅?! すっげー! 炬さんすっげー! よくわかんねぇけどすっげーっす!」


「そうだよ! かがりんは〝すっげー〟んだよ!」


「お前そないなこと言うんやめろや! 子供が真似するやろ!?」


 共鳴する子供二人の声に後押しされ、愁晴は睦見の首根っこを掴んでぶんぶんと振り回す。


「えぇー。俺悪くなくない? な、炬」


「知らねえ」


「ちょっとは興味を持ってよ。お前、丸くなったっつーか無気力になったな」


「お前はこっちに興味を持てや! そもそもなんの用でここに来たんか答えてへんやろ?! 返答によってはムショにぶち込むで?!」


 再びぶんぶんと振り回す愁晴に嫌な顔一つせず、睦見は苦笑を見せる。


「逆にお前は闘争心丸出しになったなぁ。俺がここに来たのはその子と一緒。お前らのせいで組が壊滅、残党のせいで地元にも帰れなくなってさ、居場所がないんだよね、俺。だからこの組に入れてもらおうと思って」


「なら本家の方に当たれや」


「違う違う。炬がリーダーをやってるここだよここ。お前らのとこ」


 つんつんと、真下というか《ハリボテの家》を指差す睦見は決してふざけていなかった。


「おっ、おれも! おれも入れてほしい! 相豆院にはもう手ぇ出さないから! お願い! 匿って!」


「……せやから、そういうとこちゃうって言うたばっかやろ」


 疲れたのか、愁晴は気が抜けるように言葉を漏らす。「座る?」と睦見が尋ねても「お前の隣は落ち着かんからええわ」と断った。


「まぁ、それは確かに聞いたよ。けど、これから作ってもいいんじゃないって俺は思ったけど? どう? 炬」


「作んねぇよ」


「やっぱ即答か。ていうかお前、ほんとに口数減ったなぁ? こっちが話振らねぇと全然話さねぇじゃん」


「帰れ」


「だから居場所がないって言ったろ? ……金もない、迎えに来る家族もいない、仕事も家も故郷もない。ないない尽くしさ」


 肩を竦めた睦見の話を聞き、泣きそうな顔になったのは遥だった。虐待されているかもと愁晴が疑った、小汚い中学生くらいの子供だ。

 愁晴とアリアは困ったような顔をし、互いに顔を見合わせる。義兄妹だという二人は名字も違えば家族構成も多くを語らない、炬からすれば謎に包まれた存在だ。


 そんな四人が、なんの縁かここ《ハリボテの家》にいる。


「おれ、家出したんだ。あいつらおれのこといじめてくるし、学校つまんねぇし……金もないから、相豆院だっていう子供に金くれって脅して……無理だったけど……おれ……」


 辿々しく、遥は土に塗れた服を握り締め──


「……おれ、炬さんみたいに強くなりたい……」


 ──弱々しく、鼻を啜った。


「…………」


 炬はそんな遥を眺め、先ほど裏口で会った如月きさらぎの言葉を反芻させる。


『言っておくけど、私たちは慈善活動家じゃない。そんなことは関係ないよ』


 それは炬だってそうだ。だが──



「……好きにしろよ」



 ──それが炬の結論だった。


「ッ! か、炬さぁんっ!」


「へぇ。自分で言うのもアレだけど、お前正気? お前もそれでいいの?」


 睦見は驚きつつも愁晴を見ると、愁晴は先ほどの睦見のように肩を竦めて──笑った。


「ええも何も、それが炬の意見なんやろ? なんで俺が反対するねん」


「なんでって、お前がここの参謀なんだろ? つーか態度変えすぎ。普通に怖いな」


「そらそうや。俺は前科持ちやクソガキに優しい人間ちゃうもん。けどな、俺もアリアも炬に好き勝手させてもらった人間やから。炬が『好きにしろ』っちゅー前に好き勝手やって来たし、お前らのことを拒む理由はもうないんよ」


「……へぇ、じゃあ遠慮なく。後で『やっぱなし』なんて言っても聞かないからな?」


 愁晴は「言わんよ」と眉を下げて、「お昼作るわ」と元々ステージか何かだったのか一段上がった場所に作られた簡易キッチンへと向かう。

 睦見と遥は「おおっ」とテンションを上げ、余程お腹が空いていたのか簡易キッチンへと近づいていった。


「うわっ、お前ら近いわ。手伝ってくれんの?」


「お望みならなんでも作ってあげるよ。『しゅーくん』だっけ?」


朝霧あさぎり愁晴や」


 手を洗い、生返事をした睦見は愁晴が取り出す食材を宝石のように眺める。


「おれも! おれも手伝う!」


「お前はあかん。炬ぃー、こいつ銭湯に連れてったってー。匂いがキツくてかなわんわー」


「はいはいっ、私も行くー!」


「帰ったら服も着替えさせてなー。お前の服でなんとかしたって」


 急に騒がしくなったリビングのような場所の片隅で、炬は集った四人一人一人の存在を感じながら──


「あぁ」


 ──と、僅かに笑いながら答えた。

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