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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第一話 炎竜神の炬火Ⅳ

「はぁ〜、なんで今日に限ってめっちゃ寒いんやろ」


 息を吐くと白く染まるそれを見つめながら、少し前を歩く愁晴しゅうせいがそう言った。

 子供は風の子だったか、アリアは積もった雪を踏みつけてははしゃいでいる。だが、その手はしっかりとかがりの手を握り締めていた。


 彼女は自分の隣を歩き、決して前にも後ろにも行かない。炬を慕いながらもアリアを守護し、自由気ままに歩き回っている愁晴とは大違いだ。


 純粋そうに見えていまいち本心が見えない二人を侍らせながら、炬は久しぶりに陽陰おういん町の雑居ビル地区を闊歩する。

 大通りを長々と歩けば、イルミネーションで飾られた駅前広場が姿を見せ始めた。


「あーっ、見て見てかがりん! あそこ雪だるま!」


 きゃっきゃっと笑いながら、アリアは噴水前に作られた雪だるまを指差す。今すぐ駆け出したいのが態度で丸わかりだったが、それでも炬の手を離そうとはしなかった。


「行けばいいだろ」


 痺れを切らした炬が背中を押せば、アリアは炬の手を引っ張って走り出す。噴水前まで小走りで辿り着いた炬は、誰が作ったのか自分の腰まである雪だるまを見下ろした。


「キラキラだね! ほら、『いるみねーしょん』もあるよ!」


「せやなぁ。炬、イルミネーションがつけられとったの気づかんかったやろ? 夜になったらまた来ようや、きっと綺麗やで」


「…………」


 炬は二人の声を聞き流しながら、目の前に広がり続ける光景を眺めた。


 右隣にはアリアが、左隣には愁晴がいる。いつの間にか見慣れた景色が変わっていても、隣にいるのはいつだってこの二人だった。

 そんな当たり前のことを二年経った今になって気づくなんて。炬は思案するように視線を伏せた。


 こうして塞ぎ込んでいたところで、状況は何も変わらない。そもそも今すぐ死ぬわけでもない。


 炬は冷えた空気を吸い込み、燃え盛る自身の炎を内部から冷やした。何度も何度も吸い込み、頭まで冷やし、口を開いた。


「…………帰るぞ」


「え? もう? ちょっと待ってよかがりん、まだ散歩は……」


「もういい」


 アリアはじっと炬を見上げ、やがて大丈夫だと判断したのか大きく頷いた。


「アリアがそれでええなら帰るか。あぁー、凍えた凍えた」


 愁晴は手で両腕を擦り、炬に近づいて暖をとる。

 そんな愁晴を煩わしそうに眺めながら、炬は二人を連れて雑居ビル地区へと足を向けた。


「しゅーくん、帰ったらあったかいもの食べよーよ!」


「ええなぁそれ。野菜スープ作ったるわ」


「野菜?! 絶対やだ!」


 自分を挟みながら繰り広げられる義兄妹の会話は微笑ましくもなんともなく、錆びれた雑居ビル地区の風景を意味もなく観察する。

 治安が悪いせいか、駅前と比べて人通りはまったくなく、妖怪が出そうと言えば出そうに見える。昔から町のはみ出しものがたむろしているせいなのか、ここは町の陰鬱な空気がいつだって蔓延っていた。


「うわぁぁぁぁ!」


 そんな町に響き渡る、誰かの絶叫。

 炬は正面を見、猛スピードでこちらに向かってくる少年に気がついた。


「……行くぞ」


 関わると面倒だ。だから愁晴とアリアを連れて脇道に逸れる。二人とも少年の存在に気づいていたが、炬の意思に反することはしなかった。


「……チッ」


 だが、さらに面倒なものが炬の行く先で蹲っていた。

 狭い路地裏の傍らでしゃくり上げる、胡桃色の髪の少年。少年は炬の気配を敏感に感じ取り、ゆっくりと顔を上げた。


「……アンタ」


 アリアよりも幼い小動物のような愛らしい容姿をした少年だった。少年は目元に溜めていた涙を乱暴に拭い、どこかで見たことがある碧眼で強く炬を睨みつける。


「野良犬〝ふぜい〟が、ジロジロとボクのこと見ないでくれる?」


 口をついて出た台詞は、とても子供が発したそれには聞こえなかった。


「ッ、かがりんは野良犬じゃないよ!」


 同じく子供のアリアは見事に挑発に乗り、拳を振り回して炬を庇う位置につく。だが、炬はゆっくりとため息をついてアリアの肩に手を置いた。


「やめとき、アリア。相手が悪いわ」


 そんな炬の判断に同意するかのような態度で、愁晴は渋い顔を見せる。アリアはわけがわからず、困惑気味に二人を交互に見つめて理由を問うた。


「……わ、悪い相手なの?」


「せや。こいつは炬と同じ《十八名家じゅうはちめいか》──それもあの相豆院そうまいん家の跡取り息子、翔太しょうたや」


 ──相豆院。


 どこかで聞いたことがあると思ったのか、アリアは難しそうな表情をして考え込む。そんな彼女を察し、愁晴は敵愾心こそないが険しい表情で説明する。


「二年前、炎竜神えんりょうしん家を襲撃した睦見冬馬むつみとうまが口にしとった名や。炎竜神家と同じ暴力団の一族で、組の名は確か《風神ふうじん組》やったかな?」


「そうだよ。この町の土地神様の名前が由来のボクたちと、自分の名字が由来のアンタたちとじゃそもそもの格が違うの。わかったらさっさとボクに跪いてよ。それで今のことを『ごめんなさい』すれば許してあげる」


「かっ、かがりんはそんなことしないもん! ねぇかがりん?!」


 そうやって激しく同意を求めなくても、端からやるつもりはない。アリアはそんな炬の態度にほっと息を漏らし、愁晴は何度も何度も頷いた。


「あんな、こないなとこで泣いとった自分が悪いわ。わかったらさっさとボディーガードんとこ戻り。さっきからその辺にある気配が痛いねん、お前のこと探しとるんとちゃう?」


 さすがにニコニコと笑うことはせず、かと言って過保護になるわけでもなく。ドライともとれるような態度で愁晴は告げ、翔太は碧眼を愁晴に向けてさらに強く睨んだ。


「それと、ここを縄張りにしとんのは俺らや。相豆院は別の地区やろ? 来るにしても子供が来てええところやない。もっと大人になってから来いや」


「…………」


 翔太は返す言葉もなかったのか、唇を強く噛み締めて瞳に大きな涙を溜める。やがていたたまれなくなったのか、狭い路地を逆方向に駆けて行った。


「おーおー、行ってしもうた。迷子にならんとええんやけど」


「……あの子、大丈夫なのかな? 追いかけた方がいいのかな?」


「ほっときほっとき。本家の子やから何があっても大丈夫やって」


「えー? しゅーくんだって心配してたじゃん」


 炬は白い息を吐き、会話を続ける二人を気にかけることもなく歩き出す。何も言わなくても二人は炬の行く道に続き、炬はゴミが廃棄された路地裏を避けながら《ハリボテの家》へと進んでいく。

 このまま行けば裏口に着くはずだったが、その前に再び障害物に出逢ってしまった。


「ん? 今度はなんなん?」


「ガキだ」


「子供?」


 アリアが炬越しに正面を見れば、これまた薄汚れた少年が《ハリボテの家》の裏口前に倒れていた。


「うわっ、大変!」


 アリアよりほんの少し年上に見える少年は、痩せこけていて呼吸が薄い。極貧生活を送っているような身なりに炬は眉を潜め、愁晴に視線を送った。


「あ、あぁ。せやな、これはさすがに救急車呼ばなあかんやつやな」


「いたぞ! あそこだ!」


 刹那、怒気が込められた声が正面から聞こえてきた。顔を上げると、《風神組》専用のスーツを身に纏った、やけにガタイのいい男数名が突っ込んでくるのが視界に入る。

 炬は再び眉を潜め、面倒くさそうに舌打ちをした。男三人は足を止め、立ち塞がるように立つ炬のことを観察する。それは不審げな瞳で炬を捉えており、そこでようやくこの三人の目的が自分ではないことに気がついた。


「てめぇ、《紅炎こうえん組》の犬だな。このガキを若のところに送り込んだのはてめぇか?」


「知らねぇな」


「なら、俺らの若をどこへやった」


「ちょお待って、お前らの若って相豆院翔太やろ? あいつならさっきこの奥の路地裏で見かけたで? あと、この子についてはほんまに何も知らん。とばっちりもええところや」


 ついさっきアリアがそうしたように、炬を庇う位置に立った愁晴が饒舌に説明する。ガラの悪い人間に怯まないのが彼の美点──というわけではないが、こういう時の愁晴も頼もしかった。


「まぁ、俺らがこないなこと言うたって信じられへんのもわかるけど、俺らがこいつのボスやったらこんな身なりはさせへんわ。よう見い、さすがに痩せすぎやろ? 《十八名家》に仕えとんのやったら、部下にこないな格好させへんのはようわかっとるはずやで?」


 愁晴はちらりとアリアを見、「あの子を見たらわかるやろ?」と《風神組》の組員を諭した。


「……失礼。私たちは若の失踪のせいで冷静さを失っていてね。完全に信じるには根拠が足りないけれど、私たちが戦う理由はどこにもないはずだ」


 すると、一人の若き青年が前に進み出て炬や愁晴と対面した。少年のようなあどけなさを残した青年は、後ろに控える年上の組員の顔色を伺うこともないままそう語る。


「それに、陽陰町の裏社会を支配する両家は親しくはないが旧知の仲だ。私たち末端が争いを起こすのは本意ではない」


「確かにな。お前、若いのにわかっとるやん。話が通じて助かるわ」


「若いと侮られるからね。こちらこそ、情報提供感謝する」


 そう言う彼の真紅の瞳は、確かに誰よりも大人びて見えた。


「それはええけど、こいつどないするん? 陽陰町の制度的にここまで貧しい生活を送っとる奴はおらんはずやし、虐待やったらお前らの若に手ぇ出したんのも納得やで」


「言っておくけど、私たちは慈善活動家じゃない。そんなことは関係ないよ」


「それはわかっとるけど、町外の暴力団のような行いをするのは《十八名家》の規約違反やろ?」


「……確かにね。まぁ、私たちは子供一人に構っていられるほど暇じゃない。ここは見逃してあげるよ」


 青年は僅かに微笑して、走った時に崩れたらしいアシンメトリーの髪を整える。


「私の名前は如月宗太きさらぎそうただ。昔は分家の付き人だったのだけれど、今は若の世話係のようなものをやっている。今後このような形で我々が出逢った時は、また貴方と話せたらいいと思っているよ」


「あぁ、俺は朝霧あさぎり愁晴。まぁ、ないに越したことはないけどなぁ」


 ニコニコと笑い、愁晴は路地裏の奥へと姿を消す三人組を見届ける。そして「さてと」と未だに倒れている少年を見下ろした。


「救急車はもうええわ。とりあえず中に入れるで?」


「おい」


「別にええやろ。部屋一個空いとるし」


「そういう問題じゃねぇよ」


 炬はため息をついたが、放っておいた。どうせ面倒を見るのは愁晴だ。自分にはまったく関係がない。


「それに、さっき追われとったのこいつみたいやしな。こういうのほんまは困るんやけど、ほっといたら俺らんとこに来るかもしれんやろ?」


 だからってなんで愁晴が困るのかと思ったが、愁晴が同意を求めていたのはアリアだった。アリアは愁晴の言葉の意味を理解したのか、すぐさま頷いて《ハリボテの家》に姿を消す。

 愁晴は一人で少年を持ち上げ、炬が最後に入ると二人は二階に上がったのかどこにもいなかった。

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