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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第一話 炎竜神の炬火Ⅲ

 目を覚ますと、そこは《ハリボテの家》にあるいつもの自室だった。愁晴しゅうせいが作った頑丈そうな部屋は、実家の自室と比べると半分もないが何故だか妙に安心する。


 かがりはため息をついて昨日の出来事を思い出した。愁晴もアリアも昨日のうちに帰っていて今はいない。だが、二人がどこに住んでいるのかは何故か今でも知らなかった。


「…………」


 起き上がる気力がまったく湧かない。炬は毛布をかぶり直して二度寝を決め込んだ。


「あーっ、かがりん! 二度寝しちゃダメだよー! 起きて起きてー!」


「…………ぁ?」


 思い切り体を揺さぶられ、炬はほんの少しだけ目を開ける。その声の持ち主が何故ここにいるのかわからないまま、炬は目の前にいるアリアを見据えた。


「おはよ、かがりん!」


「…………お前、何しに来たんだよ」


 寝起きだからか声が掠れていた。

 目覚め直後の金髪は眩しく、炬は再び目を閉じる。すると、馬乗りになったのか重たい何かがのしかかってきた。


「か〜が〜り〜ん〜! 起きてーっ、しゅーくんが朝ごはん作って待ってるよー!」


 痛くも痒くもない暴力が上から降ってくる。煩わしいが、相手にするのも億劫で炬は無視を決め込んだ。


「あれ〜? ねぇかがりん、もしかして具合悪いの?」


 あながち間違ってはいないだろう。具合が悪いというよりも、起き上がるのがなんだか面倒というだけだったが。


「んん……。ちょっと待ってて、しゅーくん呼んでくるね!」


 そう言われた直後、体の上から重みが消えた。扉が開く音がし、階段を駆け下りる音もする。


 ……やっと去ったか。


 アリアが暴れたおかげでぐしゃぐしゃにされた毛布をかぶり直し、本格的な眠気に襲われる。が、ここは実家に比べればとてつもなく狭い《ハリボテの家》だ。


「炬ー。お前、どないしたん?」


 あっという間に顔を出した愁晴が、毛布を引き剥がして腰に手を当てた。


「やっぱ風邪でも引いたんとちゃう? それとも……マジで本家で何かあったんか?」


 見れば、愁晴はニコニコと笑っていなかった。憐れむような視線を炬に向けている。愁晴が炬にそんな目を向けたのは、今日が初めてだった。


「…………ねぇよ」


「ほんまに?」


 何かはあった。が、それは愁晴には言えないものだ。


「俺に話せへん話なら、アリアにでもええで? どんな返事が来るかは保証でけへんけどな」


 アリアも駄目だ。これは誰にも話せない。

 一人で抱える炬が黙り込むのを認め、愁晴は口を開き──何故か一瞬固まった。


「ええよ。おかゆ作ったるわ」


 そういう問題ではなかったが、また面倒になって炬は何も言わなかった。

 愁晴は部屋を出、一階にいるアリアを呼ぶ。元々ハリボテだったこの家の性質のせいだったが、大声でなくても会話はよく聞こえていた。


「…………」


 目を閉じる。本当の兄妹のように親しそうに話す二人の会話は、二年経った今でも変わらずにそこにあった。


『しゅーくん、おかゆ作るの?』


『せやで。そこにある炬の朝飯ラップしといて』


『はぁーい』


『んで、卵取ってきて』


 同じ時期に別々で出逢った二人は、なんだかんだで今でも一緒に過ごしている。

 どこか常人離れした雰囲気を持つからなのか、二人は常人である誰もが避けていた炬を「好きだ」と言ってくれた数少ない人間だった。





「か〜が〜り〜ん〜? おかゆできたよー?」


「なんやこいつ。また寝とるん? ほんまに具合悪いんか、疲れとんのかようわからんなぁ……?」


 食べ物の匂いがして目を覚ますと、アリアと愁晴しゅうせいが自分の顔を覗き込んでいた。煩わしくて眉を潜め、おかゆに気づいて起き上がる。


「あ、起きた」


「はぁ〜。おかゆ様様やなぁ……」


 若干呆れたような表情で自分を見下ろす愁晴からどんぶりを奪い、かがりは中身のおかゆを口に掻き込む。熱すぎず、冷ましすぎず。ちょうどいい温度の米とそれに染み込む卵の味は、今まで一度も食べたことがない。それでもこれはご馳走だった。


「ねぇねぇ、美味しい?」


「…………不味くはない」


「そこは素直に美味いって言えや〜」


 ベッドに腰をかける炬を足蹴りし、愁晴はひと仕事終えたとでも言うように部屋から出ていく。暴力団の身内にこんな態度を取れる唯一の存在──愁晴の背中を無言で見送り、炬は部屋に残ったアリアを見下ろした。


「…………お前、学校は?」


「サボった!」


 自分もしょっちゅう学校をサボっていた炬は、特に何も言わなかった。

 アリアは何も言われなかったことがそんなに嬉しかったのか、ニコニコと笑いながら同じくベッドに腰をかける。


 やけに長い間眠っていたような気がしたが、それはおかゆの量が異常に多いせいだった。愁晴が気を利かせたのか、この量を作るのに時間を取られていたらしい。

 何度も何度も口の中におかゆを掻き込み、自分の意思では止められなくなった頃──視線を感じて炬は手を止めた。


「見るな、気が散る」


「はぁーい」


 アリアはニコニコ笑顔のまま視線を外し、足をぷらぷらと動かした。この二年間無垢なまま成長したこの少女は、時々組関係の仕事をして金を稼いでいる炬の傍にいても笑顔を絶やすことはない。


「お前、俺のとこにいてそんなに楽しいか?」


 そんな彼女につい尋ねた。


「うん、楽しいよ!」


 予想通りの即答だった。炬はアリアから視線を逸らせず、そのまま視線でその理由を問いかける。


「かがりんと一緒にいると、強くなれるからすごい楽しい!」


 わけがわからなかった。


 アリアの言う強さも、彼女が強くなっているのかも、わからない。思えば炬はアリアと愁晴のことをほとんど知らず、アリアと愁晴も炬のことをほとんど知らないはずだった。


「楽しくねぇだろ」


 妖怪という目に見えないものと戦い、死ぬ運命にある自分と一緒にいても。


「えぇ〜、楽しいよ!」


「俺と一緒にいると死ぬぞ」


 炬は食べかけのおかゆを床に置いた。このことを考えただけで食欲が一気に失せ、アリアの取る反応に恐怖を感じる。耳を塞ぎたくなって、炬は生まれて初めて自分の弱さを思い知った。


「大丈夫だよ」


 息を止める。アリアは笑っていた。

 ニコニコではなく優しく微笑む年下のアリアは、二年前と比べると大人っぽくなっており──炬は時間の経過を身をもって知る。



「──私がかがりんを絶対に守ってあげるから」



 手を握られた。そんなことをさせてしまうほどに酷い顔をしていたのか。申し訳なさもあるが温かくて甘えてしまいそうになる。

 炬の手も温かいものだったが、アリアの手はもっと温かかった。


「大丈夫大丈夫。だって私、かがりんのおかげでこんなに強くなれたんだもん」


 常に一緒にいて、仕事があると必ずついてきただけの日々に一体何があったんだろう。炬はアリアの言葉一つ一つがまったく理解できなかった。


「それに、かがりんずっと私のこと守ってくれてたでしょ? だから絶対に大丈夫だよ!」


 ただ、炬は確かにアリアのことを守っていた。自分が制する暴力から、暴力でアリアを守っていた。アリアは愁晴の後ろから炬を見、何かあれば手を伸ばしていた。


 暴力からは守れても、妖怪からは守れない。


 炬はアリアの頭を撫で、「もう出ろ」と突き放すように追い出した。





『ねぇねぇしゅーくん、やっぱりかがりんどこか変だよね?』


『まぁ、せやろなぁ』


『しゅーくん何か知ってるの?』


『アリア、かがりは二十歳になったんや。わかるやろ?』


『それだけじゃわかんないよ! だって、もう二十三日だよ? 明日はクリスマスイブじゃん!』


『んー……。イブまで引きこもる気なんかなぁ?』


『あのままじゃ過ぎても絶対引きこもってるよ! ねぇ、お願いしゅーくん! かがりん部屋から出すの手伝って!』


『ええけど……。この会話、絶対あいつ聞いとるで? ここの防音クソやから』


『うそぉ!』


 すばやく階段を駆け上がる音がし、扉を大きく叩く音もした。アリアはガチャガチャと取っ手を回し、無理矢理押すが、体を扉にぶつけただけで開けることは叶わない。


『っあ! ほんとだ開かない! なんかバリケードやられてるみたいになってる!』


『炬〜、アリアがお前に会いたいんやと。いじわるせんと開けたってや』


 炬は目を開け、毛布にくるまりながら扉の方に視線を向けた。緊急で作ったバリケードの奥に、家族とも友人とも言えないアリアと愁晴しゅうせいがいる気配がする。


『出えへんなら本家に電話するでー? そうやなくてもここは俺が増築したんや。こういうのに備えて仕掛けとか作ったんお前知らんやろー?』


 そして体を起こし、炬は目を細めた。


 引きこもって三日経ったらしいが、その間一度も顔を見せたことはない。だというのに、二人は毎日欠かさず《ハリボテの家》までやって来た。

 アリアを部屋から追い出したとはいえ、「来るな」とは言っていない。だが、毎日来るほどここに何かがあるわけでもなかった。


『悪いけど、ほんまにやらせてもらうで?』


 今更だが、どうしてこの二人はこんな自分について来るんだろう。

 「来い」と言った覚えはないし、「好き」と言った覚えもない。なのに二年も一緒にいて、それを不思議に思ったことは一度もなかった。


『せーのっ』


 愁晴を止める気にもなれず、どうやって開くのか逆に興味を引かれていると──


「せやっ」


 ──そのまま堂々と扉を蹴破られた。

 大きな音をたてて、積んでいたテーブルが壁に激突する。炬は呆然とそれを目で追い、ボロボロに砕け散った扉を担いで小首を傾げた。


「なんや、思うとったよりも元気やん。心配して損したわ」


 今の行動のどこに心配要素があったんだ。

 炬は口に出すのを止め、仁王立ちをする愁晴を見上げた。


「何しに来たんだよ、お前」


「何しにも何も、ただの生存確認やん。そうカッカせんといて〜」


 そう言ってニコニコ笑う愁晴の後ろから、必死になって顔を出したアリアが飛び出す。


「かがりん! 外! 外に出よう!」


「嫌だ」


「散歩しよう! ね?!」


「嫌だ」


 ベッドに近づいてきたアリアを避け、炬は毛布ごと移動する。だが、その先で待ち構えていたのは母親のようになってきた愁晴だった。


「か〜が〜りぃ〜、不健康は良くないで?」


 意地悪な魔女のように笑いながら手を広げ、近づいてきた愁晴を炬が睨む。


「何様だよ」


「ここはお前の相棒様やぁ〜って言うべきなんやろうけど。個人的にはアリアに心配させとうないって感じやなぁ。俺、アリアの兄ちゃんやし」


 そう言った愁晴は今度こそニコニコと笑っていた。


「嘘つけ」


「ほんまやで? 義兄弟キョーダイやねん、俺ら。せやから大人しく散歩しようや」


 炬はため息をつき、後ろから飛びついて来たアリアに大人しく捕まる。


「お前ら、意味わかんねぇ」


「まぁまぁ。許してや、俺ら炬のことが好っきゃねん」


「とにかく外出てリフレッシュしよ! このままじゃダメだよ!」


 炬は生返事をし、抵抗することを諦めた。

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