表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
PR
27/290

第一話 炎竜神の炬火Ⅱ

 髪に積もった雪が自らの体温で溶けていく。濡れた髪を掻き上げながらかがりは呆然とそれを見上げ、どうすることもできないまま立ち尽くしていた。それでも、徐々に戻ってきた思考回路が、帰ってきたのだと告げている。

 炬は重りがついたかのような足を動かし、二年前から改装して住み始めた《ハリボテの家》へと続く階段を下りた。自らが取りつけた扉を開け、このまま泥のように眠る自分を想像し──


「せーのっ! ハッピーバースデー、かがりんっ!」


「ハッピーバースデー、炬!」


 ──今まで聞いたことのない破裂音を向けられ、一瞬だけ身構えた。わけのわからない大量の紙吹雪が、濡れた体にべったりと張りついていて離れない。


「……あ?」


 再び思考が止まった。それは一瞬ですぐに眉間に皺を寄せた。


「ああん? 聞こえへんかったん? ハッピーバースデー、か〜が〜り〜?」


 ニコニコと、むしろ恐ろしく感じるほどの笑みを浮かべながら近づいてくる愁晴しゅうせいをひと睨みし、炬は濡れた獣のように頭を振る。


「うおわっ! お前、やめいや〜!」


 飛んできた水をさすがに嫌そうな表情で避け、愁晴は後ずさった。そんな愁晴と入れ替わるようにして飛んできたアリアは、遠慮なく不機嫌な炬に抱きつく。


「お帰り、かがりん!」


 胸板に頭が届くほど背が伸びた、中学二年生のアリアを見下ろして。炬は、ひそかが話した町の真実の渦中にいる少女の笑顔でさえも空しく感じた。


「……かがりん?」


 きょとんとした表情で、なんの反応も示さない自分のことを見上げてくる。自分のことなのに、何故か今見ているものは別世界にある知らない物語のように映っていた。


「ねぇ、かがりん? どーうーしーたーのー?」


 不穏な気配を察知したのだろう。なのにアリアは顔には出さず、ただ少し強めに炬を揺すった。

 アリアは素直だが、その表情は笑顔しか知らない。だからこそ余計に目の前の光景が別世界のように映ってしまう。


 高校を卒業し、進学も就職もせずに炬が辿り着いた場所は──ここ、《ハリボテの家》だった。卒業前にこの場所を得た時、愁晴が冗談で名づけたが、炬は今でも結構気に入っている。

 名前の通りハリボテだったこの建物を住みやすいように改築して、早一年半といったところか。そんな《ハリボテの家》の内装は、住みやすさを優先させてシンプルだった。


 だが、今目の前に広がっている内装は違う。なんだか全体的に華やかなのだ、色々と。壁一面にはカラフルな輪っかが張り巡らされており、知らぬ間に増えた照明のおかげでだいぶ明るくなっている。

 クリスマスでもやるつもりなのか、モミの木らしき小さな木が隅にあり、その辺りには箱、箱、箱──。


「……なんだこれ」


 考えるのもバカらしくなり、炬は率直にそう尋ねた。


「だから、ハッピーバースデーって言うとるやろー? 人の話聞けや」


「そーだそーだ!」


 炬を離したアリアは、再び傍に来た愁晴と共に腕を振り回してわざとらしく抗議する。言われて炬は、自分の誕生日だということを思い出した。


「かがりん、二十歳の誕生日おめでとう!」


 無邪気に笑うアリアは、まだ何も知らない無垢な子供だ。

 《十八名家じゅうはちめいか》として生まれ、犠牲になる為に生きる。二十歳になって知らされた炬は、七歳年下のアリアの未来を密かに憂いた。


「……あぁ」


「なんやお前、いつもよりも元気あらへんやん。本家で何かあったん?」


 不思議そうな表情で尋ねる愁晴は、掌を炬の目の前で振る。愁晴は《十八名家》ではない、だから彼は何も知らない、だから何も話せない──。


「……何も」


 口を閉ざした。愁晴のことを、巻き込みたくなかったのだ。


「なんもない顔ちゃうやろ、なぁ? アリア」


「うんうん! かがりん、なんか暗い顔してるよ?」


「……してねぇよ」


 吐き出して、改築の時に作った二階へと続く階段の方へと爪先を向ける。ここで一人暮らしをする自分の部屋があれば充分だと思っていたが、何を思ったのか完成してみれば他に部屋が二つあった。

 二階を担当していた愁晴が、ニコニコと笑って「だって、何かあった時の為に俺らが泊まれる部屋も欲しいやん」と言った時は怒りを通り越して呆れたくらいだ。


「ちょお待てや。お前、そのまま寝るつもりなんやろうけど、俺らお前の為に手作りケーキ用意したし、食わんくても体乾かしてから寝てもらわんと困るでほんま」


 ケーキ?

 炬はふと視線を落とし、実家の自室から持ってきた豪華なテーブルの上を見つめる。視線を巡らせると、そこには白いクリームと赤い苺が特徴的なケーキが置いてあった。


「……食う」


 思えば朝から何も食べていなかった。

 辺りはすっかりと暗くなり、この二人はまだここにいていいのかと不安になるほどだ。


「あ、ほんま?」


「やったー! しゅーくんしゅーくん、ロウソク!」


 夜明けまでここにいる気なのか、炬も通っていた中学の制服姿のままのアリアが大きな荷物の中から蝋燭を取り出し──


「えーっと、あとライター!」


 ──危なっかしく振り回した。


「炬、お前一回着替えてこい。真冬やし、先に近所の銭湯にでも行くか?」


「いい。あちぃ」


 実際、帰宅直後の炬は雨に打たれた野良犬のようだったが、自分の中に流れる血のせいか不思議と寒くはなかった。濡れた髪を乾かす為に頭を振ったが、既にカラカラに乾いている。

 だが、本家用にそこそこの正装をしていた炬は、着替える為に一度二階の部屋へと戻った。





「ねぇしゅーくん、ロウソクはやっぱり二十本なの?」


「せやなぁ。ぶっ刺せぶっ刺せ〜。かがりやと思うてぶっ刺せ〜」


 ニコニコ笑顔のまま残虐なことを言う愁晴しゅうせいの言葉通り、アリアは遠慮なくケーキにそれをぶっ刺していく。


「……おい」


 下りてきた直後に聞こえた二人の会話に抗議を入れると、まだ笑っていた二人が同時に顔を上げた。


「ん? なんや炬、着替えんの早いなぁ」


「……腹減った」


「ふぅん。お前、俺が作りだめしとる飯ちゃんと食うとるん?」


「……もう食った」


「早いわ! 五日分を一日で食うなや!」


 豪華なテーブルを何度も何度も強く叩き、愁晴は姑のように炬を叱る。そんな光景を見慣れているアリアは、二十本を適当に刺して満足気に頷いた。


「ったく、お前はほんとしゃーないやっちゃなぁ。明日朝イチでなんか買わな……」


「私も行くー!」


「アリアは帰りや〜。成長期なんやし、炬と同じ生活はさせへんからな?」


「えぇ〜。でも私、来年から三年生だよ〜?」


 ライターに火をつける愁晴にアリアは抗議をするが、愁晴は何が「でも」なのか理解できないとでも言うような表情で蝋燭に火を灯した。


「それでもまだ十四やん。俺は炬と同じ二十歳になるけど……よし、照明消してええで〜」


「も〜! また子供扱いする〜!」


 そう言われても仕方のない言動をするアリアは実年齢よりも幼く見えた。炬はそれを不思議がることもなく、そういうものなのだととっくのとうに受け入れている。

 照明が消えると、残ったのは蝋燭の炎のみとなった。


 改築する前、顔を上げれば天窓が視界に入ったが、二階を作った今空は見えない。窓もない《ハリボテの家》は、蝋燭の儚げな炎だけを頼りにするしか方法はなかった。


「はよ消せや〜。それとも、お坊っちゃんは庶民の祝い方がわからへんの?」


 煽ってくる愁晴の頭を無言で殴り、揺れる炎をまだ見つめる。それよりも強力な炎が伯母の中にはあって、まだ見ぬ従妹の中にもあって、その欠片が自分の中にもある。


「いだっ! なんで見えとるん?!」


 痛がる愁晴を無視した炬は、二十もある赤い炎の欠片を消す為──息を吹いた。


「ほいっ!」


 アリアの奇妙な合図で照明がつく。「お誕生日おめでとう」と同時に言われ、曖昧に笑い、炬は愁晴に視線を送った。


「今すぐ切り分けるからそないな目で俺を見んといて〜ったく」


 愛用の包丁を奥の簡易なキッチンから持ってきた愁晴は、文句を言いつつもホールケーキを三等分に切り分ける。


「いただきます」


 そして、全員で合掌した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ