第五話 ワールドエンドⅡ
炬はふんっと鼻を鳴らした。
「俺の方が強い」
「あほか。そないなこと俺もアリアも知っとるわ」
「かがりんが強いから私はここにいるんだよっ!」
アリアは炬の左手に触れた。
自分よりも大きくて傷だらけのその手は、炬の強さの証で。アリアが求めた強さとは形が異なるが、間近で大切にしていきたい強さだった。
「で、どないするん?」
「中に入って清掃作業しなきゃなんねぇ。俺個人としてはどうだっていいが、本家の命令だ」
「わかった。まぁ、この人らは俺らをそう簡単に通してくれそうにないけどなぁ」
「倒す」
アリアが触れた拳を握り締め、炬は様子を伺っている集団に向かって足を踏み出した。
「どけ炬!」
乾がそう叫ぶが、炬の出す速度は何よりも早く──。
「かがりんっ!」
炬を巻き込んだまま、吹雪の車は組織の人間を蹴散らして停車した。
「かがりんっ、かがりんっ!」
アリアは慌てて車の方へと駆け寄る。が、むくりと立ち上がったのはアリアが想像した炬ではなく、かすり傷程度で済んだ炬だった。
「おい」
炬は野生動物のような雄々しい動きでボンネットの上に乗り、運転席の吹雪を睨む。
「雑魚に構ってないで早く行きなさい! 貴方のやるべきことはここにはないわ!」
「俺に指図するな」
「かがりん! そんなことやってないで早く行こう!」
「……チッ」
炬はアリアと愁晴を一瞥した後、ボンネットから飛び下りて屋敷の中に突入した二人の後を追いかけた。
アリアはすぐに立ち止まり、古民家だった外装とは大きく異なる西洋風の内装を見渡す。大理石で作られた廊下は一本道で、遅れてやってきた炬をおっかなびっくりと見上げた。
「なんや奥の方が騒がしいなぁ。何があるん?」
「伯母の寝床だ」
「お前の伯母っちゅーたら現頭首やんけ。初っ端からラスボスなんてえらいこっちゃ」
「でもでも、それが目的なんだよね?」
炬は頷いて、廊下を駆け出した。続くアリアは、玄関の傍から動かない愁晴に気づいて振り返る。
「しゅーくん?!」
「先に行っといて! ここが俺の見せどころや!」
「でもっ!」
「アリアの見せどころはもっと奥やろ? こう見えても俺は手先が器用なんや! 背中は俺に任せとき!」
口調は力強いものだったが、愁晴はニコニコと笑っていた。遠ざかる愁晴の姿は勇敢で、扉に手をかけて何やらいじっている。
「わかったっ! しゅーくんに任せるからねー!」
アリアは叫び、前を向く──が、炬はどこにもいなかった。
「えぇっ、早すぎだよ!」
一人で角を曲がり、アリアは目を見開く。
壁にも、大理石の床にも、戦闘の跡が色濃く見えた。ところどころに穴が空いているのは、《ハリボテの家》で使われた機銃のせいだろう。アリアは走り、やがて粉砕された壁一面の窓ガラスを見つけた。
「……っあ、かがりん!」
窓ガラスの向こう側。内装とは異なるが、外装にはよく似合う中庭が広がっている。結城家で見たような日本庭園は無残に荒らされており、その奥にひっそりと建つ離れが半壊していた。
その手前で、炬が二人の女性と共闘している。暗闇でとても見にくかったが、燃えるような──それでいて夕日のように美しいオレンジ色の髪だけはわかった。
「炬ッ! なんなんだこの集団!」
「知らねぇよバカ」
「バカ呼ばわりすんな!」
「二人とも、手を止めないで。撲殺銃殺程度なら許可する」
集団に囲まれながらも、三人で何度も何度も攻撃を凌いでいる。アリアや愁晴が知らない炬が、家族に囲まれた炬が、そこにはいた。
「かがりん……こんなに強かったんだ……」
炬は拳一つで組織の人間を片っ端から殴っている。中には銃を構える者もいたが、それを若そうな少女が銃で撃ち落としていた。
少女よりも年上に見える女性は、長い棒を振り回して近づけさせないようにしている。三人の表情から考えても、あそこしか現頭首の部屋はなかった。
「やっつけちゃえかがりぃぃぃぃん!」
まだ見せどころじゃない。
物陰に隠れながらアリアは叫んだ。
「っはぁ? 何あのクソガキ、ムッかつく!」
「恵」
「姉貴! だって……!」
「だってじゃない。集中。組長が暴れる前に、自分たちで片づけないと──ッ!?」
恵の姉らしい女性は、苦痛に顔を歪めた。
炎竜神家の本家から溢れる光でなんとか周辺は見えているが、女性がいる位置に光は届かない。アリアが今頼れるのは月と星の明かりだけだった。
「姉貴?! 撃たれたの?! クッソ、なんなんだよお前らぁぁぁぁ!」
叫びと共に引き金を引く恵は、躊躇いもなく周囲にいる組織の人間の足を撃つ。正確に撃たれたそれの持ち主は野太い叫び声を上げ、徐々に膝をついていった。
「うぉっ?! なんだあのガキ! 急に体を狙いやがった!」
「ガキでも炎竜神家の本家娘だ。これくらいやれても不思議じゃねぇな」
「あぁそうさ、この程度でビビってちゃあ頭の首はとれねぇ! 炎竜神密を撃てたくらいで調子に乗るなよ!」
何もできない自分の無力さが嫌いだと思う。
炬に接触しなければ、アリアがここにくることはなかった。いなくてもこの抗争は始まっていて、たくさん傷つけ合ったのだろうが──アリアは最後まで知らないままだっただろう。
でも。
乾はアリアが炬のことを知らなくても、予知しただろう。愁晴は最初からここにいた可能性もある。吹雪は仕事上関わることになるだろう。それでも、誰もアリアには教えないままだっただろう。
「──でも、この為に私はいる。そうだよね? しゅーくん」
どの道を選べばいいのか、アリアにはまだわからなかった。これから先も、何度も何度もこうして迷っていくんだと思う。
それでも睦見は悪い人だと思ったから、アリアは思い切って駆け出した。邪魔かもしれないけれど、炬なら大丈夫だと信じて彼の下へと飛び込んだ。
「ッ!」
炬はアリアを正面から抱き締め、「おい」と引き剥がす。
「かがりん、ちょっとだけ守ってね!」
アリアはそのまま密の方へと近づいた。
長い棒を地面に突き刺したまま立っている密は、小さなアリアを訝しげに見下ろす。
「クソガキ! 姉貴に何かしたら許さな……」
「黙れ恵」
「うるせぇ! 従兄の分際でこの私に口答えすんじゃねぇ!」
アリアは手を伸ばし、自らが出す黄金の光で太腿につけられた傷口の具合をじっと見つめた。
スタイルが恐ろしいほどに完璧で、綺麗に着こなしていたパンツスーツは破け、血が滲み出している。だが、これも炬と同じでかすり傷程度で済んでいた。
「……その光……貴方が出してるの?」
密がブラウン色の目を見開いた。
「いたいのいたいの……」
吹雪が内緒だと言っていた。だから、炬や恵には見えないように体で隠す。それで、何度も何度も守ってみせる。そうやって傍にいさせてほしい。
「……とんでいけっ!」
アリアは力を込めて、密の傷口を塞いでいった。
「これが、回復……? 貴方、もしかして……百妖の子?」
「ふぇ? 私は綿之瀬有愛だよ!」
密は不可解そうな視線でアリアのことを見下ろしていた。その目の本当の意味に、今はまだ気づかなかった。
「クソガキ……!?」
「…………」
恵と炬の視線を感じる。内緒だから、アリアはそのことに関して何も言わなかった。
「絶対にお家に帰ってもらおうね!」
それだけを言って、炬の後ろに隠れる。見渡せばまだ二十人以上の成人男性が離れを囲んでいた。
「炎竜神炬、うちの若頭がお前に用件を伝えたはずだ。聞いてねぇとは言わせねぇぞ」
「……若頭?」
「かがりん、睦見って人だよ多分!」
「……あぁ」
気だるげに炬は答えた。ニュアンスとしては思い出したみたいだが、アリアは不安そうに炬を見上げた。
「炬ぃっ! てめぇやっぱ知ってたんじゃねぇか!」
「ぎゃっ、お姉ちゃんかがりんいじめちゃダメ!」
「おね……ッ?! 誰があんたの姉貴だ! そもそもこのクソガキもなんなんだよ!」
恵は銃口を炬に向け、すぐさま敵を撃っては照準を炬に戻していた。その器用さには舌を巻くものがあり、小柄な体格でありつつも大きく膨らんでいる胸が激しく動く度に揺れる。
「私は綿之瀬有愛! かがりんの家来だよ!」
「家来?! 手下っつーならその実力見せてみろよ!」
「恵、いい。この子にはこの子の役割がある。戦わせないで」
「姉貴?! なんなんだよなんなんだよー! 今日は厄日だなぁっ! クッソムッッカつく!」
よく見ると陽陰学園の制服を着ている恵は、緋色のスカートの中から銃をもう一丁取り出して引き金に指をかけた。
弾切れになった銃を捨てた恵は、冷静さを欠きながらも正確に撃ちまくる。
「恵、それ以上は……」
密が声をかけるが、恵は何も聞き入れなかった。
「かがりん、あのお姉ちゃん大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねぇよ。お前、もう愁晴と合流して帰れ」
「それはヤダ! 守るって言ったじゃん!」
炬はアリアの頭部に手を置いて、思い切り真下に押した。
「イタタタタ!」
「炬、ダメ。この子にはいてほしい」
「なんでだよ」
「大切にして。ずっと傍に置いてあげて」
「答えになってねぇ」
「なってる。大丈夫だから」
苛立ちを思い切り顔に出して、炬はアリアの手を引いた。炬と密が何もしなくても、恵の銃撃のおかげでかなりの人数を減らしている。
刹那、銃声に混じって瓦礫が崩れる音がした。
「炬、恵、下がって!」
「は?」
「えっ」
炬ごと放り出されたアリアは、日本庭園を転がりながら膝を折った敵にぶつかった。途中から恵も転がってきて、炬がそれを止める。
「お姉ちゃん!」
密に向かって叫んだアリアは、手を伸ばした。
崩れ落ちる離れの瓦礫にその身をぶつけながら、密はゆっくりと顔を上げ──そのまま埋もれた。
「姉貴ぃ! なんで?! なんで?! なんなんだよ今日は!」
「なんだ、あれ」
まだ動ける敵も攻撃を止め、離れを呆然と見上げていた。
「……燃えてる」
そう言葉にして、泣きそうになった。
炎が扉を蹴破って、中からゆったりとした足取りで女性が出てくる。女性は恵よりも密に似ていて、オレンジ色に混ざった白髪が何よりも美しかった。




