第五話 ワールドエンドⅠ
「好きっ、大好き!」
がむしゃらに叫んだ。
〝かぞく〟になりたい〝好き〟じゃない。
もちろん、異性としての〝好き〟でもない。
「かがりんが大好き!」
それは、朔那に向ける〝好き〟と同じで。手放したくない縁だった。
アリアと炬が密かに会っていた事実さえ知らないはずの乾は、その言葉だけで充分だとでも言うように頷く。
「アリアってほんとお人好し。でも、これを言う私も相当なお人好しなんだろうな」
「乾、ちょお待って。誰が襲撃犯かわかるん?」
「外部の組織。行くなら早く行かないと……また、あの《相鬼抗争》みたいになる」
乾は苦しそうに唇を噛んだ。その理由をアリア以外の全員が知っていた。
「……そうよね、まだ残党がいるのよね。わかったわ、私が車でみんなを連れていく。小町さん、亜子さん。この子を、伊吹をお願い」
「ちょっ、ちょっと待ってください吹雪さん。アリアも乾も! 貴方たち、本気でそんな危険な場所に行く気なの?! 相手は妖怪じゃない──人間なのよ?! ここは警察に任せて大人しく……」
「待てない!」
アリアは小町に向かって叫んだ。
小町は困惑しきった表情で、いざという時頼りになる亜子に助けを求める。が、亜子は首を横に振った。
「止めるのは無理でーすよぅ、小町。アリアも、乾も、《相鬼抗争》で両親を亡くしたんでーすよぅ? 大切な人をまた争いで失いたくない、それがアリアと乾の〝本能〟なんでーすよぅ」
「……亜子。ッ、それでも私と一緒に止めなさい! この子たちは、もう私の妹なのよ?! アリアは、貴方の妹になりたいって言ってるのよ?!」
「それでも無理なものは無理でーすよぅ。私、カワイイ子には旅をさせる主義ですしぃ」
「亜子〜ッ!」
亜子の白衣を掴んで揺さぶる小町の想いは嬉しかったが、小町が亜子に気を取られている隙にアリアは乾にアイコンタクトをとった。
愁晴はアリアの肩に手を置き、短く頷く。吹雪は伊吹を涙に手渡し、先陣を切って施設を出た。その後をアリアと乾、愁晴が続き、振り返ると施設に残った桐也が小町を全力で止めていた。
「ねぇ、ヌイ」
坂道を下りる途中で話しかける。
「何?」
ぶっきらぼうな言葉の中に柔らかな声のトーンを混ぜて、乾はアリアと並走した。
「ヌイは私についてきて本当に良かったの?」
「何を今さら。あんたの行くところに私も行くの。例えアリアが何者になろうと、あんたの隣に私はいるの」
その絶対的な愛を、一番にアリアにくれたのは乾だった。だからアリアもその分だけ乾が大好きだと言える。抱き締めることだってできる。
「ねぇ、ヌイ」
「今度は何?」
「私ね、どうしてもヌイだけ何になって欲しいかわからないの」
「どういうこと?」
隣を見ると、乾もアリアを見つめていた。
「ヌイは私にとって、お姉ちゃんでも妹でもない気がするの」
「……戸籍上は私がアリアの姉だよ。でも、妹って言われてもピンと来ない。結局は同い年だしね」
「じゃあ、乾は私の何かな」
「それ、私に言わせるの?」
乾は呆れたように眉を下げた。
嫌われたわけではないとわかっていても、アリアは咄嗟に「ごめん」と謝る。
「謝んなくていいよ。私はそういうの、別にこだわんないから──答えは自分で見つけて」
こだわらないと言った乾は、普通の表情だった。喜怒哀楽のないそれに、本音なんだろうなとアリアは思う。
街灯のない坂道を駆け下りた刹那、タイミングよく現れた吹雪の車の後部座席を勢いよく開けて、乾はアリアを引き入れた。
「雪之原さん、ちょお待って! 俺も行く!」
「ッ! いいけれど、貴方に何ができると言うの?!」
助手席に乗り込んだ愁晴は、厳しい言葉を投げる吹雪に向かって破顔一笑した。
「なんも。せやけど、俺もアリアと同じで炬のことが好っきゃねん。あいつは俺の、初めての友達やから!」
アクセルを全開で踏みながら、吹雪は愁晴の言葉の端から見える〝何か〟に顔を顰めた。
東京からも、彼の方言から見える出身地からも、陽陰町はほど遠い。両親の存在を伺わせない未成年の彼が、養護施設の仮面を被った研究施設にいる意味が吹雪にはわからなかった。
「…………アリアと乾の足手纏いにだけはなっちゃダメよ!」
「雪之原さんもな!」
「吹雪で構わないわ。近い将来、伊吹が混乱しちゃうもの」
「せやな。子供の成長はあっという間や」
アリアは黙って二人の会話を聞いていた。
『──一生子供のままでいなさい』
それがアリアの母親の願いだ。
《相鬼抗争》に巻き込まれ、大火の中へと消えた彼女の願いが無謀なもののような気がして膝を抱える。何故彼女はそんな願いをしたのだろうと思い返して、アリアは埋めていた顔を上げた。
「……オウインチョウ」
「陽陰町? アリア、この町がどうかしたん?」
「しゅーくん、ここ、オウインチョウって国なの?!」
「まぁ、国と言ったら国になるのかもしれないわね。前にも少し話したけれど、治外法権が適応されているから──独立国家と言っても過言じゃないわ」
アリアは一瞬だけ言葉を失った。
陽陰町は、母親が言っていた祖父の故郷だ。アリアの中に流れる四分の一の日本人の血は、ここから来ていたのだ。
「じゃあ、強い〝力〟を持った一族って……?」
「そんなの《十八名家》しかいないでしょ。ていうか、あんたさっきからなんの話をしてるの?」
「…………《十八名家》。ふぶりんも、いぶりんも、あこりんも、るいるいも、きーくんも、ヌイも、こまっちゃんも、おじちゃんも、かがりんも──みんな《十八名家》なの?」
〝力〟があったら殺されてしまう。母親が言っていた一族は、アリアの想像よりも遥かに大勢そこにいた。いや、ここに。全員が自分の手の届く距離にいた。
「あんたもだよ、アリア」
「…………知ってるよ」
自分の祖父がそうだった。
新しい名前も、《十八名家》の養父がくれた名前だ。
「ねぇ、力って、紅蓮の炎を操る力なの?」
睦見が自分の居場所や故郷を追い出されてまで陽陰町に来た理由。
炬が否定していた〝それ〟は、炬が知らなかっただけで本当はあるのかもしれない。
「アリア!」
愁晴が叱咤するように、貰った新しい名前を呼んだ。
「そないなこと聞いたらあかん」
厳しい表情だった。
「それはどうして? アリアは立場上知るべきよ。それよりも問題なのが貴方。《十八名家》じゃないのに、どうしてすべてを知っているの?」
「それは……」
一瞬にして言葉を詰まらせる。愁晴は得意とするニコニコ笑顔を消していた。
『ニコニコは世界を救う』
そう言いながらいまいち実現できない愁晴は、まだ子供の中にいた。
「アリアが言うその〝力〟は、炎竜神家のみが継承する力よ。でも、炬にはまだ教えないでね」
「どうして?」
「二十歳になるまでは内緒なのよ。もちろん、《十八名家》以外の人に話すことも禁止。貴方たちが伊吹を救った時にいたあの男の子にも話してはダメ。私も二十歳にまるまで知らなかったわ」
「けど、涙みたいな陰陽師の連中は最初から知ってるんだろ? 二十歳になるまで隠すとか意味わかんね」
「未成年はあまり関係がないからかしらね。陰陽師は未成年の時から戦うけれど、《十八名家》は戦わない。大人になって一族の人間として過ごすことになった時に、この町の秘密を話すっていうスタンスなのよ」
「ふざけてんな。《十八名家》も当事者なのに」
アリアはようやく、あの時母親が言っていたことを理解した。
『貴方のお爺様は、オウインチョウという国の、とても強い力を持った一族の一人なの。……でも、本家じゃないから貴方の代からは力が継承されない。要するに貴方は、そういう意味では〝なりそこない〟みたいな子供なの』
私のおじいちゃんは、陽陰町で暮らす《十八名家》のどこかの一族。
『でも、貴方は──として私たちが生み出したものだから。いつか、もしかしたら、力が発現するかもしれない。そうしたらあの国に行って、王族の一員になるかもしれない』
どうしてだか肝心な部分が思い出せないけれど、陽陰町に行って、《十八名家》の一員になるかもしれない運命を生まれた時から背負っていた。
『仮定の話よ。だって、王族の一員や家来になってほしいから貴方を生み出したわけじゃないもの。それに、王様や王族、その家来になったら殺されちゃうからね』
全部全部、理解した。
「……殺されちゃう」
妖怪に。そして、外部からの人間に。
王族で〝力〟があるから、睦見たちが炎竜神家を攻撃するんだ。炎竜神家に紅蓮の炎を操る力があるから、睦見たちが殺されてしまうかもしれないんだ──。
「それを阻止するのがあんたの力でしょ」
「ッ!」
静かに、そして確かに乾が告げた。
「殺されちゃうから、亜子がたくさんの人間にその力を持たせたがったんでしょ。小町や、五道や、桐也や涙が戦おうと立ち上がって人工半妖が作られたんでしょ」
あの星空の日に語っていたことさえも、今のアリアにはちゃんと伝わって。
「なぁアリア、忘れんといて。そのアリアの力を支える為に乾と俺がおるんやで」
愁晴の補足に泣きそうになった。
「次の曲がり角で炎竜神家がある地区に入るわ。準備しておいて」
「…………うんっ!」
強く頷く。
油断すると体が傾き、窓の外を見ると山を背景とした畑だらけの殺風景が広がっていった。点々と見える和風の大屋敷が《十八名家》の本家屋敷なのだろうか。
(……あの中のどれかに、おじちゃんやおじいちゃんの家もあるんだ)
「半分だよ。大体はこの間ほとんど燃やされたきらびやかな地区にあるから」
「ヌイ! 人の心勝手に視ないでよ!」
「見えたわよ!」
身を乗り出すと、黒いスーツを着た集団が一つの屋敷を取り囲んでいた。武器という武器は見えないが、炬が言っていた〝武器を持ってる人間はだいたい雑魚〟を考えれば納得する。
「いた! かがりん!」
一部の黒スーツが、たった一人で立っている未成年の炬に立ち向かっていた。
「掴まって! 蹴散らすわよ!」
「おおうっ?! 吹雪さん、それ検事のやることちゃうで?!」
クラクションを盛大に鳴らし、吹雪は黒スーツの集団を文字通り蹴散らす。ただ一人だけ棒立ちで眺めていた炬は、助手席の愁晴を視認して初めてわかりやすすぎる驚きの表情を見せた。
「炬!」
「かがりん!」
「……お前ら」
車を飛び出し、炬の右側に愁晴が。左側にアリアが立つ。
「仲間のピンチは俺らのピンチや。俺とアリアは、この力をお前の為に使いたいねん」
「かがりんは絶対に私が守るからね!」
もう誰も殺されはしない。
アリアは胸に刻み込み、異変に気づいた黒いスーツの集団を正面から見据えた。




