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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
炬火のアリア
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第四話 エンカウンター・オブ・フレイムⅤ

 辺りはすっかりと暗くなり、妖怪は闇夜に紛れて消えていった。地上へと戻ってきたアリアは、誰もいない駅前に不気味さを覚えて愁晴しゅうせいにしがみつく。


陽陰おういん町行きの電車を止めたんです。犯人も捕まったことですし、そろそろ動くとは思いますけど」


 吹雪ふぶきはそう説明して、駆けつけてきた派手な見た目の婦警に睦見むつみの身柄を引き渡した。


「ちょっと。この犯人、かがりが倒したって本当なの?」


 美魔女という表現が正しい婦警は、汚い物でも触るかのような手つきで意識のない睦見に手錠をかける。睦見は婦警と同じように妖艶な顔つきをしているが、婦警にとっての〝犯人〟はどんな美形でも〝汚物〟だった。


「そう聞いています」


「元はといえば炎竜神えんりょうしん家の案件だし、その行動は当然よ。けど、息子よりも先に炬が犯人逮捕に貢献した──なんてことは認めたくないから、手柄は全部私の物にするわね」


 吹雪は困ったように年上の婦警を見上げていたが、検察官の管轄ではないことに口出しはしなかった。


「……もしかして自分、鴉貴輝司からすぎこうしのおかんなん?」


「はぁ? ちょっと、芋臭い話し方しないでくれる? 輝司の友達だったら縁を切らせるわよ?」


「すんません、ただのクラスメイトやからあんま……」


「おばちゃん誰?」


「おばっ?! 貴方、ちょっとこっちに来なさい! いくら子供でも許さないわよ!」


「勘弁してください、大人げないですよ? アリア、この方は《十八名家じゅうはちめいか》鴉貴家の本家筋、エリカさんです」


 慌てて愁晴の後ろに隠れたアリアは、エリカをおっかなびっくり見上げた。

 鬼寺桜きじおう家と共に警察官としてこの町を守る、現頭首の次女。そして、自分の息子と年も立場も同じ炎竜神炬のことを勝手に目の敵にしているらしい。


 黒い長髪にパーマをかけたハーフアップ。そしてよく見るとわかる厚化粧。最後に十メートル離れていても匂う香水の匂い──。アリアは身震いをして早く帰りたいと愁晴にせがんだ。


「せやな。炬もさっさと帰ってもうたし。るいはどないする?」


「俺も帰宅です」


「なら全員車で送るわ。……エリカさん、それはいくら払えば?」


「放置駐車違反の罰金は一万五千円よ」


 吹雪は財布の中から札束を取り出し、惜しむ表情を見せないまま手渡した。エリカはグロスをたっぷりと塗った唇を舐め、タクシー乗り場に放置されている車を吹雪の元へと返す。


「乗って。三人とも」


雪之原ゆきのばらさん、検察官やのにやらかしてもうたなぁ」


「恩人を守る為よ。背に腹は代えられないもの」


 吹雪はけろっとした表情でドアを開け、アリアと涙を後部座席に座らせる。そして真ん中にあるチャイルドシートを挟んで座った二人と、助手席に座った愁晴を確認して運転席に乗り込んだ。


「ちょっと寄り道してもいいかしら。伊吹いぶきを保育園に預けているの」


「うん、いいよ!」


「ありがとうございます」


 エンジンがかかり、いつもならゆっくりと変わっていくはずの町の景色がずっと早く変化していく。それがあまりにも不思議で、アリアは窓に張りついて外の景色を観察していた。





「さぁ、着きましたよ」


「おおきに、雪之原ゆきのばらさん」


「ふぶりん、ありがと!」


 礼を言ったアリアはチャイルドシートに身を委ねている伊吹いぶきの顔を覗き込んだ。伊吹は大きな瞳で蒼い瞳を見つめ返し、小さなおててをうんと伸ばす。


「……ねぇ、ふぶりん。るいるいといぶりんも、ちょっとだけでいいから遊びに来てよ」


 アリアは指を伊吹の手に握らせて、そう提案した。


「え?」


「ええんちゃう? 俺、帰んの遅うなったから今日の夕飯は出前やと思うし。エビスも桐也きりやも呼んで、みんなでお疲れさん会しようや」


かがりは招待不要ですか?」


「あれはええの。誘ってもどうせけえへんしな」


 愁晴しゅうせいはニコニコと笑っていた。涙は迷うように視線をさ迷わせたが、窓の外にいる人物に気がついて「了解です」と答える。


「うわっ?!」


 涙側の窓に張りついて、いたずらっ子のように歯を見せて笑う桐也にアリアの方が驚いた。その後ろには何故かいぬいもいて、アリアを視界に入れた瞬間アリア側のドアに回って勢いよくそれを開ける。


「アリア?! 血っ! なんで怪我してんだよ!」


「うぇ?! ちがっ……これはしゅーくんので……!」


「はぁっ?! おまっ、ふざけんじゃねぇよ! 何があったのかは知らねーけど、アリアを巻き込んでん……」


「うぅっ、うああああああああああああん!」


 乾の怒声に泣いたのは、まだ二歳になったばかりの伊吹だった。さすがの乾もこれには狼狽え、「いやっ、泣くなよ悪かったって」と吹雪ふぶきに目をやる。


「怖かったのね、伊吹は。乾、そんな顔をしないでください。ちゃんとわかっていますよ、貴方がどれほどアリアを心配していたのかくらい」


 運転席を出、場所を譲る乾とアリアに会釈をし、チャイルドシートから伊吹を抱き上げる。


「よしよし、怖かったね。ほら、もう大丈夫だよ〜」


 ──お母さんだ。アリアはすぐにそう思った。


 伊吹をあやす吹雪は、伊吹が泣きやまなくても怒らない。ひたすら「大丈夫」だと、「お母さんがついてるからね」と繰り返す。


「……あぁ、ごめんなさい。お言葉に甘えてちょっと寄らせていただきます」


 泣きじゃくる伊吹を後部座席に乗せたままでは運転はできない。吹雪はそう言いたいのか、アリアに向かってにこりと笑った。


「……その喋り方、やだ」


「えっ、何か不愉快でしたか?」


「いぶりんや、みんなと同じがいい」


 吹雪がアリアに与えるものは、伊吹と同じものだとわかっていた。だから尚更嫌だったのだ。

 伊吹をあやすことさえ忘れて、吹雪はぽかんとアリアを見下ろす。やがて頬を緩めて──



「それが、アリアの幸せになるのなら」



 ──敬語をやめた。


「うんっ!」


 幸せだと思った。だからもっともっと欲張りになってしまう。


「来て! みんなで一緒にご飯食べよう!」


 アリアは坂道の上に建つ、オレンジ色の明かりが漏れ出た養護施設を指差した。また違反しないように車を止めなおす吹雪を待って、駆け上がれば施設の自動ドアが開く。


「あらあら。思っていたよりも大人数で帰ってきたんでーすねぇ?」


 随分と長い間顔を見ていない気がする亜子あこは、目を丸くさせてソファから立ち上がった。

 未だに大泣きする伊吹に近づいて、「べろべろばぁ〜でーすよぅ」と舌を出す。すると、あれほど顔をくしゃくしゃに歪めていたのが嘘のように伊吹が笑った。


「……嘘」


「ふふふ、私の家系は代々こういうのが得意なんでーすよぅ。さてと。小町こまち〜、小町〜、お客さんが来たんでーすよぅ」


 亜子がロビーをくるくると回り始めると、階段から下りてきた小町が「客?」と訝しげな声を出す。そして愁晴を睨んで腕を組んだ。


「……ちょっと。どこかの誰かのせいで晩御飯がないのだけれど」


「すんませ〜ん。今すぐ出前取るんで、ほんま堪忍な。自分らは何がええ?」


「俺うなぎ! うなぎがいい!」


 自分よりも年下に尋ねて返ってきたのは、はしゃぐ桐也の声だけだった。


「ずっと思うとったけど、自分らあんま食に関心ないやろ〜。若いうちからそんなんやったら将来死ぬほど苦労するで〜?」


 愁晴は軽いお小言を並べて固定電話へと向かう。それでも彼の足は弾んでいた。


「そういえばアリア、乾」


 思い出したように小町が二人を呼ぶ。


「なぁに?」


「んだよ」


「手続きが終わったの。今日から正式な養子になったから、《十八名家》綿之瀬わたのせ家の分家筋として軽はずみな行動は慎むように。わかった?」


 その言葉の力で、じんわりと胸の奥が熱くなった。でもね、もうちょっと待って。もっともっと欲張りになりたいの。


「ちょっと待って。貴方たち、いつの間に養子縁組なんてしていたの?」


「吹雪さんがここを去ってから手続きをし始めたんですよ。いいですか? これでアリアと乾は私の正式な義妹になりました。もう、雪之原家ごときに私たちの〝夢〟の邪魔はさせない」


「ふふふ。小町の〝正義〟は必ず勝つんでーすよぅ」


 吹雪は唖然と、勝ち誇ったような笑みを浮かべる小町と亜子に圧倒されて数歩下がった。


 哀れな二人の母親代わりになれるように。


 それを根幹として信念を形作っていたのに、あっさりと糸が切れてしまう。吹雪は予想以上の衝撃に耐えられず、糸を手繰り寄せないまま立ち尽くした。



「──あのね、私ね、ふぶりんにお母さんになってほしいの」



 アリアはそんな吹雪に一つ目の欲張りを告げた。


「いぶりんのお姉ちゃんになりたいの」


「ちょっ、アリア? 貴方今さら何言って……」


「違うよこまっちゃん! こまっちゃんの妹は嬉しいけど、あこりんの妹だったらもっと嬉しいの。しゅーくんや、るいるいや、きーくんがお兄ちゃんだったら私はもっともっと嬉しいの。エッちゃんが弟だったら、幸せなの!」


 アリアは何度も何度も欲張りを重ねる。

 黄昏時に見た、涙とその家族が頭から離れなかった。特に、涙と従弟妹の従兄弟──結希ゆうきとの、血が繋がっていなくても家族だという関係が羨ましかった。


「私は、たくさんの〝かぞく〟に囲まれたいの」


 陽炎が両親を奪い去ったなら、陽炎のような関係の人たちに手を伸ばしたい。


「…………アリア」


 乾が抑揚のない声で名前を呼んだ。

 アリアは肩を震わせて拒絶されるのを恐れたが、乾の透き通った碧眼を見て頭の中が真っ白になる。


「アリアが今大事な話をしてるのはわかってる。でも、言わなかったら悲しい思いをさせそうだから」


「出前頼んだで〜……って、なんや? 揃いも揃ってどないしたん?」


「炎竜神の本家が襲撃される」


「…………え?」


 真っ白になったのは、乾が半妖はんよう能力を使って何かを視ていたからだった。


「なんやて?!」


「もう時間がない。どうする? アリア」


「…………どうする、って」


「好きなんでしょ?」


 そして、乾はそれさえも見抜いていた。

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