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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
炬火のアリア
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第四話 エンカウンター・オブ・フレイムⅣ

 迫り来る業火に涙を流した。熱風が全身を包み込み、煙が視界を霞ませた。それでも息を吸い、掠れた声を上げた。


「正直に答えろよ。いくら《風神ふうじん組》とデカとの抗争とはいえ、所詮は相豆院そうまいん家と鬼寺桜きじおう家の一族抗争なんだ。あの規模の火災と被害が出るわけがない。なのに出たということは、あの両家にも〝超人的な力〟があるということなんだろ?」


 かがりは黙って青年の話を聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「お前、頭おかしいんじゃねぇの」


 それは、侮蔑でもなんでもないただの感想だった。アリアから炬の表情は見えないが、声だけでそうだとよくわかる。


「……本気で言ってるのか? 炎竜神えんりょうしん


 何も考えずに本能で行動する炬の物言いに、当然の如く青年は菫色の瞳を尖らせた。彼の中にある〝超人的な力〟とは、誰がなんと言おうとも疑いようのない真実と化しているようでアリアは身を震わせる。


「俺たちは最初から本気やで。こいつの反応見たらもうわかったやろ? 俺らにそないな力はない、そう上に報告して終わらせようや」


 愁晴しゅうせいは飴色の髪を右耳にかけて、柔らかく穏やかな声色で青年に語りかけた。それでも、炬が引き起こした青年の怒りは収まらない。


「その程度で終われるなら、最初から始まってねぇんだよ」


 まばたきする間もなく青年が懐から取り出した銃の銃口は、炬を捉えていた。


「炬!」


「かがりん!!」


 炬は軽く右手を上げて、思わず駆け出す愁晴とアリアを無言で制する。


「報復か? 睦見むつみ


「詫びはしただろ」


「いらねぇよ。さっさと帰れ」


 そして、改めて青年──睦見を見据えた。


「アリア、今すぐ逃げ」


「逃げない。しゅーくんだって知ってるでしょ? 私は絶対に大丈夫だよ」


「俺らは大丈夫でもお前が大丈夫やっちゅう根拠はどこにもないで? せやけど──」


 おもむろに愁晴が立ち上がる。



「──ニコニコしとったら、きっと大丈夫や」



 今まで恐ろしさで満ち溢れていた顔は、いつの間にか自信に満ち溢れたニコニコ笑顔となっていた。


「言っただろ。炎を操る絡繰がわからねぇと、俺たちは組にも故郷にも帰れない。この町を出ることさえできないんだ」


「否定です。貴方は町のブラックリストに記載です。即刻退場勧告です」


「るいるい!」


 近くもなく遠くもない距離を取って現れたるいは、淡々と睦見に告げている。


「睦見冬馬とうま、部下を連れて帰国を命令です。拒否は逮捕です」


 涙が近づいて来る気配はなかったが、アリアはほっと息を吐いた。


「したけりゃしろよ。どっちにしろ、手ぶらのまま帰ったらオヤジらに殺られるんだ。なら中にいた方がまだマシってもんだろ?」


「肯定です。命は大切です」


「でもな、俺自身も興味があるんだ」


 銃口はまだ逸れていない。

 すっかり安心しきっていたアリアは体を強ばらせ、見つからないように少しずつ炬の方へと手を伸ばした。


「炎竜神家のみが継承する、紅蓮の炎ってヤツをな」


 だが、腕が完全に伸びきる前に引き金を引かれる。音と共にアリアは真後ろに倒れ、頭を強く打ちつけた。耳障りな銃声音は一発では終わらず、二発目が地下都市に響いては残響する。

 飛び起きたアリアは状況を確認しようとして息を呑んだ。撃たれたのは銃口を向けられていた炬ではない。何故か睦見の前に立っていた──


「しゅーくんっ!」


 ──愁晴だった。


「……ッ! おもうとった、いじょうに……いったいなぁ…………これ……」


 炬を守るようにして立っていた愁晴は、操っていた糸が切れた人形のようにその場に倒れる。そして、綺麗に整備されていた人工芝の緑を赤黒い血で染め上げた。


「睦見」


「お前の右腕くん、高校生のくせに優秀だったな。正直侮ってたよ」


「睦見」


「何? お前がとぼけた態度をとるからだろ? 一応対等な扱いをしてやったけど、俺の方がお前よりも遥かに年上なんだからな」


 睦見はもう一度照準を炬に合わせる。


「思ってた以上にリアクション薄いな、お前。高校生って言っても汚れ仕事ばっかりして来たからか?」


 怒るのも早ければ収まるのも早かった。

 睦見は口調の柔らかさを取り戻し、吸血鬼のような艶やかな笑みを浮かべる。目鼻立ちがはっきりとした顔に埋め込まれた菫色の瞳は、ムシトリスミレのように可憐で美しかった。


「まぁ、これもどっちでもいいよ。お前を殺して本家に乗り込むから」


「ダメ!」


 魅了された虫のように。

 射程距離へと真っ直ぐに突っ込んだアリアは、転がる愁晴を庇うように体で覆う。


「ふ、ふふっ。嬢ちゃんさ、俺は右腕くんに用はないんだよね。庇うなら炎竜神を庇いなよ。俺、女の子を撃つ趣味はないからさ」


 撃たれる恐怖よりも、頭に血が上った。


「私が守らなくてもかがりんは強いもん!」


「……か、がり……アリ、ア……」


 アリアは間に合わなかった右腕を自分の体で隠し、彼を安心させるように語りかける。


「しゅーくん! 待ってて! 今助けるから!」


「だい、じょー、ぶ……おれは……だいじょーぶ、やから……」


「私とかがりんがなんとかするから!」


 ニコニコと笑う愁晴は、危なっかしかった。

 誰よりも危険を真っ先に察知して、迷いもなく行動に移せる愁晴が少しだけ怖くて左手で強く抱き締める。そして、半妖はんようの力が睦見から見えないように右手に力を込めた。


「なんとかって、どうす……ッ?!」


 嘲笑いかけた睦見は、反射的に引き金を引いた。

 三発目の銃声音、その弾の先にいたはずの炬はどこにもいない。


「殴る」


 化け物じみた速さで睦見の背後に回った炬は、言葉通り目の前にある背中を渾身の力を込めて殴った。


「ぐはっ、あっ、ぁぁぁぁっ……?!」


 肺の中にあった空気を吐き出し、唾液を垂らし、睦見は惨めに何度も喘ぐ。王座から突き落とされた高貴な吸血鬼は漆黒の羽根をもがれて地面にのたうち回った。


「……な、なんっで、ど、うして……!」


「知らねぇのか? 武器を持ってる人間はだいたい雑魚キャラなんだぜ」


 この言葉でさえ、炬にとっては嫌味でもなんでもない疑問に対するただの答えだ。

 睦見は悔しそうに顔を歪め、金髪を人工芝に擦りつける。


「見事です」


 無表情のまま拍手をした涙は、炬が見ていないのをいいことにエビスを呼び出した。式神しきがみのエビスは涙の命令に従って、姿をあっという間に消していく。


「愁晴」


「……炬。大丈夫や、生きとるで」


 アリアに支えられて立ち上がった愁晴は、ニコニコと笑ってピースサインを炬に見せた。


「元気じゃねぇか」


「ぶほぉ……?! ちょっ、なんで今殴ったん?!」


 腹部を殴られた愁晴は、体のくの字に曲げて必死に悶える。


「しゅーくん暴れないでよー!」


 身長差があるアリアは、暴れる愁晴の重さに耐えきれなくなって投げ出した。


「いったぁ! アリア、投げるのはええけどもうちょい労わってや〜」


 その割にはニコニコと笑っている。そんな愁晴を不気味そうに見下ろしていた炬は、何かに気づいたように眉間に皺を寄せた。


「愁晴、傷は」


「もう治ったで」


「血は」


「とっくのとうに止まったで」


 そんなのはあり得ない。

 炬は未だに地面に這いつくばっている睦見に視線を向け、口を開きかけたところで涙が邪魔をするように三人の間に入り込んだ。


「拘束を依頼です」


「そう言われてもなぁ。炬、なんもないからお前が見張っといてくれへん?」


 まだ納得していない炬は不服そうに愁晴を見下ろしたが、愁晴の人懐っこさが現れている瞳に見つめられてか渋々と踵を返す。


「……危なかったなぁ」


 いたずらっぽい笑顔だった。愁晴の小声に合わせてアリアは口元に手を当てる。


「やっぱり内緒なの?」


「内緒や。時が来るまで話したらあかんで?」


「……時?」


「その時になったら向こうから来るわ」


「そっか」


 何もわからなかったが、アリアはそれ以上追及しなかった。愁晴はそんなアリアを褒めるように頭を撫でる。


 それが気持ちよくて。

 死ぬほど嬉しかった。


「えらかったな、アリア。銃痕やっちゅうのにどこにも傷なんてあらへんし、気分もええ感じや。ほんまおおきに」


「ううん。ねぇしゅーくん、これ」


 アリアは握り締めていた手を開く。ころんと掌で揺れたのは、愁晴が睦見に撃ち込まれた銃弾だった。


「なんや、アリアが持ってたんか」


「うん。どうすればいいかなぁ?」


「アリアがいらんのやったら俺にちょうだい」


 そう言って大きな手がアリアの前に差し出される。その手に乗せる躊躇いはなかった。


「おおきに」


「欲しいの?」


「アリアに命を救われた記念品みたいなもんやから、そら欲しいわ。……うーん、なんかの加工品にでけへんかな?」


 しげしげと自分を苦しめた銃弾を眺める愁晴がおかしくて、アリアは声に出してあははと笑う。


「お前ら、この状況でよく笑えるな」


 睦見の上に座って拘束しているつもりになっている炬を見て、アリアはさらに笑った。

 その声に釣られるようにして大きくなる足音がする。足音の主はアリアが真後ろに視線を移す前に間合いを詰めて──


「アリアッ!」


 ──思い切り、抱き締めた。


「わっ、ふぶりん!?」


吹雪ふぶき、遅いです」


 不満そうな涙を無視して、吹雪は我が子のようにアリアに頬ずりをする。苦しかったが、吹雪のありったけの愛を手放したくなくて抱き締め返した。


「本当に無事で良かった……!」


「アリアの無事は一目瞭然です。エビスに呼ばせた警察はどこですか」


「涙には心というものがないの? まぁいいけれど、警察を待つくらいならば上に出た方がいいわ。今ちょっと混乱してるから」


「…………了解です。炬、睦見冬馬の運搬を依頼です」


 涙は指示を出すだけ出して、地下都市に点在する柱を見回す。


「出るならあの柱からにしなさい。駅前に通じているから。どうせ炬もあそこを使ったんでしょう?」


 いつの間にか気絶させた睦見をおんぶした炬は、悪びれる様子も一切なく頷く。


「まったく。分家の立場で誰の許可もなく地下都市ここを使ったらダメなのよ? 反省しなさい」


 吹雪に叱られた炬は、拗ねたように顔を逸らした。

 高校生だと唯一主張しているものは制服だけだと思っていたが、子供っぽい部分もあってアリアは頬を綻ばせる。そんなアリアを睨んだ炬は、大股で歩いて歩き出す愁晴の左側に並んだ。

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