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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
炬火のアリア
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第四話 エンカウンター・オブ・フレイムⅢ

 同じくらいの身長。それでも二歳年上の少年るいはあまたの妖怪を消滅させて実家の結城ゆうき家へと転がり込んだ。

 アリアが息を整えている間に追いついたエビスは、口元を手で覆っている主の涙に気がついて心配そうに顔を覗く。アリアも涙の様子を伺うが、涙はあの日のように泣いていなかった。


「あっ、涙!」


 無邪気な声に視線を向けると、屋敷の縁側から小学校低学年くらいの少年が裸足のまま駆け出してくるところだった。


「涙! 涙! ねぇ、さっきね! すごい術式を見つけたんだよ!」


 頬を赤く染めて興奮気味に話す少年は、大人しそうな漆黒の髪と漆黒の瞳を持っている。だというのに、少年らしいあどけなさが残る可愛らしい容姿をしていた。年齢に不釣り合いな知性を帯びた瞳は輝きに満ち溢れ、将来有望そうな美貌を喜びで崩しながら少年は涙に抱きついた。


結希ゆうき


 嬉しそうに僅かに頬を緩めながら、涙は結希を抱き止める。それもすぐに無表情に変わり、涙は淡々と言葉を続けた。


「謝罪です、結希。俺にはまだ仕事があります、もう少し家で待機です」


 一気に萎んでいく結希の喜びを悲しそうに見つめながら、涙はアリアの方を向く。そこでようやく来客に気づいたらしい結希は恥ずかしそうに背中を丸めた。


「結希くん、急に出てってどうしたの? ……あ、涙くん。お帰りなさい、帰ってたなら声くらいかけてほしかったな」


 穏やかな声色だった。だというのに、縁側に立った少年は涙やアリアよりも幼く見える。神様が宿ったかのような慈愛の笑みを浮かべ、涙と同じ薄花色の瞳をした少年は小首を傾げた。


千羽せんば、俺はまだ未帰宅です」


「まだ仕事なんだって。ねぇ千羽、涙の代わりにぼくの新しい術を見てよ」


「別に見てもいいけれど、紅葉くれはちゃんの面倒も一緒に見てくれるよね?」


「にぃ〜!」


 千羽は危なっかしく駆け寄ってきた幼女を抱き上げ、弾力のある頬を優しくつついた。

 紅葉は嫌そうに顔をのけ反らせ、涙や千羽と同じ桑茶色の髪を揺らす。そして漆黒の瞳をぱちぱちとまばたきさせて両目を擦った。


「えぇ〜。嫌だよ、紅葉ぼくの髪引っ張るんだもん」


「君に拒否権はないんだよ、結希くん。他人に何かを求めるのなら、対価として何かを与えなきゃ。世の中はそういう風に回ってるんだからね」


「にぃ、にぃ! あのね、おひめさまごっこしよ! にぃがおうじさまで、ゆぅがしようにんで、るいがパパなの! おひめさまはくぅなんだよ!」


「はいはい。世界一可愛いね、僕のお姫様は。涙くん、邪魔してごめんね。紅葉、今日はパパなしでやろうか」


 縁側に上がる結希に足を洗うように言い、千羽は抱き抱えていた紅葉と共に奥の部屋へと戻っていった。

 エビスは短く「主」と呼びかけ、三人を見守るように眺めていた涙は我に返って背筋を伸ばす。


「アリア、こっちです」


「うん。でもるいるい、今の……」


「俺の家族です。千羽と紅葉は俺の従弟妹で、結希は二人の従弟です。上から十歳、七歳、四歳です」


 涙はアリアを手招きし、庭園の中を歩かせる。見たこともない日本式のそれはアリアの好奇心を擽ったが、それよりも知りたかったのは涙の家族のことだった。


「……仲良しだね」


「俺たちは本当の兄弟のように成長です。生まれた時からずっと一緒です」


 今にも胸の中から溢れそうな思いを秘めながら、涙はアリアにそう語った。その思いはどうしても理解できなかったが、同時に胸が締めつけられるほど羨ましくなった。この四兄弟に憧れ、涙が感じているものを知りたいとも思った。


「早くかがりんのところに行こう!」


 知りたいからこそ近づきたかった。


「当然です。アリア、ここです」


 涙は庭園の隅にひっそりと建っていた蔵の鍵を外し、真っ暗な中へと進んでいく。そこでアリアが見たものは地下へと伸びる階段だった。


「エビス、しばらく待機です」


「承知いたしました」


 エビスが姿を消す。そのこともあってかアリアは一瞬だけ怯んだが、意を決して我先にと階段を駆け下りた。


「アリア、暗闇注意です」


「平気!」


 アリアは手を翳して半妖はんよう能力を発動させた。黄金色の輝きはアリアと涙の行く末を果てまで照らし、僅かに残っていた迷いも恐怖も光で打ち消す。そんな階段を下りきって見えたのは、重厚な扉だった。


「何これ……?!」


 細部の装飾までは劣化していて見えないが、中心に円で囲まれた五芒星ごぼうせいの印が刻まれているのははっきりとわかる。


「結城家の家紋です」


 アリアの疑問に答えた涙は、鋼鉄製の扉に手を翳して押し開けた。刹那、地下ではありえないほどの強さの光がアリアと涙の目を刺激する。眩しさと痛みで目を閉じて、数秒後に恐る恐る開けてみると──そこにあったのは、〝地下都市〟とでしか表現できない広大な空間が広がっていた。


「何これぇ?!」


「LED電球の点灯を確認です。半信半疑、解消です」


 涙はコンクリートとガラスでできた最先端の壁を注意深く見回す。ガラスの奥に取りつけられている電球は全方位にあり、すべて点灯しているのが遠くからでもよくわかった。


「家がたくさん建ってる! これ、住宅街みたい!」


「正解です。ここは、大昔から百鬼夜行が起きた時用に作り続けられた大規模な避難所です。出入口は複数で、全町民が収容可能です」


「かがりんはここのどこかにいるんだよね?!」


「それはいぬいを信頼です、アリア」


 アリアは強く頷き、地下だと言うのにそれを感じさせない芝生の上を走った。


「アリア、停止を願います。敵の居場所が不明です。危険です」


「平気!」


 ここまで来れば、なんとなくだがかがりの居場所がわかるような気がした。

 不自然な空間に建つ少し古ぼけた家屋の間を縫いながら、アリアはすぐに開けた場所に立っているオレンジ色を見つける。


「かがりぃぃぃぃん!」


 息を切らせながら名前を呼んだ。

 なのに、炬は振り向かなかった。


「あ、アリア?! なんでここにおるん?!」


 振り向いて、驚いて、アリアを守ろうとしたのがまたあの朝霧愁晴あさぎりしゅうせいだった。


「かがりんとしゅーくんを守りに来たの!」


 炬は正面に立つ青年を真っ直ぐに見据えている。だというのに、青年は突如現れたアリアのことを格好の獲物のような視線で舐め回した。


「お前の右腕や女の子の反応を見るに、この乱入騒ぎは想定外だったみたいだな。少し残念だよ、俺が引き下がる代わりに女の子をくれるのかと思った」


 刹那、愁晴にしては珍しい嫌悪の視線がその青年を捉えた。しゃがみ込んでアリアを抱き寄せ、愁晴はそのまま数歩下がる。


「やらねぇよ」


 そんな青年に対して、鬱屈そうに炬は答えた。


「炬の言う通りや。《紅炎こうえん組》はそういう取り引きだけはせぇへん」


「……ふぅん。お前の右腕、俺と同じ外部の人間のくせによく知ってるんだな」


「右腕やない。相棒や」


「まぁ、この際どっちでもいいけど。俺はお前らが持つ〝超人的な力〟の強奪と、部下がお前らにボコられた報復と、お前らのホームで無意味に機銃を二度もぶっぱなした詫びをしに来ただけだからな」


 ──〝超人的な力〟?


 よく見ると、青年は昨日炬とぶつかった二人組の男性と同じスーツを着用していた。二人組の姿は見えなかったが、《ハリボテの家》を襲撃したのも彼らの一味がやったことなのだろうか。

 金髪を掻き上げ、二十代前半に見える青年は不敵に笑う。炬が太陽のようなオーラを放つなら、青年は月のようなオーラを放っていた。


「何度も言うとるけど、あんたらが欲しとる〝力〟はただの陽陰おういん町の都市伝説や。俺らはそないな力を持ってへん」


「ここまで来て嘘はやめてくれるかな? 一応、俺たちの上はそれなりの確信を持ってるんだよ。じゃなかったらわざわざこんな辺鄙で不気味な町にまで来ない」


「〝力〟って何?」


 〝超人的な力〟を持つアリアは、聞かずにはいられなかった。

 青年はアリアを菫色の瞳で舐め回し──



「紅蓮の炎、それを操る力さ」



 ──どんなマジシャンでも実現不可能のように思える〝力〟を口にした。


「そしてそれは、《紅炎組》──炎竜神えんりょうしんの一族にしか伝わらない。なぁ、正解だろ? だから頼むよ、その絡繰をさっさと教えてくれ。でないと俺たちは組に帰れない。炎竜神家のお前がわざわざ俺をここに連れてきたのはその為なんじゃないのか?」


「近所に迷惑をかけるな、それが本家からの通達だ」


 淡々と答えた。青年はぽかんと口を開け、「は?」と思い切り表情を歪める。


「お前、本家の若頭じゃねぇのか……?」


「汚れ仕事は分家の役割だ。本家は基本動かねぇ」


「ふざけんなよ、俺たちをバカにしてるってのか?」


「頭首が動かねぇのはそっちも同じだろ」


 菫色の瞳が狂気に滲むのをアリアは見た。


「かがりん!」


 守る為にここに来た。

 だと言うのに、どう守ればいいのかわからない。


「随分とナメたことしてくれたじゃねぇか、炎竜神」


 そして、青年の声にも今までになかった怒りが滲む。


「そっちが勘違いしてるんじゃねぇか。〝炎〟を操る力なんて持ってみろ、この町は滅びるぞ」


「だから知らねぇって言いたいのか? なら、数日前の《相鬼そうき抗争》はどう説明するんだ?」


「他の家の事情なんて知らねぇよ」


「……知らない? 俺たちがこの町に来てすぐに起こった、相豆院そうまいん家と鬼寺桜きじおう家の抗争を?」


「興味ねぇからな」


「嘘くせぇ。《十八名家じゅうはちめいか》の本部や高級ホテルが立ち並ぶその地区で大規模な火災があったってのにな」


 青年は目尻を釣り上げて力強く言い放った。

 守らなきゃと思うのに、記憶の奥底で引っかかりを覚えたアリアの足は、まったく動かなかった。

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