第四話 エンカウンター・オブ・フレイムⅡ
『アリア?! 今の音は……大丈夫なんですか?!』
耳元で吹雪の叫び声が聞こえた。
「ッ……! 私は大丈夫! でもエッちゃんが!」
それに負けないように声を張り上げながら、アリアは振り返る。
「平気です」
遠ざかる《ハリボテの家》から、ボロボロになった扉が外れる音がした。
アリアの後ろにピッタリと張りついた涙は、紙切れを振ってエビスを呼び戻す。戻ってきたエビスが無傷なのを確認して、桐也は力強くアリアの手を引いた。
「逃げるぞ! あいつらめちゃくちゃヤベェ! つーか町のブラックリストってなんだよ! なんでそいつらがここにいるんだよなんでそいつらの顔覚えてるんだよぉぉぉぉ!」
「うるさいです、桐也。エビス、中で何があったんですか」
裏路地を四人で駆け巡り、迷いながら、大通りの方へと飛び出す。
「相手は四人組の男です! その中の一人が機関銃を放ちました!」
「ヤベェェェェ……! 外の組織超怖ぇぇぇぇ……!」
頬を引きつらせた桐也は思わずアリアの手を離して頭を抱えた。そんな桐也を見たのは初めてで、心がざわりと騒ぎ出す。この騒ぎ方は知らない、巻き込んだのは自分なのだからこのまま離れてしまえば二人を危険な目に遭わせなくて済むだろうか。
『アリア、今どこにいるんですか?!』
「うぇっ? えーっと、あ、ふぶりんと初めて会ったビルの前! ……を通り過ぎた!」
『ならそのまま突き進んで! その地区から出てください!』
「わかった! きーくん、聞こえた?!」
表情の変化が激しい桐也は、「ばっちしだ!」と言って弾けるような笑顔で応えた。そんな桐也に救われていた。
「でもふぶりん、ふぶりんは今どこにいるの?! かがりんもしゅーくんもいなくなってて……あっ!」
持っていた携帯を奪ったのは、涙だった。
「相手は炎竜神家を探している外の組織です。武器も所持です。ブラックリストにも記載です。人数は四人、目的は不明です。俺たちが知っているのは以上です」
淡々と報告する涙の耳元から、吹雪の声が漏れる。
『報告をありがとう。その声は……涙ね? 涙お願い、アリアのことを守って。黄昏時も深いわ、私は妖怪からは守りきれない』
「了解です」
『こっちよ!』
携帯から、そして空気を伝って吹雪の声が聞こえた。
「あっ、あそこにいるの吹雪さんじゃん!」
正面を見れば、駅前にスーツ姿の吹雪が立っていた。慌てて飛び出したのか髪も服も乱れており、アリアたちが気づいた途端に彼女の手から携帯が滑り落ちる。
「ふぶりん!」
全速力で走って、腕を広げる吹雪の胸の中にアリアは飛び込んだ。吹雪はアリアを正面から受け止めて、親しげに頬ずりした後雑居ビル地区を真っ直ぐに見据える。
「桐也もいたのね。四人とも、早く逃げなさい」
「ふぶりんはどうするの……?」
「私は……警察を呼びます。鴉貴家と鬼寺桜家が、きっとなんとかしてくれるわ」
正しいことを言っているはずなのに、吹雪は何故か歯切れが悪そうだった。そんな吹雪と同じような態度で、桐也が一歩前に出る。
「でも吹雪さん、警察なんて呼べるのか?!」
「呼ぶ。呼んでみせる。私たちの宿命はこの町を守ることよ。だから……来させてみせるわ」
「でもでも、二週間くらい前に鬼寺桜家と相豆院家の間で抗争があっただろ?! 町を守っても、鬼寺桜家が相豆院家と同じヤクザの炎竜神家を助けるのか?!」
「組と組との抗争は争った組自身が片付ける掟です。鴉貴家と鬼寺桜家が炎竜神家を助ける義理はないです」
苦々しげな表情の吹雪はわかっているとでも言いたげに頷いた。
アリアはそんな町の事情を知らないからこそ、納得ができずに歯を食いしばる。それでもやりたいことは何一つ変わらなかった。
「私がかがりんを助ける!」
何かに囚われずに叫んだ。
「私はみんなを助ける為にここにいるの! これは助ける為の力なの! ……〝兵器〟でもいいからっ、私はみんなを助けたい! そうやって強くなりたい!」
心の中で思っていたことを全部吐き出した。
あの星空の下でした誓いは、まだ出会っていなかった炬を想ってのことじゃない。それでも、《十八名家》の中に炬はいる。
「助けるっつったって、どうすんだよ!」
「かがりんとしゅーくんのところに行かないとわかんない! だからまずヌイを探すの!」
「本気ですか?」
「本気! ふぶりんも止めないでね!」
吹雪はじっと、抱き締めているアリアを見下ろしていた。目尻に涙を浮かべ、口をぱくぱくと動かして、何が正解なのかわからずにアリアの頭を撫でる。
「アリア、貴方って本当に……バカな子なんですね」
「ばっ、バカ?!」
愕然とした。吹雪にバカと言われて傷つかないわけがない。
「もちろんいい意味で、ですよ。これでも。バカなアリアだからこそ、伊吹の命は救われたんですから」
吹雪はまだ迷っていた。
大人になったら、こんなに簡単なことでも悩んでしまうのだろうか。アリアにとってそれは不思議なことだったが、強く強く吹雪を抱き締め返した。
「ふぶりん、いってきます!」
「……いってきますなんて、笑顔で言わないでくださいよ……」
吹雪を離して駆け出していく。そんなアリアの後を、慌てて桐也と涙──そしてエビスが追った。
「アリア!」
「ッ!?」
振り返ると、涙を流す吹雪が人混みに紛れながらも必死になってアリアの姿を視界に入れていた。
「無理はしないでくださいね!」
切実なその叫びが風になって背中を押す。
「わかってるー!」
手を振って、今度こそアリアは後ろを振り向かなくなった。
「おいおい、本当にわかってるのか?!」
「平気!」
小柄な体格を活かしてどんどん先に進むアリアを追いかけながら、桐也と涙は目を合わせた。仕方がないとでも言うように呆れながら、それでも見失わずについていく。
住宅街に入ったアリアは惹かれるように迷いもせず、躊躇いもなく、ある錆びれた公園の中へと転がるように辿り着いた。
「ヌイー! さっくーん!」
名前を呼ぶ。
いつものようにブランコに座っていた乾と朔那は、驚いたように顔を上げて目を見開いた。
「アリア?! そんなに慌ててどうし……桐也と涙もいんのかよ! てめぇら何しに来た!」
「ヌイ! 今はそんなことどうでもいいの! お願い、探してほしい人がいるの!」
ブランコから下りて柵を越えた乾は、最終的にこけたアリアを抱き止めて「はぁ?!」と大口を開けた。
「朝霧愁晴を探して!」
炬を探してとは言えなかった。乾や朔那の前でその名前を出すのは、まだ躊躇いがあったのだ。
「……朝霧って誰だよ」
「一生のお願い……って、そうか! 食堂のお兄ちゃんだよ! わかるよね?!」
すると、乾は眉間に皺を寄せた。
「あぁ、わかるけど……なんで?」
「いなくなっちゃったの! お願いヌイ!」
「アリアがそこまで言うならやるよ。だから頭下げんなって」
「ほんと? ありがとう、ヌイ!」
訳知りの顔をする桐也と涙、エビスとは違い、朔那は固まったまま二人のやり取りを聞いていた。
「おい、お前らまた何を話して……」
「トイレ行ってくる」
朔那の台詞を遮って、乾は足早に公衆トイレへと駆け込む。朔那はアリアに視線を移し、その後ろで待機する桐也と涙に視線を移した。
「お前、そいつらと知り合いなのか?」
「え? 何?」
公衆トイレを見つめていたアリアは顔を動かさずに聞き返した。
「陽陰学園の制服を着てる。知り合いなのか?」
「うん、そうだよ」
それがどうしたと言うのだろう。朔那はたまに変なことを聞く。
「なのに柊命に行く気なのかよ」
「行くよ?」
あっけらかんと答えたが、それに過剰に反応したのは桐也と涙だった。
「え! アリア柊命に行くのか?! つか中学校に通えんのか?!」
「本気ですか?」
「うん!」
「……お前、やっぱバカなんじゃねぇの? そこまでしてなんで柊命に行きたがる」
震える声で朔那がアリアに問いかけた。
「さっくんがいるから!」
そしてアリアは、朔那に背中を見せたままはっきりと答えた。
朔那は呆然とした表情でアリアを見上げ、目頭が熱くなるのを感じて慌てて押さえる。
「アリ……」
「アリア! ちょっとこっち来い!」
また乾に遮られた朔那はきつく唇を結んで俯いた。近くにいたアリアが遠ざかっていき、乾と二人、内緒話をしている。
「なんでこんな場所にいるのかは知らないけど……」
「うん! 教えて!」
「……陽陰町の地下にいる。詳しい場所は駅前に行けば確実だが、そこは開けらんねぇ。本当に行きてぇなら、そこの二人に頼んでくれ」
「二人……?」
いつの間にか、すぐ傍に桐也と涙がいた。
「白院の本家にあるけど、俺は分家だから開けるのは難しいな……」
「俺は結城の本家に住んでます。開閉は可能です」
「じゃあ連れてって、るいるい!」
アリアに腕を掴まれた涙は、相変わらず無表情のまま「了解です」と頷く。
「ありがとう! じゃあまたね、ヌイ! さっくん!」
「はぁ?! ちょ、お前ら一体何企んでんだよ!」
「秘密です」
「はぁ?!」
人差し指を唇に当てた涙に苛立つ。乾は口を大きく開け、関係者であるにも関わらず秘密にされたことを怒った。
「何が秘密だぶっ殺すぞ! いいから……」
「桐也」
「おう! 乾ー、そこの子ー。お兄さんと一緒に遊ぶぞー!」
「そういう年じゃねぇよ殺すぞ!」
桐也と乾のやり取りを横目にアリアの手を引く涙が走る。
「わっ」
今まで桐也に引っ張られていたその手は、桐也よりも痛いと思わないほどに優しかった。
「エビス!」
「承知いたしました」
何が、と思うより先にエビスは空高く飛んだ。
エビスは屋根の上に飛び移り、縦横無尽に周囲の妖怪を切り刻んでいく。茜色に染まった日本刀の刃は血色に染まって美しく光った。
「アリア、結城家までもう少し我慢です」
「何を?」
涙は掴んでいたアリアの左手を軽く上げる。
「なんで我慢するの?」
答えは返ってこなかったが、握る手を桐也のように少しだけ強めた。
「主! お願いします!」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
左手で何度も九字を切り、涙は妖怪にとどめを刺し続けて実家へと走った。




