第四話 大通りの不良集団Ⅱ
それでも、紫苑は一方的にやられる可哀想な小学生という役に徹した。それが愁晴ら《グレン隊》が望む主な方針であり、紫苑が死なない程度に鍛えてくれた彼らの想いに本気で応える為の恩返しになる。
まだまだ未熟な自分だが、仲間だと認めてくれたようで嬉しかった。足手纏いかもしれないし、そういう意図があったわけじゃないのもわかっているが、作戦の要を任せてくれて本当に良かった。
「ぐっ……!」
拳を十字にクロスさせた腕で受け止め、先ほどからちらちらとこっちを見ている卯之原に視線を向ける。卯之原は紫苑に向かって軽く手を振り、ふれふれと言うように腕を動かした。
「……ッ!」
そういうことじゃない。《カラス隊》がいつ来るのかと聞いているんだ。なのに卯之原は微笑して、タブレットの操作に意識を移し紫苑を無視する。
……意外と性根が腐っている。いや、《グレン隊》に所属しあの弥上を慕っている以上そうなのだろうと思っていたが。
「ッ! このガキ、なんでまだ立ってんだよ……!」
ほら、やっぱり怪しまれた。こんなに戦闘が長引くということは、力の差がほとんどないということを相手に教えているようなものだ。そこに気づかれたら、この作戦は根本から破綻する。
「うぅ……!」
仕方なく膝をつく。今さらダメージが効いたという設定にして──そう思ったが、自分の大根役者っぷりに自分自身がドン引いた。
「う、うぅ〜……!」
気づけ、卯之原。これはこの場所に唯一いる《グレン隊》の隊員、隠密行動が一番得意なテメェのことを急かしているんだ。
だが、卯之原は見て見ぬ振りをした。その意図がまったくわからず、嵌められたのかとさえ思い始める。
「なんで……」
思わず声が出た刹那、卯之原が裏路地の奥へと引っ込んだ。まさか。まさか──……!
「そこまでですよ、君たち」
知らない男の声が聞こえた。それが紫苑にとって、唯一の救いだった。
顔を地面につけ、集団暴行された挙句に倒れたか弱い少年の振りをする。有難いことに、〝奴〟の気配はどこにもない。このままだったら、誰からも逃げないままことを終えられる。
「か、《カラス隊》?!」
「はぁっ?! ど、どこから来たんだよこいつら!」
そういう叫びが出るのは当然だった。紫苑は、自分一人だけに不良たちの視線が集まるようにとずっと戦っていたのだから。
そもそも《カラス隊》は、そう簡単に敵に姿を見せる組織ではない。紫苑たち《グレン隊》は、長年の犬猿の仲である《カラス隊》の陰湿さを心から信じていた。
──やった。《グレン隊》の隊員たちが遂にやってくれた。一瞬でも彼らを疑った自分を恥じて、「た、助けてー! お兄ちゃーん!」と、か弱く大声で助けを求める。
《カラス隊》の声が聞こえてきた方向に視線を向けると、そこには見知らぬ数名の隊員たちが大通りを塞いでいた。
「クッ!」
反対側へと逃げようとする彼らの判断は完全に間違っている。《カラス隊》は、抜かりない。そんなことを確か遥が言っていた。
「……こっちももう、封鎖してますよ」
また、見知らぬ数名の隊員だった。その中には睦見から教わった隊員たちが紛れており、神馬と霜里は自らに与えられた使命を目の前にして瞳を燃やしていた。
その中に、あの南雲朔那はいなかった。
「ふ、封鎖?!」
「な、なんで《カラス隊》が俺らなんかに……!」
十名しかいない不良たちの間に動揺が走る。紫苑は起き上がり、身を屈めたまま《カラス隊》の包囲網から抜けて外から奴らの様子を眺めた。
「なんで? ……えっと、すみません。質問の意味がよくわからないのですが……」
「水無瀬、放っておけ。《グレン隊》と名乗って活動をしている以上は俺たちの敵だ。そのことを理解しない愚か者の声に耳を傾ける必要はない」
「あはは、文梨は手厳しいですね。わかりました、耳は傾けません」
「水無瀬さんも文梨さん並に手厳しいと思いますけどね」
徐々に小さくなっていく《カラス隊》の包囲網を、怯えた表情で眺める不良集団。そりゃそうだ。あの《グレン隊》と渡り合える唯一の警察集団なんだから。
「葉柴さん! とりあえずこれ、傷害罪ですよね?! あと、こいつらのほとんどに窃盗罪が適応されているんですよね?!」
「傷害罪って言ったら傷害罪だけど……被害届がまだ出てないからとりあえずは窃盗罪かな? そこのデパート全店から被害届が出てるから」
「じゃあ、そういうことで逮捕ですね。します逮捕。俺逮捕結構好きです」
「霜里くんってちょっとアブナイよね……? まぁいっか。みんな手錠持ってる?」
葉柴に答える神馬と霜里は、嬉々とした表情で手錠を取り出した。それを遠慮なく見せびらかす精神に異常さを感じるが、紫苑は知らんぷりをして作戦を続行する。
とりあえず、《カラス隊》が来たら《ハリボテの家》に避難を──。
「何してんだ、お前」
這うように大通りの端を逃げていたら、聞き覚えのある声に声をかけられた。
従兄の末森でもない。隊長のような声色でもない。これは、間違いなく元《グレン隊》の南雲朔那だった。
紫苑は慌てて〝ウィンウィン〟を見せつける為に両手でピースサインを作る。だが、朔那にはまったく伝わっていなかった。
眉間に皺を寄せ、理解できない生物として自分を眺めてくる《カラス隊》の朔那。恐ろしい。冷酷無慈悲な瞳に見える。
「何もしてねぇですよ!」
立ち上がった。朔那にこんな無様な姿を晒し続けるような自分じゃない。それに、今はそれどころじゃないから朔那を無視する。
早く戻ろう。だが、朔那に《ハリボテの家》に入るところを見られないようにしなければ。
「決め手は、防犯カメラの映像だった」
朔那の真横を通り過ぎる直前、彼がそんなことを言った。紫苑は視線を上げ、少年たちを捕縛し続ける朔那の端正な横顔を見る。
「犯人は全員わかっていた。だが、被害届は出ていなかった。なんでかわかるか?」
「……え?」
「犯人が《グレン隊》と名乗ってる人間だったからだ。その上その大将が《十八名家》炎竜神家の人間だったから、どの店も泣き寝入りしていたらしい」
「…………」
《十八名家》の力は強い。犯罪を犯す人間なんて滅多にいないが、そんなことをする《十八名家》の人間もいる。特に、裏社会を牛耳る炎竜神家と相豆院家の人間はどっぷりと犯罪の湯船に浸かっていた。
「けど、何故か急に《グレン隊》の人間が動き出した。事態を静観していた奴らが、デパートの各店舗に回って被害届を出すように言ったらしい」
「…………」
そうだ。これは、そういう作戦だった。《グレン隊》として有名な遥、睦見、如月、弥上、皐堂──そしてアリアが駆けずり回った結果だった。
留守番をしている炬はこの作戦には一切関わっておらず、幼いアイラもそこにいる。愁晴は、全隊員から上げられた報告を受けて全員のことを動かしていた。
「…………それで、《カラス隊》が動いたと?」
「そういうことだ。お前が何かをしなくても、俺たちは《グレン隊》の策略にまんまと嵌って動いていた」
「…………でも、別に俺は殴られ損なんかしてねぇぞ」
「嘘つけ。殴られ損だろ」
そんなことはない。自分も被害届を出せば、さらなる罪を奴らに着せることができる。
あの時殴られた痛みの罪を、奴らに償ってもらう為に。紫苑は彼らにもう一度殴られに行って、自分の力の腕試しをする為に彼らに殴られに行ったのだ。
「痛くねぇし」
痛くても、アリアの〝力〟で絶対に治る。だから紫苑はこれでいい。
朔那は一言、「狂っているな」と紫苑に言った。紫苑は一言、「狂ってねぇもん」と反発した。
朔那の元からするりと逃げ、《ハリボテの家》へと歩いていく。後は愁晴と共に被害届を出せば解決だ。そして、施設に帰る前にアリアに治してもらえればそれでいい。
「ただいま戻りましたー!」
《ハリボテの家》の扉を開けると、炬を含めた全員がその場にちゃんと集まっていた。
「うっひょ〜! お前、派手にやられたなぁ」
「うるせぇですよ。別にやられたわけじゃねぇですし」
ソファに座る前に愁晴の元へと歩いていき、「被害届どうします?」と尋ねる。
「今から行こか。できたてほやほやの生傷見せて事件の凄惨さを語ってやり」
「悪い顔ですね、愁晴さん」
「嘘の話をしたらダメだからね!」
「いいじゃんいいじゃん、あることないこと吹き込んでみなよ」
楽しそうな隊員を咎めるアリアの声が、この細長い家に響き渡る。なんでもいいが、早く警察に行かせてほしい。
「そういやお前、身元証明はどうするんだ?」
「……へ?」
身元証明? そういう意味を込めて愁晴を見ると、愁晴はあまりにも普通の顔でこくりと頷いた。
「身元証明はせな厳しいで? お前の身元は……」
「ばっっっっ! ねぇですよ!」
立ち上がり、どこにもなくなってしまった自分の身元のことを思う。
紫苑の戸籍は、二年前の百鬼夜行で消え去った。身元確認の時に町役場に行くことができなかったから、行方不明届けを出された上で死亡届けを出されてしまったことを養父の知人から報告された。
それが好都合だと知人が思っていることは明白で、養父にはなんの情報も入らなくて、紫苑は知人の傀儡になったも同然だった。だが、そこから逃げ出して末森家の人間に戻ることもできなかった。あんな奴らの元に帰りたくなくて、元あった戸籍はなくしたままにしてしまった。
「やめろ! 絶対! ダメですから!」
「何がダメなんだよ」
「お前まさか家出野郎か?」
「親はいないんじゃなかったか?」
好き勝手なことを言う隊員たちは何もわかっていない。紫苑は「ダメなものはダメなんです!」と駄々をこね、愁晴に訴えた。
「……せやろな」
答え、愁晴は頬杖をつく。愁晴は、何もかも知っているような瞳で視線を伏せた。




