第三話 紅蓮と鴉の構成員Ⅴ
「斎藤お兄さんって、いっつも学校に行かないで何やってるの?」
真専用の部屋で例のテレビゲームを遊んでいると、不意に真がそう尋ねてきた。
「はっ?!」
思わずコントローラーを落としそうになって、同じく遊んでいた星乃に致命傷を負わされる。
「あっテメェ!」
起き上がらせてコマンドを入力し星乃に攻撃を与えるが、結局簡単に躱されてしまった。
「斎藤お兄ちゃん、気を緩ませたりしたらすぐにやられちゃいますよ……! でもでも、私も何をしているのか気になります……!」
「クソッ! 気になるなテメェら! あっち行け!」
再びコントローラーを握り直して体力がまったく減っていない星乃に攻撃を与える。これは所謂格闘ゲームだが、星乃はその性格にまったく似合わず格ゲーが誰よりも得意だった。
「ぶっっ殺す…………!」
「えへへっ。言うまで手加減はしませんよ〜?」
「ハナからすんなよクソボケ!」
「教えてくださいよ〜、斎藤お兄さん! 僕、すっごく気になります!」
ゲームを傍から見ていた真に後ろから抱き締められ、上手く操作ができないままに星乃にボコボコにされてしまう。意味のない抵抗を何度か続けてゲームオーバーになり、紫苑はコントローラーを投げようとして真に全力で止められた。
「離せ雑魚真ぉ!」
「いーやーでーすー! 物に当たらないでください! コントローラーは高いって奏雨お兄さんが愚痴ってたんですからぁ!」
「クソォォォォ〜!」
確かにコントローラーは死ぬほど高い。紫苑は大人しくコントローラーを置き、壁に向かって足をぶん投げた。
「ああああ〜! 斎藤お兄ちゃん! 壁に穴が空いちゃいますよぉ〜……!」
「怒られるのは僕なんですからやめてくださ〜い!」
「うるせぇうるせぇうるせぇ〜! 全部俺の勝手だろうがよ〜!」
「斎藤お兄さ〜ん!」
騒げば年下組が目を覚ます。一斉に泣き出した彼らの声に三人は固まり、飛び出していく真と星乃につき従って紫苑は渋々動き出した。
「ごめんね、大丈夫だよ〜!」
「怖くないですよ〜!」
隣室で眠っていた全員を見下ろし、盛大にため息をついてその中に加わる。
「おい、あのデブは」
「奏雨お兄さんは多分二階で寝てると思います。この時間は大体僕たちに丸投げなんですよね〜」
「はぁ? この施設職員足りなさすぎだろ。施設長しかいねぇのかよ」
「う〜……ん、《十八名家》以外の人たちには任せられないみたいなので、なかなか職員さんが増えないんですよね〜……」
確かに、ここには人工半妖の真と星乃がいる。陰陽師である自分の正体は誰にもバレていないはずだが、一番一般人に知られると不味いのはやはり人工半妖の真と星乃だ。
一般人には任せられない。その判断は紫苑でさえ正しいと思う。
ため息をついて二人を同時にあやしつつ、綺麗で崇高──そして重たすぎる責任を伴う仕事しかしない《十八名家》を軽蔑する。
その基準で物事を判断すると、奏雨は紫苑にとって誰よりもマシな存在だった。表舞台での仕事を任されないのは上の指示なのか自らの意思なのか。見た目的にも表に出るような容姿ではないが。
「ねぇ、斎藤お兄さん」
「んだよ」
「斎藤お兄さんって、学校に行ってないくせにいっつも帰ってくるのが遅いよね」
「テメェには関係ねぇことだろうがよ」
人のプライベートに過度に踏み込んでくる真に真菊と同じ匂いを感じ、紫苑は自然と不機嫌になった。その紫苑の感情を敏感に感じ取り、真は作り笑いを浮かべて「ごめんなさい」と一方下がる。
紫苑は体を強ばらせた。真は真菊と似ているが、真菊のような精神を抉ってくるお節介さはない。
「……いや、もういい」
急に罪悪感を感じて視線を逸らした。真と星乃は他の年下を相手にすることで精一杯になっており、紫苑の言葉にはなんの言葉も返さなかった。
瞬間、施設全体にインターホンの音が鳴り響く。紫苑は顔を上げ、真と星乃も手を止めたが出ようとはしなかった。
「出なくていいのか?」
「うん。こういうのは全部奏雨お兄さんに任せてるから」
「あっそ」
「私たちは施設の人じゃないですしね〜」
前にいた家はインターホンがなく、縁側が玄関を兼ねていたこともあって誰かが出るという感覚はなかった。だからかインターホンが鳴ると妙にそわそわするが、年下組に気を取られているせいもあってか過度に気になることはなかった。
「あ、でも奏雨お兄ちゃんって寝てるんじゃ……?」
「デブしか出なくていいならほっとけよ。出なかったら出なかったで向こうが日を改めればいいだけだろーが」
「でも、この辺りは何もないので来るのに一苦労なところがありますよね〜……? 日を改めさせるのは可哀想な気がします〜……」
「うーん。僕、ちょっと奏雨お兄さん見てくるよ」
インターホンはなかなか鳴り止まない。多分、誰か出るまで絶対に帰る気はないのだろう。よっぽどの急用だったのか、ただ単に執念深いのか……。とにかくいい人間ではない。紫苑は直感でそう思って、真の背中を無言で見送った。
「斎藤お兄ちゃんって、やっぱりこういうの慣れてますね」
泣きじゃくる年下組をとっくのとうに泣き止ませ、真が放置した二人に取りかかった紫苑を見て星乃は直感でそう思ったらしい。
そう言う星乃が任されていた二人もそろそろ泣き止みそうだったが、紫苑は面倒になって何も言わなかった。
「弟か妹がいるんですか?」
そう言葉をかけられて脳裏を過ぎったのはたったの二人。
「……ぽいのはいる」
それは、この施設から引き取られた多翼とモモだった。
「へぇ〜! お名前はなんていうんですか?」
ただ、それを言うともっと面倒なことになる気がして紫苑は首を横に振る。
「言わねぇよ」
「そ、そうですよね……。ごめんなさい、斎藤お兄ちゃん」
多分、多翼とモモのことを今でもちゃんと覚えているだろうから。そこから自分の養父を知られ、立場を知られたらここで生きていけなくなるから──だから言わなかったのに、星乃は先ほどの真と同じように作り笑いを浮かべて謝罪した。
妙に自分の罪悪感を擽る二人だと思った。単に素直なだけなのだろうが、それが紫苑の傷口にはあまりにも甘すぎた。
「……別に」
面倒だ。本心からそう思って、もう二度と傷つけてはいけないと自分自身に言い聞かせて星乃と二人で真の帰りをひたすらに待つ。
「ただいま〜」
返ってきた真は、笑っていた。
「おかえり、真。奏雨お兄ちゃんちゃんと出た?」
「うん。ていうか聞いてよ、さっき奏雨お兄さん越しに見えたんだけど、ここに来たの《カラス隊》の人だったんだよね〜。奏雨お兄さんはさっさと追い返したがってたけれど、あの人なんの用なんだろう?」
「……は?」
《カラス隊》?
まさかと思って瞑目する。陰陽師の力を使って探ってみると、一階に姿を現した《カラス隊》の隊員から〝陰陽師の妖力〟がこれでもかというほどに溢れ出していた。
嘘だろ。嘘だろ。嘘だろ……!
それは、知っている妖力だった。そのせいで立った鳥肌を勢いで押さえつけ、紫苑は慌てて立ち上がる。
「斎藤お兄さん?」
「斎藤お兄ちゃん、ど、どうしたの……?」
戸惑う二人を無視して扉を開け放つ。耳をすませば、紫苑が今一番会いたくない人間の声が聞こえてきた。
『チミ、さっきから何言ってるんだ?』
『ですから、ここに最近〝紫苑〟って名前の男の子が預けられませんでしたかって聞いてるんですけど……。俺、そんなに変なこと聞いてないですよね?』
爽やかな声色だが、本当は爽やかさの欠片もない男の声。これは、紫苑の従兄──末森琴良の声だった。
「斎藤お兄さんってば」
真に肩を掴まれて、紫苑は慌てて振り返る。心配そうに自分を見つめる真。そして星乃。二人にそんな表情をさせているのは、他でもない自分自身で──。
「テメェら、こっから一階を使わずに逃げる方法ってあるのか?」
「えっ?」
「あるならさっさと教えろクソ……!」
誰も起きてこないように。従兄の末森に気づかれないように、紫苑は声を潜めて真の両肩を揺さぶった。
「あるにはあるけどどうしたの? 斎藤お兄さん、あの人に追われるようなことしちゃったの……?!」
「してねぇけど追われてる……! 早くしろ、あのデブがあいつを長時間引き止められるわけがねぇ!」
紫苑は末森を信用している。そして、奏雨のことは一切信用していなかった。
真は慌てて頷いて、「こっち」と紫苑を案内する。真が使ったのは階段だったが、それは一階へと向かうものではなく地下二階へと続くものだった。
薄暗い廊下を壁に手を当てながら移動し続け、長い廊下の再奥で真が立ち止まる。
「おい、行き止まりじゃねぇか」
「大丈夫だよ! 僕を信じて!」
紫苑はその一言で口を閉ざした。真の小さな手のひらが壁を押し、回転した扉の奥に小さな道が姿を現す。
「なんだ、これ……」
身を屈めて中を覗くと、道はどこまでも続いていた。
「この道は外に続いてるんだって。だから、逃げようと思ったらみんなここから出られるの」
「…………」
「行って。斎藤お兄さん」
その道の本来の用途を悟った紫苑だったが、何も言わずに足を踏み出す。
「……今日は、他所に行く。……ありがとな、真」
「ううん。気をつけてね」
真は誰よりも優しい少年だった。優しすぎるから眩しかった。
しばらく歩いて行き止まりにぶち当たり、梯子を見つけて真上に視線を移す。上には、重厚そうな扉があった。
紫苑は一気に上がっていき、扉を開けて月光の眩しさに目を細める。外の匂いがして、本当にここが森の中であることに気づいて、改めて以前の施設がどれほど狂っていたのかを思い知らされた。
図らずも、義理の弟妹の〝あったかも知れない未来〟を垣間見て地面に倒れ込んでしまった。
気持ち悪い。そんな施設にあのアリアとアイラもいたのだと思って、紫苑は《ハリボテの家》へと走り出した。




