第三話 紅蓮と鴉の構成員Ⅰ
翌日。紫苑が何も知らされずに睦見に連れて出された場所は、駅前にあるデパートの中にある小さなカフェだった。
恐ろしいくらいに高級そうな小洒落たカフェに小学生の紫苑が釣り合うはずもなく、睦見はそれがわかっていたからか、ニヤニヤと笑って紫苑のことを見下ろしている。
「……な、なんですか」
「いいや? 別に。こっち来いよ」
戸惑い気味にそう尋ねたが、睦見はまったくと言っていいほど説明しなかった。睦見は女性店員と顔馴染みらしく、席を指定して窓際の方へと紫苑を連れ出す。
窓際は、すべてカウンター席だった。紫苑の腰よりも高い位置にある椅子が数台だけ設置されており、どうやって座ろうかと考えあぐねていると睦見に抱き抱えられて腰を下ろされる。
「うぐっ……!?」
屈辱的だった。それでも、仕方のないことだったと無理矢理自分に言い聞かせて、紫苑は無理矢理話題を変える。
「……俺をこんなところまで連れ出して、一体何するつもりなんですか?」
「ん? ほら、ここにいるとよーく見えるんだよ。あれがさ」
睦見が指を差した場所は、駅前に広がる大きな広場だった。ここからだと広場の構造もよく見えて、人の流れも驚くほどによく見える。そして、陽陰町の全貌も一望できた。一言で言えば、穴場スポット的な場所なのだろう。
「すっ、げぇー……」
「だろ? つーか、あそこちゃんと見ろってば」
そうして紫苑は、睦見が自分をここに連れてきた理由をなんとなく悟った。
「……《カラス隊》!」
そこには、《カラス隊》が列をなしてパトロールしていたのだ。
「《カラス隊》のことを知っていても、〝構成員〟を知らなきゃ実戦ではすぐに動けないからな〜。ほら、俺がわざわざ教えてやろうとしてるんだ。感謝しろよ〜?」
「あ、ありがとうございます……?」
別に頼んではいないが、知らないというのも確かな話だ。紫苑は大人しく睦見の好きなようにさせておき、現在パトロールをしている《カラス隊》の構成員の話を聞く。
「あの軍服がめちゃくちゃ乱れてる奴は、若手の神馬。一言で言えば脳筋バカだな。力技ばっかりで動作も大雑把だから一番簡単な奴だけど、パワータイプでもあるからお前にぶつけるのはまだ早い。……ま、お前が成長する頃には向こうもそれなりに成長してるだろうし多分一生早すぎるな」
「ばっ……! 無理じゃないですよ! やります! やってやりますよ!」
「声でかいっつーの」
「……す、すみません」
口を噤み、紫苑は口元を手で覆った。睦見は口調の割にはたいして怒っていないらしく、ニヤニヤと笑いながら頬杖をつく。
「お前何飲む?」
「えっ……ジュース……」
「はいよ。オレンジ?」
「じゃあそれで……」
何も注文しないのも失礼な気がして紫苑は咄嗟に答えたが、「……えっ、おごりですか?」と確認すると後頭部の髪をわしゃわしゃと勝手に乱された。
「当たり前だろ。遠慮せずに飲め飲め〜? あ、お姉さん。いつものとオレンジジュース、オナシャ〜ス」
「はーい!」
いつもので通じるほど睦見はここの常連なのか。いつ見ても《グレン隊》──いや、〝愚連隊〟に似つかわしくないくらい小綺麗な格好をしている彼が好きそうな店だとは思うが。
「で、その神馬の隣にいるのが霜里。こいつも《カラス隊》の中で若い方で、良くも悪くも癖がないフツーの男だな」
「えっ、それだけですか?」
「おう、これだけ。何もかも普通で逆に素晴らしいくらいだぜ? ま、そう言って煽るとブチ切れるからこれ注意な? 煽ったら普通に強えし、お前すぐに煽りそうだし」
「わ、わかりました」
煽っているという自覚はいまいちないが、奏雨に向かってすぐに「デブ」と口走る辺りそういう素質はあるのだろう。
紫苑は背筋を伸ばし、運ばれてきたオレンジジュースのストローを咥える。じゅるじゅると飲みながら神馬と霜里の〝人助け〟を眺めていると、さっきまで傍にいたはずの構成員が一人消えていることに気がついた。
「あれ? 冬馬さん、あと一人いましたよね? どこに行ったんですか?」
睦見の名字を知らないせいで仕方なく名前で呼んで問いかけると、睦見は気を悪くした素振りも見せずに「あぁ」とブラックコーヒーのカップを持ち上げる。
「……〝あいつ〟はいつも、単独で動くからなぁ」
「あいつ?」
それは、知り合いのことを差しているかのような呼び方だった。それに違和感を覚えて聞き返すと、睦見は頬を数度掻く。
「あいつっていうのは、朔那のことだよ。去年までうちにいたごりごりの戦闘員なんだけど、《カラス隊》に入隊する為に《グレン隊》を脱退した奴でさ」
「えぇっ?! な、なんですかそいつ! 裏切り者じゃないですか!」
そういえば、他の隊員が「南雲が抜けた」と言っていたような。
その時はそれどころじゃなくて軽く流していたが、あれほどまでに仲が良い《グレン隊》に脱退者がいたなんて──知らない人間とはいえ入隊した組織のことだ。衝撃はやはりかなり大きい。
「まぁ、裏切り者っちゃあ裏切り者だな〜。おかげでうちの情報はダダ漏れだし、戦況はここしばらく苦しいしで結構な痛手食らってるんだけど」
「……だ、だけど?」
「よっぽどの理由があったんだろうな〜、とは一応思ってるよ」
睦見は、裏切られたのにまったくと言っていいほど怒っていなかった。そんなに興味がなさそうな、そうなって当然だったと思っていそうな、紫苑にとってはとてつもなく不思議な表情だ。
「…………なんですか、それ。裏切り者は、裏切り者じゃねーか」
そうして紫苑は、爪がくい込むほどに自分の拳を握り締めた。
見ず知らずの朔那のことを恨んでいるわけではない。思い出したのは、自分の血が繋がった祖父母のことだった。
『この裏切り者め! 恥晒し!』
『出ていけ! クズ! 死ね!』
実の祖父母からそんな言葉が出てくるなんて、幼い紫苑は思ってもみなかった。
汚い言葉を浴びせられて、自分たちの家から追い出されるなんて祖父母を受け入れた時は思ってもみなかった。
「…………〝ボーゲン〟くらい、言うのが普通じゃないですか」
紫苑は、祖父母が異常者であると思いたくなかった。あの反応が普通だと思って、睦見の方が異常者だと思って、彼が発した言葉に震える。
「裏切ったからって、相手も一応人間なんだから何言ってもいいわけじゃねぇーだろ。あいつの入隊経緯は……いや、俺たち全員まともな入隊経緯じゃなかったけどさ、朔那だけはその中でもちょ〜っとだけ違ったし」
「違うって?」
「朔那は多分、アリアの為に入隊したんだよ。そのアリアがまだ所属してんのに、脱退したってどういうことだとお前は思う?」
尋ねられるとは思ってもみなかった。そうして大人しく考えて、朔那という人間に触れてみる。
少なくとも、紫苑は自分の為に入隊した。なんとなく聞いた遥の入隊経緯を思い出しても、彼だって自分の為に入隊したと紫苑は思う。
「…………」
他人の為に入隊した朔那が、《グレン隊》で長続きしたのだろうか。やって行けなくなったのだろうか。
そこまで考えて否定した。違う。そうじゃない。
「…………誰かの、為?」
誰か、というかその〝誰か〟はどう考えてもアリアだった。睦見は首肯し、「そういう考え方もできるよなって話だ。遥はそう思っていないみたいだけどな〜」と苦笑する。
「じゃあ、冬馬さんは朔那のこと怒ってないんですね」
「あいつはまだ未成年だし、俺としては好きなように生きればいいと思うぜ? ま、うちでは言うこと聞いてたのに、単独行動が多くなってる辺り朔那と上手くつき合えてないみたいだけどな〜」
「放し飼いされてるだけだ。変な憶測つけてんじゃねぇよ」
刹那、聞いたことのない声が背後から聞こえてきた。
「うぉっ?!」
「えっ?!」
振り返ると、そこには《カラス隊》の軍服を着た先ほどの構成員が立っていた。いや、紫苑はもうその少年のことを知っている。
「南雲……朔那……?!」
彼のことをじっと見つめた。捨てられた小動物のような、薄汚れた錫色の髪だった。氷柱よりも冷たい青い色の瞳だった。
「驚いたなぁ。どうしたんだよ朔那、サボりか?」
「……俺たちのこと見てただろ。今回は何を企んでるんだ?」
「見てた? まさか。視界に入っただけだよ」
「このガキは」
そんな瞳が紫苑を貫く。朔那は紫苑を訝しむように見て、紫苑が手に持つオレンジジュースを取り上げた。
「あっ!」
「朔那には関係ないだろ〜? ていうか、無垢な子供の飲み物を取り上げるんじゃありません。しっかりと金は払ったし、ちゃんと返せよな〜」
「…………無垢? あんたらとつるんでるガキが無垢だった試しは一度もねぇけどな」
「ッ! ガキガキうるせぇよ! てめぇもガキだろ!」
一瞬の出来事だったせいであっさりと奪われてしまったが、紫苑はすぐにオレンジジュースを取り返してじゅるじゅると飲み干す。
朔那は若干濡れた手を軍服で拭い、「はぁ?」とドスの利いた声を出した。
「ははっ。お前相変わらずだなぁ。全然変わってねぇじゃねぇか」
「そんなにホイホイと変わんねぇよ。とにかく、また何かやらかしたら今度こそブタ箱に入れるからな」
最後にそう締め括り、朔那はあっさりと睦見と紫苑背中を向ける。そうして訝しげに自分を見ている町民を無視し、堂々とカフェから出ていった。
「なんだったんですか、あいつ」
「朔那は事前に危険を察知できるし、危機管理能力も高いし、単独の方が何かとやりやすいんだろうなぁ。普通に俺らの目論見バレてるみたいだし」
「えっ? じゃ、じゃあ計画は……?」
「いや? それはやるぜ?」
あまりにも自然と睦見が言った。
「ウィンウィンなんだろ?」
戸惑っている紫苑に向かって、睦見が笑った。
「……ッ! はっ、はいっ! うぃんうぃんです! うぃんうぃんっ!」
ウィンウィンだったら朔那は止めない。そもそもそんなにやる気を持って職務をまっとうしていない。
睦見はそう言って紫苑のことを安心させた。




