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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
炎のアカペラ
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第二話 避難所の子供たちⅣ

「お前、ズルいやっちゃなぁ。今まで言うてきた『好きにしろよ』は、要するに『自己責任』やっちゅうことやろ?」


かがりって、昔っからあんまり自分の意見を言わねぇよなぁ」


「……まぁ、それでいいんじゃないですか? 俺たち全員、炬さんのその言葉があったから今があるんですし」


「そうだぜぇ? その言葉があったから、俺はここで好きにする! 南雲なぐもが抜けたのもあいつが好きにした結果だろ?」


「〝自由〟って感じでいいよねぇ。居心地も最高だし」


「……もうそれでいいんじゃないスか?」


「自己責任……炬さん、マジカッケー!」


「かっこいいのかな……?」


 次々に言葉を出して話す八人の声を、紫苑しおんはずっと黙って聞いていた。その言葉を受けても、炬の言葉を受けても、紫苑の考えはまったくと言っていいほど揺るがなかった。


「俺は、それでも炬さんの〝手下〟になりたい」


 言葉にした瞬間、今まで話していた八人の声が聞こえなくなった。八人それぞれの瞳が紫苑の紫苑色の瞳を捉え、紫苑が「〝手下〟にしてほしい」と願った直後から出し合っていた意見を受けた少年の考えを待っていた。


「……俺は、絶対に、強くならなくちゃいけないんだ。強くなって、倒さなきゃいけない奴らがいるんだ」


 両親を奪った妖怪を倒す。そんな妖怪を守りたいとほざく今の自分の〝知り合い〟を倒す。そして、この世界にいる妖怪を全滅させる。その為の強さを紫苑は喉から手が出るほどに欲している。


 八人は、紫苑の言葉を受けて黙っていた。

 馬鹿にするわけでもなく、そんなことはやめろと否定するわけでもなく、紫苑の話を小学生の戯言だとも思わずにちゃんと聞いている。それは、嬉しくて泣きたくなるくらいに真剣そうな表情だった。


「……わたしは、賛成」


 ぽつりと、可愛らしい声が隣から聞こえてきた。その声の持ち主は、今までずっと口を閉ざしていたアイラだった。


「カガリの〝目〟が間違っていたことも、シュウセイの〝心〟が間違っていたことも、アリアの〝愛〟が間違っていたことも、ないから」


 淡々と述べ、アイラはじっと紫苑を見上げる。その真朱色の瞳はまっすぐで美しく、穢れのないものだった。

 《グレン隊》に所属して、あれだけの数の妖怪を二年ほど前から大量に殺して、それでもそんな瞳でいられること。不思議な少女を紫苑はじっと見つめ返し、やがてもう一人の不思議な少女へと視線を移した。


 綺麗な蒼色。アイラとは正反対となるその色の奥に映るものはアイラと大差ない透き通ったもので。少しだけ驚いたように目を見開いたアリアは、その瞳を一瞬だけ──本当に一瞬だけ潤ませて、小さく笑った。


「……確かに。炬が認めてきた奴も、愁晴しゅうせいが拾ってきた奴も、アリアが救ってきた奴も、変人ばっかだけど基本はいい奴だもんな」


「えっ、おまえは別にいい奴じゃねぇだろ」


「トウマもいい人」


「ほら見ろはるか! アイラはちゃんと俺を見てるぞ?!」


「でも、すぐ調子乗る」


「ぶはは! ざまぁ!」


「ハルカもすぐ調子乗る」


「……お前ら、醜いぞ」


 呆れたオムライスを作った青年は、手を止めた紫苑を見て「冷める前に食え」と急かす。

 紫苑はそんな彼を見てしばらく固まっていたが、こんな和やかな雰囲気の中で冷めた食べ物を食べるのは作り手に失礼だ。そう思って思い切り口の中に掻き込んだ。


「おーおー。いい食いっぷりだなぁ」


「育ち盛りだからねぇ」


「……寝る子は育つ」


 そんな紫苑を見て、色んな隊員が声をかけてくる。紫苑は口を動かしながら何度も頷き、彼ら一人一人をその紫苑色の瞳に映した。そして、愁晴のところで視線を止める。愁晴も紫苑のことをじっと見ていた。


「…………アイラがええならそれでええか」


 やがて、ぽつりとそんなことを口にする。


「えっ」


 思わず声が出た。


「マジすか?!」


「ほぇ〜。お前、相変わらず炬には厳しくてアイラには甘いな」


「……本気ですか、愁晴さん」


「ほんま。……そりゃ、強うなりたいよなぁ」


 頬杖をつき、何か思うことがあったのか片時も紫苑から視線を逸らさない。そんな鼠色の奥の瞳が映す真意に紫苑はなんとなく気づいていた。


 愁晴が、二年前の百鬼夜行の真の悲劇を知っているということに。愁晴が、ずっと探していた人工陰陽師おんみょうじだということに。

 そして、愁晴はきっと紫苑が陰陽師だということに気づいている。


 誰の視界にも入らない水面下で愁晴と繋がったような感覚に陥り、紫苑は短く顎を引いてみた。愁晴は僅かに口角を上げただけだった。


「……わかった。しゅーくんとアイラがいいなら私もそれでいいよ」


 やがてアリアも折れ、やれやれと大人がやるような仕草をわざと見せる。


「でも、紫苑をやっつけた中学生を早くなんとかしないと《グレン隊》が変に責められちゃうんだからね? その辺ちゃんとわかってる〜?」


「あ〜、そっちなぁ。結局どうするんすか?」


「俺らの仲間だと利益があるから名乗ってるんだろ? じゃあ、向こうに不利益なことが起こればいいってことだ」


「不利益……? 《グレン隊》を恨んでる組織から排除されるとかか?」


「ダメ! そんなことになる前にやめさせるの!」


「自業自得だけど怖ぇよなぁ。ワルヅラしてたら暴力団に殺されるとか!」


「あららぁ。自業自得だねぇ」


「……同情の余地なしっスね」


 続けて同じ路線の話を続ける三人に、「だからダメだってば!」とアリアがつっこむ。

 妙に張り切ってこの場を仕切っているが、余程の問題が起きない限り放置していようとするこの空気をなんとか変えたいのだろう。余程の問題を未然に防ぐ為に、彼女はこんなにも必死になって頑張っていることが見て取れる。


 そう思ったからこそ紫苑は前のめりになって口添えをした。


「でも、《グレン隊》を恨んでる組織は暴力団だけじゃないですよね?」


 紫苑が口を出すと思っていなかったのか、一瞬だけ驚いたアリアの眉間に皺が寄る。


「だからって、そういう人たちに潰されるのは違うと思うよ」


「《カラス隊》はダメなんですか?」


 驚いたのは、紫苑の話を聞いていたアリアだけではなかった。中学生がどうなってもいいと思っていたような隊員でさえ紫苑を驚いたように見下ろしていて、そんな顔をさせることに成功した紫苑は嬉しくなって背筋を伸ばす。


「だって、《カラス隊》は警察ですよね? 警察だったら問題ないですよね? それに、あいつら悪ガキだし、更生させるっていう点でも問題ないし、何よりも《カラス隊》を上手いように利用するってなんか気分良くないですか? あと、利用されたことが向こうにバレても、向こうもこっちも利益しかないんだから別に良くないですか? えっと……うぃんうぃんです! これはうぃんうぃん!」


 話をちゃんと聞いてくれることが何故だかすごく嬉しくて、饒舌になった紫苑は身振り手振りで全員に説明する。

 そう。全員だった。あの炬も紫苑の話をちゃんと聞いていた。それがすごく嬉しかった。


「……面白ぇ」


「ッ!」


 心からの笑顔に見えた。炬は笑い、瞳をギラギラと輝かせて前のめりになる。


「おまえ、やっぱすっげー面白ぇじゃん! いいじゃんそれ! あいつらをとことん利用してやろうぜ!」


「確か、軽犯罪も何個かやらかしてるんだよな、遥? なら、これはちゃんとしたウィンウィンだ」


「……でも、それ、管轄外だと思う」


「いや、確かに管轄外やけどイケるでこれ。あいつら最近、警察のクセに何しとるんかわからんって町民から苦情言われてんねん。せやから、〝わかりやすい〟実績を作る為に躍起になっとるはずや」


「ぎゃはは! マジか! あいつら苦情言われてんのかよ〜! 俺らの尻ばっか追いかけてるからそうなるんだぜぇ?!」


「まぁ、黒い軍服を着た集団がうろうろしてたら怖いよねぇ」


「……軽く不審者っスね」


「《カラス隊》を使うということで全員の意見は一致しているみたいだな。どうだ? アリア」


「私も……それならいいと思う!」


 勢いよく立ち上がったアリアも紫苑に同意していた。全員が、紫苑の意見に賛同していた。


「そうと決まったら作戦ですけど、どうやって《カラス隊》を中学生にぶつけます?」


 作戦を聞かれたら何も言えなかったが、そこは自分たちで考えるらしく紫苑はほっと息を吐く。

 紫苑が思いつかなかった作戦を真っ先に提案書したのは、遥だった。


「そんなのアイツラガヤリマシター作戦しかねぇだろ!」


「はーちゃん、何それ?」


「全責任をガキどもに負ってもらう!」


「大人気ない!」


 遥とアリアのコントのような会話を聞き流し、成人済みの隊員は全員揃って頭を悩ませる。


「問題はそこだよなぁ。ま、その辺はおいおいで考えて後で出し合うか」


「そうだな。ことがことだ、慎重に進めよう」


「イイ感じに地獄に落とせたらサイコーだよな! へっ、へっ、へっ! ……じゅるり」


「出た。しゅうくんが悪いこと考えてる時に出るキモい顔」


「……直んないのが不憫っスね」


 だが、すぐにオムライスが乗っていた食器を片づけながらソファを離れていった。


「……あ」


 そういうことか。紫苑は空になった食器を持って他の五人の後を追う。

 作る人間は一人だが、片づける人間は一人じゃない。全員で片づけるのだ。


「手伝います!」


 こうして自らが進み出て誰かのことを手伝うのは、両親が亡くなってから一度もなかった。一人ですべての家事をする義姉の手伝いなんて、しようとさえ思ったことがなかった。

 強くなるだけじゃない。ここにいたら、退屈だったこの二年の人生の色も少しは変わるのかもしれない。


 紫苑は真っ直ぐな瞳で彼らを見上げた。彼らはそんな真っ直ぐな目で見られて気恥しそうに視線を逸らした。


「なぁ紫苑! これから風呂に行こうぜ!」


「風呂?」


 振り返ると、遥が楽しそうに手招きをしている。


「これがうちの洗礼みたいなものだからな、行っておけ。未成年同士で親睦を深めるのも悪くはないだろう」


 どちらを選ぶべきか戸惑っていると、遥が紫苑の肩を掴んで引っ張っていった。そんな強引さが有難かった。

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