第二話 避難所の子供たちⅢ
「ばっ……何言うてんねん炬! 今回ばかりは頭使うて考えてくれや! 今までの連中とは違うんやぞ?!」
「そっ、そうだよかがりん! 〝手下〟だよ?! 〝手下〟はダメだよ!」
「まぁ、言うとることはあん時のアリアと似たようなモンやけど……あん時とはお前の立場が違うんやからほんまに考えてモノ言えや! いい加減にせぇへんといてこますぞ?!」
「それにあの時、私に向かって『断る』って言ったじゃん! 断ってよ!」
「ほんまやで炬! お前、俺とアリアん時は散々断っといてからに……! 今のゆるゆるセキュリティはどっから来たんや! 許さへんぞ!」
「ほんとだよ! ずるい! かがりんのバカ! ねぼすけ! 寝癖ボンバー!」
「…………うるせぇ」
「まぁ、自業自得だよな〜。ていうかあんまりそのガキを待たせてやるなよ。結構な馬鹿面晒してるぜ?」
《グレン隊》の隊員は、全員、決して弱いわけではない。そんな彼らを有無を言わせずに従わせている炬は、誰の目から見ても絶対に〝強い〟。紫苑は何一つ疑わずにそう思っていた。
だが、今目の前で繰り広げられていたあれはなんだった? 明らかに炬のことを勢いで押し、それなりの暴言を吐いて炬に怒っていたあれは──紫苑の中にあった魔王と《グレン隊》の像から、遠く遠くかけ離れている。
「せやな。お前、名前はなんて言うん?」
「えっ……」
こんなに早々に名前を聞かれるとは思っておらず、紫苑は思わず口をまごまごさせた。本名か。それとも奏雨に対して名乗ってしまった〝斎藤〟か──。
「俺は……」
だが、紫苑はなりたい自分の為にここに来ている。名前を偽ることは偽った自分でい続けるのと同義だ。施設の中ではそれで良くても、ここの中ではそれで良いわけがない。
「……紫苑」
「紫苑な。了解。とりあえず土下座しとらんとはよ立ってくれへん? 俺らそういうのあんま好きやないしな」
渋々と立つが、全員自分よりも背が高い。これが今の自分の限界だと知っているから、座っていた方がまだマシだった。
「珍しいっすね〜。今どきこういうの」
遥だけが紫苑を興味深そうに眺めている。その視線の意味はまったくわからなかったが、一人の金髪の青年だけはニヤニヤと笑いながら遥を見ていた。
「アリアの時は知らねぇけど、お前の時もこんな感じだったもんなぁ」
「うっせ! おまえが邪魔したのおれはぜってぇー忘れねぇからな!」
「〝家来〟と〝部下〟ときて〝手下〟ときたかぁ……。ほんま、小さい子の考えとるとこはわからんなぁ」
「小さくねぇっすよ!」
「私だって小さくないよ!」
何がどうなっているのかわからない。《グレン隊》の大将は炬のはずなのに、愁晴の方が全員の手綱を握っている〝中心人物〟のように見える。
「小さいやろ……。あん時の自分思い返してみ? 今の紫苑とおんなじやで?」
小さい。それに間違いはないと紫苑も思うが、紫苑はずっとソファに座ったままのアイラを見やる。彼女は、今の紫苑よりも小さかった。
「うぅ……?」
「た、確かに……?」
否定し通してほしかったのに微妙そうな表情をする二人は紫苑にとっては裏切り者だ。紫苑は唇を引いて、何故アイラが入隊できて自分が入隊できないのだと不満さを表情にすぐに現す。
「ま、それはそれでどうでもええんやけど。紫苑、お前いくつなん?」
「年齢なんて関係ないじゃないですか」
アリア、遥、アイラが入れた過去があるなら紫苑の年齢なんて公表する必要はない。
「あるわ阿呆。俺たちがやっとることはお遊びちゃうんやぞ」
「そうだぜ〜? ガキンチョ。アイラのことずっと見てるけど、アイラだけは特例だ。お前はその特例にさえなれねぇよ」
「大人になってからの加入でも、高レベルの戦闘力が求められる。無力な人間はすぐに死ぬぞ」
「いやいやいやいや? 俺は賛成だぜぇ? このガキにはやる気がある。俺は投資してやってもいいけどなぁ」
「集くん、そういう考え方って結構アブナイヤツだと思うよ〜? でも、炬さんがオッケーなら僕はそれでいいと思うけどなぁ」
「……ガキは色々と面倒っスよ。親とか学校とか、シガラミばっかっスから」
「おれはいいと思うっすけどね〜。面倒ならおれが見るし。親やガッコなんてほっときゃいいんすよ」
「はーちゃん、それははーちゃんの価値観だよ〜? 私はあんまり賛成じゃないなぁ。昔は良かったけど、今は簡単に人を入れていい組織じゃないもん」
意外と自分の意見をハッキリと言ったアリアは、この中の古株なのか昔の《グレン隊》を知っているようだった。
全員の意見が纏まらない。炬という魔王の一言だけでは全員首を縦に振らないようだ。
「……十一。小六。親はどっちもいない。学校はもう行かない……です」
もう少しだけなら、話してもいい個人情報を紫苑は持っている。けれどこれ以上の個人情報は話せない。
「親なし……ってまさかおまえ、あの養護施設にいるとか言わねぇよな?!」
「いる」
「マジか! へぇ〜……偶然ってあるモンなんだなぁ」
「偶然? どんな偶然だよ」
紫苑はその偶然を知っている。だが、偶然というよりも必然のような気がしている。
「アリアとアイラ、それと愁晴さんはそこ出身なんだってよ〜。つーか、そういうことならなおさら断る理由ねーじゃん?! 年齢だけ?!」
「年齢っつーかさ、単純に戦力に数えられねぇんだよなぁ……。いるだけ邪魔だろ?」
「でもさぁ、最近は《カラス隊》との激突も増えてるじゃん? 向こうはウザったいくらいに戦力を増やしてるけど、僕たちは南雲くんが抜けたせいでむしろ減ってるんだよねぇ。多勢に無勢っていうか、無駄に戦いにくくて僕ヤなんだけど」
「よーし、投資決定。つーか最近じゃ中坊も俺らの一味とか名乗ってんだし、このガキ一人どうってことないだろ」
「その子たちはみ、と、め、て、ま、せ、ん! いつか私たちでどうにかするもん! 紫苑のことだって小学生ならもっとダメだよ!」
「……未成年は判断が鈍るっスからね」
「ほんまやで……って言いたいことやけど、ここにおるほとんどが未成年時に入隊しよったからあんま強く言えんわなぁ……」
「冬馬と集くらいですよね、成人してたのは。……とりあえず、冷めるんでオムライス食べます?」
知らぬ間に空腹を刺激する匂いがキッチンの方から出てきたと思ったら、青年が両手にオムライスを持ってテーブルに並べるところだった。
思わず背筋を伸ばしてそれを見下ろすと、一つも焦げが見えない卵色の美味しそうなオムライスで。ないとわかっているのにぐぅぅと腹の音が鳴ってしまう。
「あぅ……!」
慌てて腹を押え、テーブルから離れた場所にある四隅の椅子に座り込んだ。青年が次々と出してくるできたてのオムライスは、一、二、三──十一皿。
全員改めてソファに座り直し、紫苑は不自然に空いている一席を見て首を傾げた。
「何してるん? これ、お前のやで?」
「えっ?!」
ガタッと思わず立ち上がり、今まで一度も見たことがないほどに美味しそうなオムライスをもう一度眺める。
「…………なんで…………」
また、声が出てきた。その声は、震えていた。
「小学生を飯抜きにさせて平然と食えるわけがないだろう」
オムライスを作っていた青年がため息をつく。
「ま、普通に食いにくいしな。小学生に飯抜きは俺の趣味じゃないし?」
「せっかくの宗太くんのご飯が不味くなるもんねぇ」
「冷めちゃうから食べなよ〜。みんな食べるの早いから最後に一人で食べることになっちゃうよ?」
紫苑の入隊を拒んでいた金髪の青年やアリアまで「こっちに来て一緒に食べよう」と言っているのだからもうわけがわからない。
紫苑は呆然と彼ら十人を眺めていたが、恐る恐る前へと歩いて空いているアイラの隣に腰を下ろした。
「じゃ、いただきますっ!」
アリアの挨拶で全員が合掌。「いただきます」との挨拶と共にすぐにオムライスがテーブルが離れる。あの炬でさえ「いただきます」と言っていた。このまま言わないのは違う気がして紫苑も合掌し、「いただきます」と小声で呟く。
持ち上げたオムライスは意外と重たく、出されたスプーンを使って紫苑はゆっくりとそれを掬い口内へと運び込む。
「──んぐっ!?」
痛かった。美味しいという感覚ではなく、真っ先に頬の方に痛みが走る。
痛い。痛い。痛い。痛い。バタバタと足を動かして痛みに耐え、紫苑はようやく、美味しいと思った。
「……何してるんスか?」
「まさか不味いとは言わねぇよなぁ? そしたらお前、病院行った方がいいぜぇ?」
「……落ちた」
「え? 落ちたって何が?」
気味悪そうに自分を見る遥へと紫苑は視線を移す。根拠はないが、遥ならわかってくれるんじゃないかと思ったのだ。
「ほっぺた」
紫苑が訴えた刹那、何故かゲラゲラと笑われた。愁晴も、アリアも、遥も、金髪の青年も、投資投資うるさい青年も、穏やかそうな青年も──紫苑が混乱するくらいに笑っている。
「落ちたて……! お前、面白いやっちゃなぁ……!」
炬と、アイラと、オムライスを作った青年と、口数が少ない青年は笑っていない。それでも紫苑に視線を移して紫苑の言動を観察している。
「やっぱこいつ仲間に入れましょうよ! ぜってー面白いっすよ!」
「そういう問題じゃないでしょはーちゃん!」
「いや、俺はちょっと興味湧いてきたけど?」
「寝返るのか冬馬。まだ見極めるべき段階だろう」
「いーじゃんいーじゃん! 人生時に賭けも必要だぜぇ? 未来への投資、いーじゃんよぉ!」
「うんうん。伸びしろはこの中の誰よりもあるよねぇ」
「……俺はまだ嫌っスよ」
「そりゃあ俺もまだ賛成はできへんけど。炬、ほんまに〝手下〟にする気あるん? それ相応の覚悟ができとるん? もう、俺らは軽率に誰でも入れるような組織ちゃうっていう自覚しとるん?」
その言葉に怖気づく紫苑ではなかった。紫苑はもう、進むことしか考えていない。
「自己責任だ」
鬱陶しそうな声だった。齢十一歳に、その言葉が重くのしかかった。




