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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
炎のアカペラ
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第一話 陰陽師の子供たちⅡ

 陽陰おういん町の北東には、人気がほとんどない雑居ビル地区がある。二年ほど前から微かに感じるようになった歪な気配は、人工半妖はんようのもので間違いはなく。そして、その中に微かに存在する陰陽師おんみょうじの気配も何故か歪だった。

 紫苑しおんはそれを〝人工陰陽師〟のものだと勝手に片づけて、式神しきがみのタマモを呼び出しバスに乗り込む。バスから見える景色はいつも通りの陽陰町の風景で、その中を真っ昼間に進んでいく快感が幼い紫苑のことを包み込んでいた。


「……主君、このまま陽陰駅まで行くのですか?」


「雑居ビル地区はそこから徒歩ですぐだからな」


 隣に座ったタマモは微かな息を吐いてこくりと頷く。バスの後部に座った紫苑は普段よりも高い位置から見える陽陰町を隅々まで舐め回し、半妖の気配しかないことを改めて確認した。


「いますか?」


「少しだけ」


 半妖という存在を知らなければ無視してしまうほどに微弱なものだが、紫苑にはそれがよくわかる。

 半妖という存在を知っているからこそ、微弱で歪な人工半妖の妖力に気づけたのだ。


 陰陽師ならみんなが気づいている。タマモには勢いでそう言ったが、まだ未熟な陰陽師には気づけない程度に陽陰町を包み込んでいる〝気〟に紛れている。それがこの町を特別たらしめるものであることも紫苑は知っていた。

 それを感じ取った自分を誇って、にんまりと笑みを浮かべた紫苑は《グレン隊》のことを思う。《グレン隊》は雑居ビル地区に拠点を置いて活動を続けている愚連隊で、だからこそ彼ら以外に雑居ビル地区に住まう者はいない。


 歪な気配を発しているのが《グレン隊》なのかそうではないのか。それは会えばすぐにわかることで、好奇心に負けた紫苑は一刻も早く《グレン隊》に会いたいと願った。


 黄昏時になれば、妖怪も溢れ出してくる。溢れ出して半妖の気配が紛れるその前に、どうしてもその目で確認しなければ──。


「主君、会って確かめた後はどうするおつもりですか」


「別に、考えてない。……それに、会ってどうなるとも思ってないし……」


「会って確かめたら、小学校に戻りますか」


「どうせその頃にはもう授業終わってるだろ。お前が荷物を持って俺に届ければいいんだってば」


 吐き捨てて、眉間に皺を寄せるタマモをガラス越しに見つめる。紫苑は唇を尖らせてタマモを見なかったことにし、ぶっきらぼうに瞳を閉じた。


 きっと今も、《グレン隊》は暴れ回っている。


 魔王が滅多に出てこないのは町民ならば全員が知っていることではあるが、一味の人間はよく町に出てきてはその辺でしょっちゅう《カラス隊》と揉めている。

 《グレン隊》に文句を言う人間はいないが、《カラス隊》に文句を言う人間はどこにでもおり──彼らが町民に頭を下げているのを紫苑は町中で何回か見たことがあった。


 《カラス隊》には会えるのに、《グレン隊》には滅多に会えない。


 そんな謎めいた存在はやはり紫苑の好奇心を掻き立てて、やがて次のバス停が終点の陽陰駅であるというアナウンスが車内に流れた。


「…………」


「主君?」


 届きそうで届かないものに憧れる。窓枠に頭をつけていた紫苑は目を開けて、じぃっと自分を見つめるタマモを見つめ返した。


「行くぞ。お前は俺の後を黙ってついて来い」


「…………」


 不満そうなタマモを連れ、一人分の料金を払った紫苑は陽陰駅前に降り立つ。真っ昼間に駅前にいる小学生は当然おらず、紫苑は胸を張って北東側に足を向けた。


「主君」


「遅いぞお前。早く来いよ」


「急ぎすぎでは? それに、そのままだと迷子だと思われますよ」


「だって……」


 そこまで言って振り返ると、視界の隅に黒色に近い軍服が映り込む。それは、この町に一つしかない組織の、たった一つしかない制服だった。


「……来た」


「えっ?」


「〝あいつ〟が……」


「うそ……」


 目を見開いたタマモを引っ張り、互いに揉みくちゃになりながら逃げ続ける。息が上がる。足が縺れる。心臓が壊れそうになる。ここから、一分一秒でも早く逃げなければ──。


「……あっ、た! あそこが雑居ビル地区だ!」


「しゅ、主君! 本当に……本当に行くんですか?!」


 振り返ると、《カラス隊》の構成員の中の一人が紫苑とタマモのことを見つめていた。ぞくっ──一瞬だけ心臓が凍って、紫苑は慌てて雑居ビル地区の方へと逃げ込む。


「行くっ……! 逃げるんだよ、タマモ……!」


 気づかれないように小声で言ったが、この小声に意味はあったのだろうか。〝陰陽師〟ならば、目で見えなくても気配で気づかれることはよくあることだ。

 タマモのことを引っ張りながら、雑居ビル地区の大通りを走り続ける。ここに、この地に、《グレン隊》がいる。


 微かで歪な気配を必死になって感じ取り、視界がぼやけた瞬間紫苑はある建物の目の前で立ち止まった。


「ここ……」


「……ここ、ですか? 主君」


 間違いない。この、窓も何もない古ぼけた──細長くて白い建物の中から歪な気配が漏れ出ている。

 陽陰町が特別である所以の気配を過剰に漏らして、空高くに聳え立つその建物。だが、紫苑はタマモの手を引っ張り続けて別の建物の陰に隠れた。


「こんなところに隠れて何をしているんですか? 主君」


「乗り込むわけにもいかないし、誰かが出てくるのを待つしかないだろ」


「…………。その調子で本当に会えるんですかね」


「う、うるさい。まさか中にいるなんて思わなかったし……」


 暴れ回っていると思っていた。好奇心に負けて気配を探り、辿り着いた先が建物の中だなんて一瞬でも考えなかった。


 どうしようかと一瞬迷い、紫苑はその場に座り込む。このまま張り込んで、黄昏時になる前に遠目からでも確認することができるのだろうか。


 何故か急に不安になり、紫苑はぐっと唇を噛む。こういう時の為に、あらかじめタマモのことを呼び出しておいて本当に良かった。


「タマモ、暇だからなんか話せよ」


「何故私なんですか。私の話なんて何一つ面白くありませんよ」


「面白い話とは一言も言ってないだろ! ほら、最近あった話とか……」


「そう言いつつ、絶対に面白い話を求めていますよね」


「求めてないってば!」


 醜い言い争いを続けて数分。拉致が明かず言い争い自体が暇潰しになった頃、不意に人の気配を感じ取って紫苑は振り向いた。


「ひっ……?!」


「おいおい、チビどもがこんなところで何してるんだよ」


 紫苑とタマモがしゃがみ込んでいた裏路地の奥から声をかけてきたのは、明るい髪色を持った青年だった。短髪で、短い眉毛で、幼さが残るが目鼻立ちがきちんと整っている。体つきもがっしりとしており、童顔なのにいくつもの逆境を乗り越えてきたかのような雰囲気で──まるで、《グレン隊》の構成員のようだ。


「だ……」


「おまえ小学生か? 小学生が来ていい場所じゃねぇってこの辺の奴らならみんな知ってるだろ」


 誰だ。紫苑は口を数回開閉し、タマモに視線を移した青年から距離を取る。


「おまえ、こいつの姉ちゃんかなんなのか知らねぇけどさ、こんなとこに来たらダメだってちゃんとおしえとけよ」


 だが、青年の口から出てきた言葉は紫苑とタマモを気遣う言葉だった。《グレン隊》が送る言葉とは思えないそれに紫苑は目を見開き、彼が《グレン隊》ではないと思って首を横に振る。


「会いたい奴がいるから来たんだ。だから、会えるまでは帰らない」


「会いたい奴? ……って、まさかそれ……かがりさんだとか言わねぇよな?」


「かがり?」


 誰だそれ。だが、青年はそうだと半ば確信しているかのような表情で恐る恐る紫苑に尋ねている。


「あぁ、良かった違うのか……。でも、炬さんじゃねぇなら会いたい奴って誰だよ」


 紫苑はどう言葉にしようか迷って、一番外見的な特徴を持つ人のことを口にした。


「……金髪の女の人」


「…………」


「……知らねぇ? ここにいるはずなんだけど」


「…………アリアのことか?」


 青年は、親しみを込めた表情から一転して強ばった表情を一瞬見せた。


「小学生がアリアになんの用だよ。一目惚れか?」


「ばっ、ちげぇよ! 金髪の女の人……じゃなくて、異国の訛りがある人!」


「異国の訛りってなんだよ。愁晴しゅうせいさんのことか?」


「え、えぇ……? た、多分?」


 紫苑の話を細かいところまで聞いてくれる青年は、「ふぅん」と口に出して例の建物の方を見る。


「なんなら呼んでくるぞ?」


「えっ、お前《グレン隊》の人と仲良いのかよ」


 とてもそういう風には見えないが、青年は怒ったように腕を組んで胸を張った。


「ばーか。おれは《グレン隊》の切り込み隊長嘉志摩遥かしまはるかだぞ。古参中の古参だぞ」


「えっ、お前が?!」


「さっきからなんだよ『お前お前』って。年上にはもっと礼儀を持って接しろばーか」


「貴方の方もあまり礼儀がなさそうに見えますが」


 今までずっと黙っていたタマモが耐えられずに口を挟むと、遥は「あぁん?」と《グレン隊》の人間らしく凄んでくる。その様はあまりにも本物で、紫苑の背筋が簡単に凍った。


「べ、別に呼んでこなくてもいい……です」


 呼びに行って会ったところで、愁晴という人間と話すことは何もない。それに、その人間が人工半妖か人工陰陽師じゃなかった場合の言い訳も何もない。

 ただ遠目から確認するだけでも充分で、それ以上《グレン隊》と関わりを持つわけにはいかない。《グレン隊》に関わって、《カラス隊》とぶつかり合うことだけはどうしても避けなければならないことなのだ。


「はぁ? なんだよおまえ。だったら帰れ。どうせ今授業中だろ?」


「帰らない。別に授業なんかどうでもいいし」


「ふぅん。一応おまえも〝こっち側の人間〟ってことなのか」


「え?」


 紫苑は遥を見上げ、その言葉の意味を理解する。頷くが、動けない。


「やっぱおまえ、炬さんに会いたいんだろ」


「え? いやだから、誰だよその炬さんって……」


 誰もが〝魔王〟と呼ぶから、知らなかった。


「はぁ? 《グレン隊》の大将に決まってるだろ」


 この町の汚点であり、偉大なる人の名前を。

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