第17話 再びの覚醒とプロ職人
薄暗い洞窟の道中安全になっりシートを広げたその上。
ひんやりとした湿った空気が肌を刺す中、サトウはタコさんウインナーや甘めの卵焼きにマヨブロッコリーの詰まったお弁当を綺麗に完食し、ぽんぽんと自分の膨らんだお腹を叩いていた。
「ふぅー、美味しかったねぇ! やっぱりお外で食べるご飯は最高じゃないかぁ。みんなもお腹いっぱいになったかい?」
「は、はい……! ご主人様が作ってくださった極上の聖餐、このフィース、魂の底まで満たされましたわ……!」
高級メイド服の裾を上品に揺らしながら、フィースは瞳を激しいハート型にしてサトウを見つめていた。落ち着いた風に見せてはいるが、その脳内フィルターは相変わらず限界突破の暴走状態である。
(ん〜……! さすがおじ様、我々の潜在能力を極限まで引き上げる悍ましい劇薬を『お弁当』と称して平然と配り、満腹度を完璧に100%に調整されるとは……! これから始まる血の財政再建(ダンジョン強襲)を見据えた、どこまでも恐ろしい先見の明、一生ついていきますわ!)
そんな純真な狂信者の横で、元魔王の執事マオ(17歳)と、元勇者のメイドユウ(18歳)の二人は、ドロドロに溶けた脳みそをどうにか繋ぎ止めながらガタガタと抱き合っていた。あの多触手神の呪詛肉塊や精神汚ゼンブロッコリーを無理やり胃袋に叩き込まれた衝撃から、未だに立ち直れていないのだ。
だが、サトウのホワイトな歩みは止まらない。
「シャアァァァッ!」
「ギチギチギチギチ……ッ!」
薄暗い洞窟の奥から、硬質な岩肌を持つ『ロックスライム』と、鋭い鱗をギラつかせる『リザード』が姿を現した。
まともな武器も持たない初期状態のサトウたちを見下ろし、容赦なく襲いかからんとする魔物ども。
自分たちの実力を明らかに上回る格上の凶悪な気配に、マオとユウは本能的な恐怖で身をすくませる。
だが、ガタガタと震えていたはずのフィースの瞳が、その瞬間、極大の殺意を帯て燃え上がった。
彼女のまとう威圧感は、この洞窟の生態系を遥かに超越している。
(ふぅ〜……! おじ様は試しておられるのです。私がただ破壊を撒き散らす無能な兵器か、それとも『綺麗な素材(世界の全財産)』を無傷で刈り取る真の雇用人に値するかを……! ここは最大火力のコンマ零零一パーセント……熱量を分子レベルで固定し、魔力伝導を極小に抑制……ッ!)
「燃えなさい、下等生物」
フィースが傲然と指先を突き出す。
放たれたのは、陽炎のように揺らめく、あまりにも小さく、あまりにも儚い、マッチの火のような極小の火炎。
ドゴォォォォン!!!
「ギャ、アスッ……!?」
直後、洞窟を揺るがしたのは、爆発音ではなく『超高密度に圧縮された熱による、完全なる熱蒸発の音』だった。
火加減を「弱く(極限まで精密に制御)」されたフィースの火魔術は、ロックスライムの核だけをピンポイントで狙い撃ち、一瞬で跡形もなく焼き砕いた。そしてリザードの防衛本能(魔力バリア)だけを焼き切ってその息根を完全に止めてみせたのだ。
周囲の肉やレザーには、焦げ目一つすらついていない。
生命の核を消滅させられたロックスライムは、粘体の身体を蒸発させ、その身に纏っていた硬質な外殻だけをその場に残す。
ドサリ、と床に転がったのは、熱による劣化を一切受けていない、完璧なまでに綺麗な『ロックスライムの石』。
そしてリザードの側には、プロの剥ぎ取り職人が嫉妬するほど美しく、一滴の血すら滲んでいない最上級の『リザードの肉』と『綺麗なリザードレザー』が横たわっていた。
「これ、全部インベントリに入れちゃっていいんだよね? いやぁ、本当に助かっちゃったなぁ」
サトウはこれ以上ないほどに目をキラキラとさせながら、足元に並んだ『ロックスライムの石』や『リザードの肉』、工程に無駄のない『リザードの革』をのんきに眺めている。
それを虚空に向けてぽんぽんと手を進めると、床に転がっていた最上級の素材たちが、吸い込まれるように次々とその何もない空間へと格納されていく。
「よし、それじゃあ奥に続く道も安全になったみたいだし、どんどん先に進もうか!」
ほくほく顔で衣服の泥をパパッと払ったサトウは、何一つ恐れる様子もない軽い足取りで、薄暗い洞窟の奥へと再びのんきに歩き出したのだった。
その無防備な背中を見送りながら、ドロドロに溶けた脳みそを必死に繋ぎ止めたマオとユウの二人は、ガタガタと震える手を取り合って互いに顔を見合わせる。
((いやいやいやおかしいでしょうがァァァ!!! あんな異常な解体殺戮が行われた直後に、なんで衣服の泥汚れだけ気にしてそんな眩しい……いや、これよりも何その何もない所への消し込みいぃぃ!!! あの暗黒培養槽の液体ですらそんなスムーズに消すことできないわよォォォ!!!))
「おじ様、どこまでもお供いたしますわ……!」
うっとりと頬を染めた高級メイドがその後を追いかける中、元魔王と元勇者は、底知れぬ恐怖のブラック経営者の背中を追って、泣きそうになりながら足を動かすしかなかった。
カチリ、とのんきに手持ちのランタンの明かりを強めると、緩やかな足取りでさらに洞窟の最深部そこへ到着したサトウ一行。
ズゥゥゥン……! と、洞窟全体の地響きと共に、前方から凄まじい質量を持った影がのそのそと開拓地の土を踏みしめるように這い出てきた。
それは、無数の泥と岩石が不気味に結合して形成された、巨大な人型の魔物。頭上にシンプルに表示された名前は――『泥岩ゴーレム』。その秘められた脅威度は、この初期エリアの常識を遥かに逸脱した【レベル13】。
本来であれば、初心者が数人がかりで挑んでも負ける可能性がある、文字通りの強敵であった。
「おやぁ?」
サトウはその巨体を見上げゆるりと歩を進め、みんなを庇う様に言った。
「おっと、ちょっと大きな石が動いてるねぇ! 危ないから、みんなは俺の後ろに下がっててね!」
サトウは完全に普通の人として、ただランタンを掲げた。
家の中ではないため、あのスキル演出――視界を埋め尽くす漆黒の煙と一緒に万物を威圧するプレッシャーが、今回は一切ないのである。完全に無風。ただの、のんきなおじさんが、散歩がてらに立ち塞がっただけに見えた。
その異常事態こそが、背後の雇用人であるマオとユウの脳細胞を完全に破壊した。
((な、何……エフェクトが出ない……!? 殺気が完全に『無』だわァァァ!!! レベル13の巨体相手に、演出を出す価値すら無いという無言のデリート宣告だわァァァ!!!))
あたふたした二人をよそに、サトウが何気なく背後の壁を指差した。
「あ、そうだユウちゃん! あの動いてる岩の奥に奇麗な鉄の鉱脈が見えるから、ついでにあそこの鉄も掘ってもらえると嬉しいなぁ!」
そのリクエストが、ユウの脳内で最悪の翻訳をされる。
((て、鉄を掘れだとぉぉ!? あの化け物、ゴーレムの背後にある鉱脈を掘れと、失敗したらどうなるかわからないじゃないぃぃ!!!))
「いやぁぁぁあーーーっ!! やってやりますわよぉぉおーーーマオも来なさいっ!!!」
「クソッ、消されてたまるかぁぁあーーーっ!!!」
マオとユウの生存本能が暴走した極限の状態で『覚醒スキル』を同時に発動させ眠っていた固有データを強引に呼び覚ました二人は、レベル5であるが関係なくゴーレムへ向かうのであった!
ドゴォォォン!!! と洞窟内に爆炎エフェクトが吹き荒れる。
光と闇のエネルギーが交錯する中、二人の身体が急速に再構成されていく。
サトウが思わず目を丸くする前で、マオの17歳の少年の身体が、一瞬にして四肢を伸ばし、引き締まった26歳の高級執事服を纏う青年の姿へと爆裂進化を遂げる! 漆黒のバングルが怪しい光を放ち、その瞳には元魔王としての冷徹な風格が満ち満ちていた。
「フッ……旦那様。この程度の羽虫、我が指先一つで塵に還してご覧に入れましょう」
同時に、18歳の少女だったユウもまた、25歳の気高き大人の女性へと爆裂変身! 肩と肘にエメラルドのまばゆいプロテクターが装着される。
環境同期システムが駆動した。サトウが「鉄を掘れ」と命じたその場所の環境に反応し、彼女の右手に握られた聖剣が、恐るべき駆動音を立てて『オリハルコン製のガチつるはし』へと形状変化を果たす! 左手には、あらゆる災厄を弾き返す最高峰の盾(見た目はどう見ても頑丈な金属製バケツ)がガッチリとホールドされた。
「……!なによこれぇぇえぇぇぇ!!」
それを見たサトウ、目をこれ以上ないほどキラキラと輝かせて、盛大に拍手喝采を送り始める。
「わぁぁぁマオくんカッコいいよ!それに、すごいじゃないかぁユウちゃん! 俺が『壁の石や鉄を掘ってほしい』って言ったから、そんなに本格的な姿になってくれたんだねぇ! つるはしもバケツも、プロの職人さんみたいでとっても格好いいよぉ!
サトウの褒め言葉すら神の煽りにしか聞こえてない二人!
しかし、眼前の泥岩ゴーレム(レベル13)は、その巨腕を振り上げて襲いかかってくる。
「そこを動くんじゃねえぞ、このデカブツがァァ!!」
動いたのは、大人の風格を全開にしたマオだ。魔法である『グラビティ(重力魔法)』を冷徹に発動する。
レベル5の魔力ゆえ、本来なら地形を消し飛ばすような威力はない。しかし、元魔王の精密すぎる制御により、魔法はゴーレムの頭から方に局所的に集中した。
ズゥゥゥン……! と、ただでさえ重い泥岩の身体を持つゴーレムの重量が、数倍へと跳ね上がる。
「ガ、ガガ……ッ!?」
自重の負荷に耐えかねて、ゴーレムがその場に激しく膝を突く。岩の結合部がミシミシと軋み、完全なる足止めを喰らって身動きが取れなくなる。
だが、敵はレベル13。その強固な泥の肉体は、容易には崩れない。
そこへ、さらなる驚天動地の追撃が重なった。
「そこを退きなさいなァァァーーーッ!!!」
爆風を巻き起こしながら突撃したのは、つるはしを掲げたユウ。凄まじい勢いでつるはしをガガガガッと振るう。
そこへ、フィースがすかさず追撃する。サトウに良いところを見せたい一心で、魔法『エア(風魔法)』を完全駆動させた。
「おじ様の邪魔をする不届き者は、このフィースがチリ一つ残さずお掃除いたしますわ! 『エア』の風圧を――『ほんの少しだけ』強めに調整しますッ!!」
ほんの少し(国家転覆規模の暴風)。
ゴオォォォォォッッッ!!! と、洞窟の奥から放たれた超高圧の風の刃が、足止めされていた泥岩ゴーレムの分厚い身体に容赦なく叩きつけられた。
「ガァァァッ!?!?」
凄まじい風圧がゴーレムの肉体を背後の鉱脈もろとも一瞬で粉砕爆散させる!
だが、熟練度最大を誇るフーちゃんのあまりの暴風の勢いに、粉砕された大量のドロドロの泥水と岩石の破片が猛烈に辺りへと飛び散った。
「「ぶふぇっ!?」」
その凄まじい泥の爆風を最前線でモロに浴びたのは、突撃していたユウとマオの二人であった。
バチチチチッ! と光が弾け、ゴーレムの巨体は跡形もなく消滅。
あとに残されたのは、サトウの指示通りに美しく切り出された、大量の戦利品であった。
「お掃除いたしますわ☆」
フーちゃんが可憐に微笑みながらステップを踏むと、熟練度最大を誇る【掃除】スキルを発動させた。
フィースは目の前に広がっていた泥や、泥にまみれた鉄鉱石を瞬時にお掃除して綺麗にし、サトウの足元へと美しく並べた。
「わあぁ! フーちゃんさっきも凄かったけどぉいいねぇ! 辺り一面の泥が無くなってすッキリだねぇ! ゴーレムの向こうにあった鉱石も拾えたの凄いねぇ!」
サトウはこれ以上ないほどに目をキラキラとさせながら大喜びした。衣服にほんの少しだけ飛び散った泥の汚れなど1ミリも気に留める様子もなく、足元にプロの職人が切り出したかのように美しく整列した『極上の泥岩』と『純度100%の鉄鉱石』をのんきに眺めている。されに、道中でサトウがのんきにインベントリへ放り込んでいた『リザードの肉』や『綺麗なリザードレザー』に「ロックスライムの石」等まさに大豊作の戦利品である。
「いやぁ、最高の職人技だねぇ! 地面に素材を並べるなんて、拾いやすくて本当に助かっちゃうじゃないかぁ。よしよし、これをインベントリに入れて、みんなで街へ出発しようかねぇ」
サトウはほくほく顔のまましゃがみ込み、自らのインベントリへと楽しげに素材を詰め込み始める。足元の輝く鉱石の回収に完全に夢中になった、その刹那――おじさんの背後、すなわち完全なる死角において、覚醒が切れる処理が非情に実行された。
ボフンッ!!!と最前線の固有データを維持する限界時間が唐突に終わりを告げ煙をあげながら光と闇のエネルギーが霧散する。同時に、大人びた風格を全開にしていたマオとユウの身体が元に戻っていった。しかし、暴風『エア』でまき散った泥を頭からモロに浴びたというドロドロの事実だけは、無慈悲にもそのまま残留していた。
「ゼェ……ッ、ゼェ……ッ、ハァ、ハァ……ッ!」
元の通常時の姿に戻った雇用人2人は、髪の先から服のフリルにいたるまで完璧に茶褐色の泥水まみれになり、直立不動の姿勢のままワキワキと無様に震えることしかできない。大技を乱発した疲弊と不快な泥の重みに耐えかねて、肩を激しく上下させながら息を切らす。
そこへフィースが、涼しい顔のまま前に進み出て行った。彼女だけは完璧な風圧制御により、泥の跳ね返りを1滴すら浴びていないピカピカの一級品最高級メイド服を纏っている。
フッ、と先輩2人に向き直ったフィースは、鼻で冷酷に笑い飛ばし脳内で大富豪フィルターを限界突破でうっとり暴走させた。
(ん〜……っ! さすがおじ様、一切の魔力を表に出さぬ『完全なる無の境地』それだけで先輩方の本気を引き出し、私に風圧の調整を学ばせ、財を築き上げるとは……! どこまでも恐ろしい先見の明、一生ついていきますわ!)
フーちゃんは、次の瞬間、泥まみれでフリーズしている先輩2人に対して、ねっちょり極限の煽りドヤ顔をバチコンとキメる。
「おじ様の『無言の圧力』に耐えかねて大技まで使った挙句、新入りの私より多く泥を浴びて泥まみれになるなんて、本当に息が上がって無駄の多い先輩方ですわね。ドッ、ヤァ〜……」
「な、なんだと……っ!?」
「くっ……! このクソガキ……っ!」
マオとユウの脳内が屈辱と恐怖でフリーズした。煽られた怒りよりも先に、ダンジョンに来てからの数々に最年少であるはずのメイド長が放つ、底知れないステータスのプレッシャーに本能的に戦慄が走る。
その時、足元の素材を全て拾い終えたサトウが、のんきに腰を伸ばして振り返った。
「よし、最高の石がいっぱい拾えたよ! じゃあみんな、綺麗に片付いたし――」
「まぁ、おじ様☆ お疲れ様でございますわ!」
おじさんの視線が戻るコンマ1秒の死角で、フィースは凶悪なドヤ顔を一瞬で消し去り、究極に可憐で純真な満面の笑みを浮かべてステップを踏んだ。そのまま、自分とサトウおじ様にだけ、熟練度最大のお掃除魔法を発動する。
「『クリーン』☆」
キラーン☆と爽快なエフェクトが走り、サトウの衣服に付いていた僅かな汚れと、フィースの姿が一瞬にしてピカピカの清潔状態へと完全初期化される。
洞窟の薄暗い奥底で、まばゆいほどに輝く清潔なおじさまと、可憐な美少女メイド長。
正式には泥まみれではない2人の泥ドロ姿が、これ以上ないほど無残に浮き彫りになっていた。
マオとユウは、泥だらけの顔を互いに見合わせると、絶望の絶叫を脳内で完全にシンクロさせた。
((な、何……お掃除魔法を自分たちだけに……!?あの小娘ぇぇ! 許せんわァァァ!!! 完全なる組織内の階級格差による序列宣告だわァァァ!!!))
激しい戦闘のせいではないのに、フリルメイド服も漆黒の執事服もドロドロの2人は、このまま放置されれば街の門番に不審者として捕まりかねない恐怖に直面する。
マオとユウは息を切らせたままガタガタと震えながらも考えた。プライドをいったん横に置き、直立不動のまましぶしぶと後輩メイド長へ涙目で懇願した。
「「……あ、あの、フィース殿。我々にも、その……お掃除を使ってはいただけないだろうか……?」」
2人の哀れな姿を、フィースはねっちょりとした冷たい目で見下ろした。
(……チッ、おじ様の手を煩わせるわけにはいきませんわね……お力不足な上に手足まで汚すなんて、本当に手のかかる先輩方ですわ)
脳内の一重カッコで超絶冷淡に特大のため息をつきながらも、フィースは可憐な声を取り繕って2人にも『クリーン』を優しくかけて泥を落としてあげた。
キラーン☆と、2人ピカピカの清潔状態になりそれを見ていたサトウはみんなを促した。
「よし、みんな綺麗になったねぇ! 素材もたくさん集まったし、資金不足を解決しにいざ大き目の街へ出発しようね!」
「「は、はい、旦那様!!」」/「はい、ご主人様☆」
夕暮れが近づき、オレンジ色の美しい光が差し込む中、一行は洞窟を後にして、次の目的地である街へと元気よく歩みを進めるのであった。
サトウの財布は残り「320ガルム」という極貧状態のままであることを、雇用人たちはまだ誰も知らない――。
次回、1章ラストですー。ここまでお読みになられた方!本当にありがとうございます。1章のラストにふさわしい回に仕上がったと思いますが楽しみにしててください。




