第16話 魔法炸裂と3人のパニック?
約束通り朝日が昇る前にやってきたサトウ。昨日みんなには、残り1120ガルムと告げたがお弁当を作るという事は材料を買わなければならないことを失念していた。ログインして材料を買い今はもう320ガルムしかなかった。
「今日、みんなを働かせるから300ガルムは渡せるけど……明日の為にも今日は成功させようかぁ」
サトウは呟きながらリビングの机に向かい歩き始め、そのまま机の上にいくつかの簡易食材を並べ始めた。まだキッチンをリフォームしていないため、リビングの机の上が唯一の広々とした作業スペースなのである。
サトウがお弁当のメニューを選択して、調理の決定操作を行った。
その瞬間、空間が烈しく揺れ、ソファで丸く眠っていたマオとユウ、すやすやと眠るフィースを起こしてしまうが、料理のことで頭がいっぱいだったサトウは気づいていなかった。
サトウの周囲から、天地を揺るがすほどの漆黒の煙がゴウゴウと盛大に立ち上り、リビングを一瞬にして真っ黒に染め上げたのである。サトウの前にはのんびりとした調理の進捗を示す明かりが灯っているだけだが、リビングの空間は一瞬にして「禁忌の超効率クラフト場」へと変貌を遂げていた。
まず最初におじさんが手にしたのは、パン数枚分の予算を投じて購入した「加工肉」である。おじさんがウインナーの端へ十文字の切れ込みを入れて調理を進める。
すると、ゴウゴウと立ち上る暗黒の煙の中で、ウインナーの切れ込みがまるで生々しい触手のようにうねり、禍々しい紫色の光を放ち始めた。
((ひ、ひえぇぇぇーーーッ!!! 急に魔力を全開放したと思ったら、調理場すら使わずに、虚空の黒煙から直接ウインナーの形をした『異界の多触手神クラーケンの呪詛肉塊』みたいなヤバすぎるバグ料理を錬成し始めたわァァァ!!! これ、つついたら吸盤が動いたわよォォォ!!! 食べたら一瞬でデバフがかかる恐怖のおかずに違いないわァァァ!!!))
マオとユウがその多触手ウインナーの悍ましい光景に泡を吹いてガタガタと抱き合う中、サトウは「おっ、タコさんウインナーの形、綺麗に開いたじゃないかぁ」と、のんびりと満足げに微笑んでいる。
続いておじさんが選択したのは、「生の鳥の卵」である。卵を器へと割り入れ、じっくりと火を通していく。おじさんにとっては「ちょっと形は焦げちゃったけど、甘めの味付け」にするための、ただの一般的な調理だった。
だが、その瞬間、おじさんの指先から放たれた調理の光が、リビングの空間で悍ましい暗黒の波形へと増幅された。黄金色に固まっていく卵は、触れた者のステータスを無限に吸い尽くすかのような、禍々しい『黄金の魔力遮断結晶』という見た目だけが変貌していく。
((あ、甘い匂いはするのに、頭の中の警鐘が最大出力で鳴り響いてるわァァァ!!! 違う、これは脳の防衛本能を麻痺させる甘美な劇薬の味よォォォ!!! 体中から魔力がごっそり引き抜かれていくのがわかるのに、箸を持つ手が止められなくなる未来しか見えないィィィ!!!))
マオとユウが涙を流す中、サトウは「うん、卵焼きもバッチリだねぇ。やっぱり卵焼きは甘い方が美味しいよねぇ」と、お弁当箱へ綺麗に詰め込んでいく。
最後にサトウが取り出したのは、パン1枚分と同等の価格の「ブロッコリー」である。おじさんは茹で上げたブロッコリーの上へ、さらに白いマヨネーズを添える操作を行った。
だが、マオたちの目の前で吹き荒れる漆黒の煙の奥に顕現したのは、ひと噛みで精神を極限まで汚染し尽くす『腐海の世界樹の幼生』にしか見えなかった。その上にドロリと乗せられた白い液体は、どう見ても悍ましい毒素を分泌する暗黒物質にしか見えない。
((な、何なのあの白いネバネバしたネクロプラズムみたいな分泌液はァァァ!!! 噛んだ瞬間、口の中に大自然の猛威と絶望が広がって一瞬でバステ(状態異常)にかかるわよォォォ!!! あんな恐ろしい料理を、あのオーナーは『マヨネーズつけると美味しいよねぇ』って平然とした顔で微笑みながら語りかけてるわァァァ!!!))
まだ日が昇る前の早朝、窓から薄すらと朝焼けの光が差し込む中、リビングはゴウゴウと立ち上る黒煙と、マオたちの決死の悲鳴で完全に支配されていた。だが、フィースだけは、おじさんの指先から次々と生み出される見た目がヤバすぎるお弁当の具材の数々を、うっとりと瞳をハート型にして見つめ続けていた。
(あぁ……! 調理場すら持たずとも調理する力、野外サバイバルを模した気高き儀式……! おじ様の愛が詰まったそのタコさん、そして黄金の結晶……! 今日のダンジョンで丸ごと愛おしそうに頬張ったら……あぁ、悦に浸ってしまいます……!)
サトウは「よし、自分の分とみんなの分のお弁当、4個分バッチリ完成だね!」と満足げに立ち上がった。おじさんが調理を終了したため、リビングを包み込んでいた凄まじい黒煙は、空間から綺麗さっぱりと霧散していった。
「よし、これで全員分のお弁当ができたぞぉ。俺の分、マオくんの分、ユウちゃんの分、そしてフーちゃんの分で、合計4個, だね!」
サトウは満足そうに微笑むと、机の上に並んだ4つの愛らしいお弁当箱へと手を伸ばした。
通常、水分や具材が異なれば個別スロットを占有するのがシステムの絶対ルールだが、今回はみんなが同じ食材のため、サトウはただ単に「同じお弁当だしね」という究極にゆるい私感だけでそれらを掴み――自身のインベントリへと放り込んだ。
【システムログ:『お弁当(サトウ特製)』×4 ➔ 1スロットに格納されました】
何気なく開かれた半透明のシステムウィンドウの中で、4つの弁当箱のアイコンが綺麗に重なり、その右下に小さな『4』の数字が刻まれる。
サトウの手によって机の上の物体が音もなく虚空へと吸い込まれた瞬間、背後に直立していた【雇用人】たちの脳内に、凄まじい衝撃波が駆け抜けた。泥臭い重量制限の中で生きる戦闘職のマオやユウにとって、目の前で起きた「予備動作なしの質量の完全消去」は、戦慄以外の何物でもなかった。
((ひ、一瞬で4個の質量を消去した……!? 嘘、だろ……ッ!? 商人のように荷車を引くわけでもなくカバンすら持たず、通常の戦闘職には絶対に不可能な『空間収納』を平然と使い、空間の歪みごと一気に圧縮したのか……!? これが、これが世界を裏から支配する、神の領域の高度な空間制御――いや、我らとは違う超越者というやつかァァァ!!!))
マオとユウは、泡を吹きそうなほどの絶望に全身をガタガタと震わせ、思わずお互いの肩をガッチリと掴み合って脳内で絶叫ハモりを響かせた。あの悍ましい多触手神の呪詛肉塊や劇薬の結晶を、あろうことか一箇所に超高密度で封印してみせたのだ。解き放たれた瞬間に世界が滅びてもおかしくない。
しかし、その斜め後ろで二人と同じ光景を見ていたフィースの脳内は、全く異なる輝きに満ち溢れていた。正式実装されたシルキー族として、自身も荷車要らずの【収納(熟練度最大)】という上級の空間管理スキルを所持している彼女だったが、その思考は完全に主への狂信で染まっている。
(ふぅ〜……やはりおじ様は、私の知らない未知の領域にある別館を持つお方、先見の明をお持ちのご主人様なのですね……! 収納のプロである私から見ても、なんという深い圧倒的な計画性なのでしょう、うっとりですわ……! )
フィースは両手を頬に当て、瞳を完璧なハート型に変えて深く狂信の吐息を漏らす。
わずか1スロットにすべてを収めるスマートさ。これぞ一流の主の嗜みであると、その都合の良いフィルターは全開であった。
「さーて、荷物もスッキリしてるし、みんなで元気に出発しようかぁ!」
サトウは笑顔でみんなへ合図を出し、ピクニックへ出かけるかのような軽い足取りで、なんちゃって魔王城の扉を開けた。
僻地から街へ向かう街道をのんびりと歩きながら、サトウは「なんだか本当にハイキングみたいじゃないかぁ」と鼻歌交じりに進んでいく。
その後ろを、フィースは楽しそうにマオとユウは今にも心臓が口から飛び出しそうなほど顔面を蒼白にさせ、必死の形相で追従していた。
やがて、目的のダンジョンへと足を踏み入れる。
薄暗い洞窟の奥へと進むと、サトウにとってはちょうどいい手応えの素材稼ぎの場なのだが、レベル5の初期スペックにあたる二人のマオとユウは、ダンジョンの重苦しい空気のプレッシャーだけで早くも限界突破する勢いであった。
ゴツゴツ……カサカサ……。
「おや、あそこにロックスライムとトカゲがいるじゃないかぁ。ちょっと二人とも、あそこの素材を取るのを手伝ってくれるかなぁ?」
サトウが何気なく指をさした先から、頑丈な岩石の欠片を身体に纏っているロックスライムと、凶暴に顎を鳴らす大トカゲとの群れが突去として姿を現した。
「ひ、ひぃっ!? リザードモンスターだと!?」
「下がれユウ! 私の後ろに……いや、お前が前に出ろ!」
「何を言っているのよマオ! あなたが盾になりなさいよ!」
元魔王と元勇者という世界最高峰のツートップのはずの二人は、武器すら持たない素手の状態。
硬いロックスライムを殴ろうとしては「あだっ!?」と拳を痛めて涙目になり、トカゲの鋭い尻尾攻撃にビビり散らして、お互いの服を引っ張り合いながら地面を無様に転がりまわった。
「「ひぃ、ひゃぁぁぁ」」一ミリも、本当に一ミリも役に立たない。
「おやぁ? 二人とも朝から元気いっぱいにじゃれ合って、本当に仲良しで真面目ないい子たちだなぁ!」
プロレスごっこでもして自分を和ませてくれているのだと勘違いしたサトウは、微笑ましそうに目を細める。
だが、その無様な醜態を静かに見つめる影が一つ。
「――おじ様に、これ以上の恥をかかせることは許されません」
フィースが、すっと前に出た。
彼女が手にするのは、レイピア(縫い針)。
だがその実、宮廷給仕メイド長の実力が、通常魔法『トーチ(火加減調整)』をスタイリッシュに極大駆動させる!
ゴォォォォォォォォォッ!!!
「火加減の調整」という極めてありふれた生活魔法のはずだった。
しかし、レベル35の彼女から放たれたそれは、ダンジョンの冷気を一瞬で蒸発させ、頑丈なはずのロックスライムをドロドロの液体へと溶かし、トカゲの群れを骨ごと跡形もなく焼き尽くす圧倒的な大爆炎の渦となって洞窟の奥まで一直線に吹き荒れた!
一瞬にして静寂が戻ったダンジョン。
魔物のいた場所には、ただ綺麗な消し炭のあたりを見渡して、その表情をガクンと曇らせた。
「あ、あれぇ……? フーちゃん、張り切りすぎちゃったのかなぁ? でも素材が無いとお金稼げなくなるから、火加減は弱めにね」
雇用費のピンチを脱出するための素材稼ぎだったのに、一ガルムにもならない消し炭だけが残された光景に、サトウは両肩を落として露骨にがっかりとうなだれてしまった。
「――あっ!?」
サトウの落胆した姿と「火加減は弱めにね」という指示を聞いた瞬間、フィースは顔を深刻にして慌てふためいた。
ご主人様であるサトウを喜ばせたい一心で張り切りすぎた結果、大切な財産を完全に消滅させてしまったことに今更気づいたのだ。
「ご、ご主人様……! 申し訳ありません、フィース、お掃除に夢中になりすぎて火加減を間違えてしまいました……! 欲張って全部一気に片付けようとしたフィースの、めっ、ですわ……! 」
フィースは涙目で両手をグーにすると、自分の頭の横で小さく「めっ!」とポーズをとりながら恥かしそうに身を縮めた。
サトウの手前で失態を犯したメイド長としての、彼女なりの切実な猛省のしぐさだった。
「あはは、いいんだよぅ。フーちゃんが安全ならそれが一番じゃないかぁ。次はちょっとだけ火加減を優しくしようねぇ」
その愛らしい「注意めっ!」にすっかり毒気を抜かれたサトウは、すぐにいつものホワイトな笑顔を取り戻して優しく微笑んだ。
一方その頃。
その圧倒的な火力による完全消滅の光景と、その後の信じられないやり取りを地面に転がった状態の特等席で見せつけられていたレベル5の二人は、開いた口から今度こそ魂が完全に抜けかけていた。
((な、なにあれ……素材が残らないほどの完全消滅攻撃……。しかもあの超越者、あの領域の破壊神を一言でへこませて、あまつさえ『強すぎるから出力を制限しろ』と平然と制限を命じて完全に手懐けているぞ……!?))
サトウの底知れない精神的プレッシャーと、フィースの戦慄のコンボに、完全に同じ絶望と恐怖を脳内で盛大にハモらせるマオとユウ。
そんな彼らの青ざめた顔に気づくこともなく、サトウはインベントリのゆとりから、いそいそとシートを取り上げて地面に広げた。
「さあ、素材はまた後で集めればいいじゃないかぁ! フーちゃんのおかげであっという間に安全になったし、お待ちかねの美味しいお弁当タイムにしようね! タコさんウインナー、みんなで仲良く食べようかねぇ」
どこまでもピュアでホワイトなサトウの笑顔が、絶望に染まったダンジョンの空気をゆるく包み込んでいく。
サトウの手によって、4つの木製お弁当箱の蓋が次々とパカリと開けられた。
((ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?))
その瞬間、マオとユウは息が止まるほどの凄まじい威圧感に直撃した。
今朝、自分たちの目の前でサトウが手ずから製造していた、あの世界滅亡級の超兵器が、再度その禍々しい全貌を現したのだ。
「これ、つついたら吸盤が動いたわァァァ!!! 食べたら内から乗っ取られ自動人形にされちゃうぅぅぅ!!」
箸を持つ手をガタガタと激しく震わせながら、マオとユウは脳内で同時に絶叫した。
サトウが作った可愛らしい「タコさんウインナー」。
しかし二人の絶望フィルターを通すと、それはうごめく異界の多触手神『クラーケン』の呪詛肉塊にしか見えない。
恐怖のあまり硬直する二人を余所に、フィースだけは頬を薔薇色に染めていた。
(あぁ〜、おじ様の愛のタコさん……! なんて愛おしい形状なのでしょう……! )
フィースはうっとりと狂信の眼差しを向けると、その呪詛肉塊を丸ごと愛おしそうにパクリと頬張った。
その瞬間、彼女の全身から凄まじいオーラがブワリと立ち昇り、マオとユウはさらに恐怖で顔を引きつらせる。
「ちょっと焦げちゃったけど、甘めにしておいたよ!」
サトウは形が少し不格好な「卵焼き」を箸で持ち上げ、二人に優しく微笑みかける。
だが、その黄色い塊こそ、触れた者の魔力を無限に吸い上げるという恐怖の『黄金の魔力遮断結晶』だった。
「甘い!? 違う、これは脳の警戒シグナルを麻痺させる甘美な劇薬の味よォォォ!!! 体中から魔力が引き抜かれてない……美味くて箸が止まらないィィィ!!」
涙目で決死の覚悟を決め、その卵焼きを口に放り込んだマオとユウの脳内ハモりが再び炸裂した。
魔力を根こそぎ吸い上げられるような戦慄が体中を走るのに、サトウの絶妙な味付けのせいで強制的に箸が動かされてしまう。
これぞ暗黒の呪縛である。
「マヨネーズつけると美味しいよねぇ」
さらにサトウは、彩りのために添えた「ブロッコリー」に、白いマヨネーズをニュルリとかけて促した。
「この白いネバネバした暗黒物質は一体何!? ひと噛みした瞬間、口の中に大自然の猛威が広がっていくわァァァ!!」
ひと噛みしただけで精神を汚染する『腐海の世界樹の幼生』と、そこに注がれた毒素の分泌液。
それを同時に噛み潰した二人は、口いっぱいに広がるあまりの濃厚な大自然の旨味と恐怖のコンボに、ゴロゴロとシートの上をのたうち回りそうになるのを必死で堪えた。
「うーん! やっぱり外で食べるお弁当は最高じゃないかぁ。みんなも美味しいみたいで、おじさん頑張って作った甲斐があったよぅ」
涙目でガタガタと震えながら、凄まじい勢いで弁当を平らげていくマオとユウの姿を見て、サトウは「みんな大喜びだなぁ」と大満足の笑みを浮かべる。
世界を滅ぼしかねない三つの超兵器を涙目で咀嚼しきった元魔王と元勇者は、完全に魂が抜けきった顔で空になった弁当箱を見つめ、脳内で手を取り合うようにハモるのだった。
((生き残った……。私たちは今、あの超越者の肉体を内側から取り込むという、恐るべき儀式を完遂してしまったのね……!))
どこまでもピュアでホワイトなサトウの笑顔と、神聖な供物を全て胃袋に収めてうっとりと至福に浸るフィース、核心的な絶望の底で真っ白に燃え尽きたマオとユウ。
異様なすれ違いの熱気に包まれたダンジョンの片隅で、彼らの健康的でお腹いっぱいなランチタイムは、静かに過ぎていくのだった。
あるえ?文字数がばばば・・・オーノー(∩´∀`)∩テンポ良いから読めなくもなくもなくもない?
残り2話で1章完結です。読んでくださってる方ありがとうございます!




