11話自爆と爆弾
主要キャラクターの全員に逃げられるという前代未聞の大不祥事に直面した運営陣は、最悪の力技に出ることにした。
お得意の突貫工事による、キャラクターの総入れ替えである。
さらに運営陣は、逃げ出したオリジナルのマオたちが万が一にも最前線に戻ってきて、新キャラクターたちと鉢合わせしてシステムが大バグを起こすことを恐れた。
「よし、今回のアップデート場所である最前線エリアに一部入場規制をかけろ!」
「元の魔王や勇者たちの固有識別データを弾くようにして、二度と最前線に入場できないようにシャットアウトするんだ!」
長時間の突貫アップデートが待ち受けていた。
運営のキーボードを叩く音が激しく響いた後、何も知らないプレイヤーたちの画面には、もっともらしいアナウンスが流れた。
【緊急アップデート:次回イベントのお知らせです。魔王は第二形態へと変化するために、ダンジョンの奥深くへと進みました。勇者たちが,それを追撃中です! なお、最前線の一部エリアを安全対策のための入場規制を実施いたしました。なお緊急の為、開放にしばらくお待ちください。】
――それから、丸三日の月日が流れた。
あの大不祥事の夜から始まった地獄の突貫アップデートも完全に落ち着き、最前線には身代わりである第二世代の偽物NPCたちが何食わぬ顔で配置され、イベントは何事もなかったかのように進行していた。
深夜のゲーム運営会社、サーバー監視室。
コーヒーを片手にモニターを眺めていたチーフプログラマーは、連日の徹夜の疲れをにじませながらも、満足げにふっと鼻を鳴らした。
「……ふぅ。あのボイコット騒動の時はどうなることかと思ったが、入場規制のおかげで一般ユーザーには不自然さを完璧に隠蔽できたな。オリジナルの連中の固有識別データも永久にシャットアウトしてあるし、万が一にも戻ってくる心配もない。完璧な火消しだ」
「本当にそうですね、チーフ。あのオリジナルたちが最前線から消えてから今日で三日……システムログにも一切の動きはありません。完全にどこかの僻地でデータが浮いたまま、大人しく消滅を待つだけの存在になったんでしょう」
サブプログラマーの言葉に、チーフは深く背もたれに体重を預けて安堵のため息を漏らした。
あのブラックな夜を乗り越え、ようやく掴み取った平穏。
「よし、これで今夜こそは全員まともに仮眠が取れそうだな。残ったコーヒーを飲み干したら、一斉に仮眠室へ――」
チーフがのんきに伸びをした、まさにその瞬間。
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコピコピコピコン……ッ!!!
静寂に包まれた監視室に、ゲーム内の不具合報告ではなく、動画共有サイトおよびSNSの拡散状況を監視している自動アラートシステムが、鼓膜をぶち破るような大音量で無慈悲に鳴り響いた。
「……っ!? なんだ急に! 攻略クランの生配信で何かバグでも映り込んだか!? どれどれ……」
チーフプログラマーは慌てて、アラートが検知した大手動画サイトにアップロードされたばかりの、一本の一般投稿動画をクリックした。
それが、三日前に完璧に隠蔽したはずの「あの夜のやらかし」を全プレイヤーの目の前に白日の下に晒す、超弩級の核爆弾だとも知らずに。
液晶画面が明るくなり、スピーカーから溢れ出してきたのは、動画の撮影主である一般プレイヤー『サトウ』の、どこまでも健康的で能天気なホワイトボイスだった。
『まずはみんなの簡単な自己紹介の挨拶からだね。それから……うん、画面の向こうの運営さんへ、マオくんとユウちゃんとの出会いや、あの若葉の森でのフーちゃんとの出会いっていう、こんなに素敵な神イベントを用意してくれてありがとう! って感謝の気持ちをしっかり伝えようじゃないかぁ!』
「ひっ、ひぎぃぃぃぃっ……!!!???」
そののんきな声が響いた瞬間、チーフプログラマーは喉の奥から変な悲鳴を上げ、持っていた安コーヒーを液晶画面へと全力で吹きこぼしながら床に崩れ落ちた。
「ち、チーフ!? 急にどうしたんですか、ただのファン動画じゃないですか!」
「バ、バカ野郎ッ! 画面を見ろォォォーーーッッ!!! これ、世界中に一般公開でアップロードされてやがるんだぞォォォーーーッッ!!!」
パニックを起こしたチーフが震える指で液晶画面のコーヒーを拭い、大写しになった映像を直視した瞬間、そこにいた運営スタッフたち全員の血の気が一瞬で引き、完全な彫像のように凍りついた。
漆黒の大理石魔法陣の床、シックな黒塗りの高級感あるウッド調の4本足、床と同じく怪しい紋章や発光ラインが走る大理石調の天板が載った机を背にユウとフィースは手をパチパチ鳴らしていた。
『ユウちゃん、フーちゃん、もっとこっちに寄って! はい、笑顔で手をパチパチ~!』
笑顔の圧に逆らえず、ユウは引きつった笑顔を作り、必死に手をパチパチと振る。液晶画面のその隣で、フィースはさらなる妄想でうっとりと目を回して暴走していた。
空間の外では、メイド服の2人の狂気的なパチパチ光景を見つめながら、マオが完全にフリーズしていた。
『おや、マオくんはどうしたんだい? 執事のマオくんも、このボロ屋敷の大事な大黒柱なんだからね! ほら、男らしくビシッとカメラの前に立って、運営さんにカッコいいところを見せてあげなきゃダメじゃないかぁ!』
あまりの拷問宣告にマオが完全に魂の抜けた彫像のように硬直すると、サトウはその姿を初々しい緊張だと勘違いして、さらに満足そうに笑顔を輝かせた。
『ハハハ、マオくん、緊張してカチカチじゃないかぁ! でもその真面目そうな執事の立ち姿、すごく絵になってるぞぉ! うんうん、みんな最高に良い表情だ! バッチリ撮れてるよ!』
「な、何ですかこの映像……って、嘘だろ!? なんで三日前のあの夜、最前線の戦闘エリアから忽然と姿を消して行方不明になっていた、お助け最高峰NPCの『勇者ユウ』と、プレイヤーたちを全滅させ続けていた本物の『魔王マオ』が、初期エリアのあの『なんちゃって魔王城』で一緒に撮影されてるんだよォォォーーーッ!!!」
「ち、チーフ! サトウの過去三日間のシステムログの解析が出ました!! 奴の行動足跡、完全に常軌を逸していやがります……っ!!」
サブプログラマーが真っ青な顔で弾き出した詳細なタイムラインログをメインモニターに大写しにする。
そこには、運営が突貫工事の連続でデッチ上げたシステムの隙間で発生した、恐るべき大バグの全貌が記録されていた。
「み、見ろチーフ! 一日目の夕刻、俺たちが最前線でサイレント修正を繰り返して大混乱に陥っていたまさにその同じ瞬間に、サトウはすべての隠し実績を同時に満たして『なんちゃって魔王城』を購入、リフォームの開始を宣言していやがります! そこへ最前線から脱走してきたユウを即座に引き込み、リビングに潜伏していたマオにあの調印書を突きつけて強制サインさせてるんだ!! その夜はあえて穴だらけのボロ屋のリビングで一日明かし、俺たちの警戒を完全にスルーしやがった!」
「それだけじゃねえ!! 恐ろしいのは二日目の朝だぞ!! ログインしたサトウは、リビングの掃除を口実に、管理画面の『一括スキル補助機能のボタン』を起動していやがる!!」
「あっ、あの一括補助ボタン……っ!! 今回の突貫アップデートのバグで、初期エリアのハウジング画面にエラーで露出したまま消し忘れてた、開発用の強制駆動コードじゃないですか……っ!!」
「そうだ!! 奴がそのボタンを押した瞬間、購入し開放者の限定初回アイテムであるあの調印書の効果で一般人に戻されレベル1職業は執事に変更、ユウはメイドに変更されていた二人の肉体が、熟練度マックスの掃除スキルで強制駆動され、信じられない爆速で経験値を吸い上げ始めやがったんだ!!」
チーフプログラマーが胃を押さえて血の涙を流す中、モニターの動画ログには、まさにその大バグが処理される決定的な瞬間が映し出されていた。
「ひ、ひぎぃぃぃぃーーーッッ!!! 俺たちがやらかした消し忘れのバグボタンで一般人のレベル1に落としたはずの魔王と勇者を強制駆動し、職業レベルを5に上げてシステムに存在しない特殊職業へクラスチェンジさせて【『覚醒』】させやがったんだ!! さらにその二日目の昼、奴は二人を連れて『若葉の森』へ出陣して、初期エリアのデータベースの奥底に埋もれていた未実装のシルキー族NPCを見つけ出してやがる!!」
「ち、チーフ! その未実装キャラの調印ログ、俺たちの作った限定初回アイテムのコードが完全に逆流して大暴走を起こしてやがります!!」
「何だと!? ……な、何だこの処理結果はァァァーーーッッ!!! レベル1に落ちるどころか、逆流バグで限界突破して『基礎レベル35・職業レベル50』の上級職『宮廷給仕メイド長』に超絶進化して、生活魔法まで完全実装されてるじゃねえか!! あいつ、魔王と勇者を監視・統率するための完全無欠の『超有能メイド長』を現地で独自ビルドしやがったんだ!!」
液晶画面の向こうで、圧倒的なスペックの暴力に鼻で笑い返されて完全にマウンティングをキメられている元魔王と元勇者の姿を見つめながら、チーフプログラマーの絶望の悲鳴が深夜のサーバー監視室に再び木霊した。
「一発破産……! 我が社が一発破産しちまうぞォォォーーーッッ!!!」
大写しになったサトウの動画(●REC 00:03:45)の裏で、システムログは残酷な現実を淡々と刻み続けている。
最前線から消えたはずの本物の魔王と勇者が、初期エリアの僻地にある『なんちゃって魔王城』で、バグで爆誕した超有能なメイド長フィースに鼻で笑われながら完璧に飼い慣らされている。この動画が「運営のやらかし」として大拡散されれば、会社は確実に終わる。
「ち、チーフ! 泣いてる場合じゃありません! とにかく一般プレイヤーたちに、この動画が『本物のバグ』だと気づかれる前に、力技で揉み消すための隠蔽工作を打つしかありません!」
サブプログラマーが涙目でキーボードを叩き、メインモニターに広大な『ファンタジー・ワールド』の世界地図を展開した。
画面には、最前線のイベント場所から、三つの前線都市の街を通り、一般プレイヤーがまだ誰一人として見つけられていない、隠し要素の塊である『なんちゃって勇者の小城』が表示される。そこから関所を越え、いくつもの街や村を点在させながら、初期エリアの『最初の街』へと至る境界の関所が繋がっている。さらにその『最初の街』から、一般プレイヤーが効率の悪さゆえに見向きもしない、僻地へ向かう寂れた街道の最果てに、隠し要素の『なんちゃって四天王の砦』と『なんちゃって四天王の監視塔』が潜み、そのすぐ先にサトウの購入したボロ屋敷、すなわち『なんちゃって魔王城』が地続きの構造として鎮座していた。
「み、見ろ! 最前線からサトウのボロ屋敷までは、いくつもの街や関所を挟んで、世界構造の真逆の最果てに位置している! これだけ距離が離れていれば、まだ一般プレイヤーのほとんどは全貌を把握できていないはずだ!」
チーフプログラマーは赤くなった目でモニターに飛びついた。
「だったら……そうだ! 突貫工事でデッチ上げたあの『二代目勇者』を、今すぐこの『なんちゃって勇者の小城』へ強制進軍させろ! 『魔王を追撃する前に、まずは隠しエリアの小城にて装備を整える神聖な儀式である!』とかなんとか、公式アップデートの大型クエストに見せかけて大々的にアナウンスを流すんだよ!」
「なるほど! 一般ユーザーの目には、この小城の攻略こそが『公式が用意した最前線のメインイベント』だと映るわけですね! サトウがアップした動画は、ただの『運営が仕込んだ事前告知用の特殊なタイアップタイトルの演出動画』だと思い込ませて煙に巻くと!」
そのセコすぎる隠蔽の計略が決まった瞬間、サブプログラマーがハッと表情を強張らせ、冷や汗を流しながらシステムログの一角を指差した。
「だ、ですがチーフ……ッ! 重大な不具合を忘れています! あの二代目の美少女勇者、外見のモデリングこそ本物とそっくりに急造できましたが、中身の独自AIの調整を完全にすっ飛ばしたせいで……手元にあった『ゴロツキの盗賊(男)』の思考ログをそのまま流用しちまってますよ!? 中身がクソのドクズなオッサンのままだ!」
「背に腹は代えられんッ! 見た目さえ可憐な美少女なら、プレイヤーなんて簡単に騙される! それに、二代目が単独で小城に進軍したという嘘の設定のままだと、後から『イベントの進行が不自然だ』と検証勢に突っ込まれるリスクがある。……よし、最前線にいる、その辺の目についた一般プレイヤーどもを何人か適当に巻き込んでパーティーを組ませろ!」
「えぇっ!? 一般ユーザーを二代目のパシリにするんですか!?」
「そうだ! 二代目のクソドクズな中身を利用して、プレイヤーたちに『攻略前の装備を整えるための素材を集めてこい!』と命令させてパシリに使い、小城で見つけた金目のものやレア装備はすべて二代目の懐に入れさせろ! そして、いらないゴミ同然の不要品だけを『勇者の恩恵である!』とドヤ顔でプレイヤーたちに分け与えればいい! プレイヤーどもは『美少女勇者ちゃんから直接お下がりアイテムを貰えた!』と頭のハッピーな勘違いで大喜びして、SNSのスレッドで自慢の書き込みをしてくれる最高のサクラになる!」
「う、醜い……あまりにもゲスでブラックな解決策ですが……しかし完璧に一般ユーザーの目を最前線の小城へ釘付けにできますね! そのまま、魔王のいるダンジョンの奥深くへと進む流れでイベントを無理やり固定します!」
深夜の監視室で、徹夜の不眠症デバフに蝕まれた運営陣は、一斉に狂ったようにキーボードを叩き始めた。
初期エリアの僻地で、サトウおじさんがただ偶然にバグボタンを見つけ、みんなで仲良くお散歩やお買い物を楽しみながら、本物のマオとユウを爆速で特殊職業【魔王執事】【勇者メイド】へ完全覚醒させているとは夢にも思わずに。
ブラック運営陣の脳内フィルターにおいては、この『二代目ドクズ美少女勇者によるプレイヤー搾取パシリ進軍』という最悪の悪あがきこそが、会社を破産から救う唯一の絶対防壁であると信じ込まれていた。
「二代目勇者パーティー、一般プレイヤーを拉致して『なんちゃって勇者の小城』へ進軍開始! 公式アナウンス、およびSNS監視ログの偽装、すべて一斉にスタートォォォーーーッッ!!!」
こうして、初期エリアのなんちゃって魔王城で繰り広げられる「究極にホワイトで平和なDIYライフ」の裏側で、最前線の地続き構造の闇からは、外見美少女・中身ドクズ男の二代目勇者という、とんでもない爆弾NPCが一般プレイヤーをパシリに従えて動き出すという、最凶のすれ違いドタバタコメディーの導火線が、運営自らの手によって盛大に点火されてしまった。
サーバー監視室のモニターの明かりだけが、血の気の引いた運営陣の顔を青白く照らし、静かに凍りついていった。
んーリフレッシュ回楽しかった。メイン回は次回です。お楽しみに




