89.ノワール領出発
ヴェイロン公爵領へ向けた出立の日。
ノワール邸の正面には二台の馬車が用意され、その周囲では王都の騎士に混じり、ノワール騎士団の面々が出発の準備を進めていた。
屋敷の前にはノワール一家が勢揃いしており、子供たちの姿まであった。
「エレナ叔母様、もう行っちゃうの?」
エドガーがエレナの服の裾を引っ張りながら尋ねてくる。
「うん。また休みになったら帰ってくるね!」
「僕も行きたい!」
「エドガーも王都に遊びにおいでよ。ロイド兄様に連れてきてもらえばいいし」
「父上に頼んでみる!!」
「その前に、ちゃんとお祖父様やお父様、叔父様たちの言うことを聞いて訓練に励むんだよ」
「わかった!!」
途端に目を輝かせたエドガーに、横にいたカイルが愉快そうに頭を撫でた。
「よし、じゃあ帰ったら乗馬の稽古を増やすか!」
「やったー!」
そんなやり取りをしている間に、出発の準備が整ったらしい。
グレンがアレクシスの前へ進み、挨拶をする。
「殿下、この度は我が領へお越しいただき、ありがとうございました」
「ああ。こちらこそ世話になった。騎士団の訓練にも参加させてもらい、いい経験になった」
「そう仰っていただけるなら何よりです。また機会がありましたら、ぜひお越しください」
グレンの言葉にアレクシスが口元をゆるめると、後ろで控えていたセドリックの顔が若干引き攣るのがわかった。
その様子にロイドが肩を揺らすと、気まずそうに顔を逸らした。
ロイドはひとしきり笑うと、改めて王都から来た一行を見る。
「この度はお越しいただきありがとうございました。俺たちも随分楽しませてもらった。父上が仰った通り、また是非お越しください。いつでも歓迎いたします」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございました」
セドリックが表情を戻し答えると、ルシアンとカイも軽く頭を下げた。
「またいつでも来てくださいね!」
カイルも笑顔でルシアンとカイの肩を順番に叩く。
「次に来る時も、よろしくお願いします」
「楽しみにしてる!」
そのやり取りを聞いていたエレナは、思わず顔をしかめた。
「……カイカイ、そんなこと言ってたら次に来た時は、帰してもらえなくなるよ?」
何とも言えない顔をしたエレナの横で、ロイドとカイルは楽しそうに笑っていた。
そんな一同の前へ、クラリスが笑みを浮かべながら進み出た。
「殿下、皆様。この度はお越しいただきありがとうございました。道中お気をつけてお帰りください」
クラリスが丁寧に頭を下げると、アレクシスもそれに応じるように深く頷く。
「こちらこそ、ノワール夫人には大変世話になった」
「いえ、とんでもございません。それから……騒がしい娘ですので、王都でも何かとご迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「……母上?」
突然母の言葉にエレナが気まずそうにクラリスを見る。
「エレナ。皆様にご迷惑をおかけしないようにね」
「……はい」
大人しく返事をしたエレナに、隣にいたシャルロットが肩を揺らす。
「ちょっと、シャル!」
「何も言ってないわよ?」
「顔が笑ってる!」
「二人とも仲が良いことで」
じゃれ合う二人を温かい眼差しで見つめながら、クラリスはシャルロットへと視線を向けた。
「シャルも、道中お気をつけてね。お父様とお母様にもよろしく伝えておいてちょうだい。またいつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます。また次の休暇には伺いますね。父たちも落ち着いたら訪れたいと言っていたので、連絡がいくと思います」
穏やかに話をしている二人のかたわらでは、リリアナとイザベラがエレナに声をかけていた。
「また王都でね!」
「リリもベラも、帰る時は気をつけてね」
「二人もヴェイロン領で楽しんできてね」
イザベラの言葉に、エレナはパッと表情を明るくして頷く。
「ありがとう!王都に戻ったら、ヴェイロン領の話をたくさん聞いてね!」
「もちろん!お土産も楽しみにしてるわ」
リリアナは嬉しそうに頷いた後、出発の準備を終えたアレクシスたちのもとへ、イザベラと共に歩み寄った。
「殿下、ルー、カイカイ、セドリック様も、気をつけて帰ってね!」
「ヴェイロン領も楽しんできてください」
「ありがとう。二人も気をつけて帰るといい」
「またアカデミーで会いましょう」
イザベラとリリアナの言葉にアレクシスとセドリックが応じ、アカデミーでの再会を約束する。
「そろそろ出発するぞ」
アレクシスの声がかかり、一行はそれぞれ馬車へと向かう。
「エレナ!」
背後から声がして振り返ると、ロイドとカイルがこちらを見ていた。
「向こうでも元気にやれよ!」
「あんまり無茶するなよ!」
「それ、兄上たちにだけは言われたくないんだけど!あ!次王都にくる時は手紙は事前に送ってね!姉上も遊びにきてね!」
エレナの言葉に兄たちと姉は穏やかな表情で見送る。
「じゃあ、行ってきまーす!」
馬車へ乗り込むと、向かいに座ったシャルロットが窓の外へ手を振る。
やがてカイをはじめとする騎士たちが馬を進め、二台の馬車もゆっくりと動き出した。
「エレナ叔母様ー!またねー!」
「またねー!」
遠ざかる屋敷の前で、エドガーが大きく手を振っているのが見え、エレナも窓から身を乗り出すようにして振り返す。
見送るノワール家の人々とリリアナ、イザベラの姿を背に、やがて馬車は屋敷の門を抜けて街道へと進んでいった。
「久しぶりのヴェイロン領だね!」
「久しぶりに一緒に帰れるのが嬉しいわ」
「私も!着いたら街にも行こうね!」
「もちろん!」
そんな会話を交わしながら、二人を乗せた馬車はヴェイロン公爵領へと向かうのだった。
*エドガーはロイドの息子です
次はシャルの実家に行きます




