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85.距離感


あの模擬戦から数日が経った頃、アレクシスとルシアンはその後も騎士団の訓練に参加していた。最初こそ楽しんでいた二人も、日に日に厳しくなっていく容赦ない訓練に付き合い続けた結果、段々口数も減ってきていた。


そんなある日、夕食を終えたエレナは夜の庭を散歩していた。日中に比べ随分涼しくなった風が気持ちいい。長期休暇ももうすぐ終わるので、そろそろ王都に帰る準備をしなくてはならないと思いを馳せながら自室へと足を進めていると、木の下に置いてある長椅子に、人影があるのに気づいた。


「……あれ?ルー?」


声をかけても返事がない。近づいてみると、長椅子に深く腰掛けたルシアンが、背もたれに頭を預けてぐったりしている。


「……おーい?生きてる?」

「……生きてる」

「?!?!」


まさか返事が返ってくるとは思わず、エレナは覗き込むようにして見ていた身体を反らせた。


「……何だ」

「いや、あまりにも動かないから死んでるのかと思った」


ルシアンが無言で睨んでくるが、覇気は無くエレナは思わず笑ってしまった。


「いやぁ、ルーがそこまで疲れてるの初めて見たかも」

「……」

「模擬戦の日から毎日参加してるんでしょ?そりゃ疲れるよ」

「……」

「父上も兄上も殿下とルーが参加してることが嬉しくて張り切ってそうだし」

「……」


ルシアンからの反応はないがエレナは気にせず話を続ける。


「もうすぐ王都に戻るでしょ?あまり無理しないでね?」

「……わかった」


気力のない返事が可笑しくて、ついつい声を出して笑ってしまう。そんな時、ふとルシアンの髪が目に入った。


「そういえば、ルーが髪下ろしてるとか珍しいね」


普段は前髪もきっちり後ろへ流しているルシアンだが、湯あみの後なのか今は整えられておらず、ほんのり湿っている。


「……」

「初めて見た!新鮮!!」


いつもより幼く見えるルシアンの顔をエレナは遠慮もなく覗き込んだ。


「前髪下ろすとちょっと雰囲気変わるね」

「……」

「髪、ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ?」

「……ああ」

「髪、乾かそうか?」

「……」

「タオル取ってくる!」


そう言うやいなや、エレナはルシアンから離れると、屋敷の中に入って行った。

一人になったルシアンは、全く動く気になれずそのまま目を閉じる。静かな時間にまどろんでいると再び足音が聞こえてきた。


「ちょっと!こんなところで寝ないでよ」


そう言って戻ってきたエレナの手には、先ほど取りに行くと言っていたタオルが握られていた。本当に戻ってくるとは思ってもいなかったルシアンは内心驚くが、声をかける気にはなれなかった。


「ほら?頭拭くよ?顔上げて」


そんな態度もお構いなしにエレナはルシアンの髪を拭き始める。その手つきが心地よく、ルシアンは再び眠りに落ちそうになっていた。


「ルー?まだ寝ちゃだめだよ?頑張って!」


髪が乾いた頃、エレナはふとルシアンの口元に視線を向けた。普段は気にすることがなかったのに近くでまじまじと観察する。


「ルー、口元にほくろあるんだね!今まで気付かなかった!」

「……」

「見上げていることが多いから気にしたことがなかったのかな?」


そう言うと、両手で顔を挟み更に顔を近くに寄せる。


「ルーって結構顔立ち整ってるよね!いや、モテるから整っていることは知ってたけどさ!」

「……近い」

「……え?」


言われて初めて、エレナは自分たちの顔がほとんど触れそうな距離にあることに気づいた。


「?!?!ごめん!!」


咄嗟に手を放し距離を取るものの、至近距離で見つめられていたことに気づかず、無防備に近づきすぎていたことを自覚した途端、一気に顔が熱くなっていくのが分かった。ルシアンはそんなことは気にもとめず、再び目を閉じる。


エレナはそんなルシアンを横目に、落ち着かないまま足元に座り込んだ。


(……いや…え!?)


さっきまで自分が何をしていたのか、改めて思い返す。

髪を拭き終わり、顔を覗き込んで、口元のほくろを見つけて、顔を……


(……私のばか!!)


頭の中で何度も自分の行動を再生しては、あまりの無防備さに顔から火が出そうになる。膝に顔をうずめると心臓の音がうるさいくらいに耳の奥で脈打っている。


以前、他人から男性との距離感についてあれこれ言われた時も、エレナは特に気にしていなかった。実際頬を掴まれたことだってあるし、自分から抱きついて……


(~っ!!!えっ?!前にリリと一緒にルーとカイカイ引き止めた時、私自分から抱きついてなかった?!?!)


いつもなら気にも留めないはずのルシアンとの距離が、今は妙に気になって仕方がない。


(それに、街に行った時おじさんに彼氏って……!!か、彼氏?!?!いやいやいや、ないないない!だってルーだし!!!)


一方のルシアンは、そんなエレナの様子に気づいているのかいないのか、先ほどから微動だにしない。エレナは自分の感情の変化に戸惑いながら、深く息を吐くと、立ち上がった。


「… 風邪ひく前に早く部屋に戻りなよ! 私、先に行くから!」


一人夜の庭に残されたルシアンは、遠ざかっていくエレナの慌ただしい足音を静かに見送るのだった。

*エレナ、無防備すぎですね笑

瀕死のルシアンはレアです

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