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84.変わる表情に狼狽る


リリアナとカイが街で過ごしている頃、イザベラは庭にあるガゼボに出向いていた。


昨日の模擬戦の余韻で、朝はなかなか起きれず、いつもより遅い時間に目覚めたおかげか、ゆっくりと過ごせる時間を確保できたのだ。


天気もよく、日当たりの良い場所で読書でもと思い目当ての場所に着くと先客がいるのに気づいた。


「…セドリック…様?」


その声に反応したセドリックは、開いていた本からゆっくりと視線を上げると、イザベラに穏やかな笑顔を向ける。


「こんにちは。イザベラ嬢」

「ごきげんよう…。セドリック様がここにいるのは珍しいですね?殿下やルシアン様はご一緒ではないのですか?」


イザベラは驚きの表情のまま疑問を口にする。

普段のセドリックはいつもきっちりと身なりを整えているのに対し、目の前の姿は髪を下ろして眼鏡をかけている。


「殿下たちは訓練場ですよ。今日はカイが非番になったんで、自分も休みにしたんです。昨日の疲れも残ってますし、こっちに着いてから何度も参加させてもらったので、今日は遠慮させてもらいました」

「そうなんですね。昨日は本当にお疲れ様でした。私も朝なかなか起きられなかったんです」


そう言いながら笑うセドリックはいつも以上に柔らかい雰囲気で、イザベラも釣られて笑顔を向けた。


「セドリック様も読書ですか?よければご一緒しても?」

「もちろんです。お茶の用意もあるのでいかがですか?」

「ありがとうございます。お邪魔しますね」


許可を得たのでガゼボに入り腰を下ろすと、お茶の用意をしてくれるセドリックに心が暖かくなる。


お礼を伝え、イザベラが持ってきた本を開くとセドリックも再び本に視線を戻す。

時折、本のページを捲る音は聞こえるものの、自然と訪れた静かな時間に気まずさはなく、穏やかな時間が流れていた。


きりのいい所まで読み終え、お茶を飲むために顔を上げたイザベラはふとセドリックに視線を向けた。

セドリックは本に集中しているようで、イザベラの視線には気づいていない。


先ほど感じた、いつもと違う雰囲気のセドリック様を、思わずまじまじと観察してしまう。


普段上げている前髪を下ろし、初めて見るメガネをかけた横顔。いつもの穏やかな笑みは影を潜め、本を読む真剣な瞳が大人びた雰囲気を醸し出していた。


普段は見られないその大人びた横顔に、気づけば目が離せなくなっていたーーその時。


「イザベラ嬢?どうしました?」


視線に気づいたセドリックが顔を上げると、我に返ったイザベラは顔を赤らめ視線を逸らした。


「すみません…。その…いつもと雰囲気が違うのでつい見入ってしまいました」

「…ああ。今日は髪も下ろしてますし、眼鏡もかけているので」


失礼な態度をとってしまった事と、見つめていた恥ずかしさからセドリックに顔を向けられずにいると、イザベラの様子を気にした素振りも見せず穏やかな声がする。


その声に、視線を戻すとセドリックはいつもとはまた違った優しい表情でイザベラを見つめていた。


「セドリック様は、目が悪いのですか?」

「少し。普段は眼鏡をかけるほどではないのですが、こうして本を読んだりする時は、時間を忘れて没頭してしまうのでかけるようにしているんです」

「そうなんですね。私も本を読んだり調べ物をしていると時間を忘れてしまって、王都ではシャルに怒られたりする事があります」

「イザベラ嬢もですか?私と一緒ですね」


そう言って笑うセドリックは本を伏せ眼鏡を外すと、ぬるくなったお茶を温かいものに替えてくれる。

眼鏡を外すと、今度は大人びた雰囲気から一変し少し幼くも見えイザベラはまたしても見入ってしまった。


「シャルロット嬢に怒られるイザベラ嬢の姿は、なんだか少し可愛らしいですね」

「えっ……あ、あの……!」

「すみません。想像してしまいました」

「……っ?!」


そう言って笑うセドリックにイザベラはまたしても顔を赤くする。からかわれているのだと分かり、ついつい睨んでしまった。

そんなイザベラの様子にセドリックは悪戯っ子の様にニッと笑った。その口元から覗いた八重歯にイザベラは目を奪われる。


(……?!か、かわいい!!)


先ほど眼鏡を外した時にも驚いたばかりだというのに、八重歯を覗かせて笑う顔は反則だ。追い打ちをかけるようなその笑顔の破壊力に、イザベラの胸は激しい音を立てて跳ね上がる。


「セ…セドリック様、今日は何だか本当、いつもと違います…」


動揺しすぎて、もはや何を言っているのか自分でもよくわからなくなっていた。


「そうですか?殿下たちといる時と変わらないと思いますが」


本人からしたら本当にいつもと変わらないのだろう。だが、イザベラにとっては心臓に悪いことこの上ない。これ以上この笑顔を直視するのは危険だと判断し、慌てて手元のカップに視線を落とした。


その後、イザベラは何とか平常心を取り戻し、互いにおすすめの本の感想を話し合ったり、ノワール領での日々の過ごし方、一度自領へ戻り王都に向かうこと、もう少しでノワール領を立つ事など話をした。


「風が涼しくなってきましたね」


セドリックの一言で随分時間が経っていた事に気づく。


「楽しくてすっかり時間の事を忘れてしまっていました。そろそろ戻りますね」

「では、私も途中までご一緒します」


エスコートしてくれるのか、そう言って差し出された手に、先ほどの笑顔を思い出し一瞬戸惑いを見せる。イザベラの様子にセドリックは不思議そうな顔を浮かべていた。


◇ ◇ ◇


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、おすすめの本があればまた教えてください」


庭の出口まで送ってくれたセドリックと別れ、自室に戻ったイザベラは本の続きを読もうとソファに座るも、内容が全く入ってこない。


読もうとするたび、セドリックの顔が浮かび上がり顔が熱くなる。髪を下ろし、眼鏡をかけた姿にも驚いたが、アカデミーや訓練場で見ていた表情と違う、八重歯をのぞかせたあの笑顔。


(……あれは、反則だわ)


イザベラは開いたままの本で赤くなった顔を覆う。今日はもう、まともに本を読めそうにない自分に頭を抱えるのだった。

いつもと違ったセドリックにベラはノックアウトされました笑

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