83.繋がれた手
模擬戦を終えた翌日、リリアナはノワール邸の庭を散歩していた。
昨日は散々な目に遭わされたせいで、ロイドやカイルに会わないように朝から部屋に引きこもり、本邸から騒がしい気配が無くなったのを確認してから部屋から出てきたのだ。
アカデミーの長期休暇も終盤に差し掛かり、王都に戻る前に一度自宅に戻るため、毎日訓練に参加させられたらたまったものじゃない。
(今日は何しようかなぁ……あっ!!)
先日みんなで行ったお菓子屋さんに、帰る前に行こうと決めていたのを思い出し、準備をするために一度部屋へ戻ろうとしている時だった。
前方から背の高い長髪の男が歩いてくるのが見える。雰囲気からして今までノワール邸では見た事がなく、リリアナは無意識のうちに足を止めた。
(侵入者……?)
微かな緊張が走り、いつでも身を守れるよう身構える。だが、その足音が間近に迫り、男の顔がはっきりと見えた瞬間、リリアナの警戒心はふっと解かれ驚きに変わった。
「え?カイカイ?!」
長髪の男ーーカイはその声に足を止め、視線をこちらに向けた。
「カイカイ何してるの?!こんな所にいるなんて珍しいね!!今日は訓練場にはいかないの??それに髪!いつもと雰囲気が全然違うね!誰かわからなかったよ!!」
近寄って捲し立てるように話すリリアナに、カイは驚く様子も見せず、いつもと変わらない調子で口を開いた。
「非番」
「え?休みの日でも訓練場に行ってたんじゃないの?殿下たちは?」
「訓練場には行った。だが、殿下にたまには休めと言われて追い出された」
カイの声は心なしか残念そうだ。リリアナはその様子に思わず笑った。
「え?じゃあ暇って事?」
「まあ、そうだな。何をしていいのかわからん」
リリアナは今日の自分の予定にカイを誘うことにした。
「じゃあ、私と街に行かない?今から行こうと思ってたんだよね!」
「……まあ、いいぞ」
「やった!!じゃあ、荷物取ってくるから門で待ってて!!」
まさかの誘いに驚いた表情を見せたカイを横目にリリアナは、返事を聞くやいなやクルリと背を向けた。
◇ ◇ ◇
「お待たせー!行こう!」
「……遅い」
文句を言われつつも、ちゃんと門で待っていたカイに声をかけ街へ向かう。
訓練場での普段の様子や今日の予定など、他愛もない雑談をしながら歩いていると、いつもは見慣れた道もどこかわくわくとした特別なものに思えてくる。カイの淡々とした返答に適当な相槌を打ちつつ歩を進めれば、目的の街まではあっという間に着いた。
「とりあえず、この間行ったお菓子屋さん行こう!カイカイも行きたい所があったら言ってね!」
「……わかった」
どこからこれほどの人が集まってきたのかと思うほど、今日の街は普段以上の賑わいを見せていて、小さいリリアナはすぐに人混みに紛れてしまう。
「カイカイ!ちょっと待ってー!」
前方を進んでいたカイが足を止めると、そのまま、リリアナの手首を掴んだ。
「え……」
驚くリリアナを気にもせず、カイは何も言わずにただ前を向き、再び歩き出した。
そのまま足を進めていると横から声をかけられた。
「お!リリ様じゃねぇか!何だ?この間の兄ちゃんも一緒にいるのか?やっぱり彼氏じゃねぇか!デートか?」
声をかけてきたのは以前エレナ達と来た時に話した店の店主だ。
「え?!違うよ!彼氏じゃないってば!前も言ったじゃん!!」
「そんな事言ってっけど、手ぇ繋いでるじゃねぇか!」
そう言って豪快に笑う店主の言葉に、リリアナは顔を赤く染め上げた。指摘されて慌ててパッとその手を振り解く。
急に手を離されたカイは何でもないような平然とした顔をしているが、リリアナのほうは気まずさと恥ずかしさのあまり、彼の顔などとても直視できない。
「今日は人が多いから、リリ様なんてちっこいからすぐ迷子になっちまうからな!兄ちゃんリリ様の事頼んだよ!」
「……わかった」
店主の言葉に頷いたカイは、今度は手首じゃなくリリアナの手を握る。
「まぁ、楽しんで行けよ!」
その言葉と共に歩き出したカイの背を見てリリアナは鼓動が早くなるのがわかった。
(〜?!?!こ、これは迷子防止!!!)
顔を真っ赤にさせたまま俯いて歩いていると、カイの足が止まる。顔を上げるとリリアナが行きたがっていた店の前に着いていた。
「ほら、買ってこい」
カイの言葉に気を取り直し店内に足を踏み入れる。店内には、以前来た時になかったものまであり、どれも美味しそうだ。
「新作がある!…あ!でもこっちも食べたい!!」
悩むリリアナの横に来たカイにリリアナは名案だとばかりに閃いた。
「カイカイ!甘いもの平気だったよね??」
「どうした?」
「どっちも食べたいんだけど、両方は食べきれないから半分こしない?」
提案してくるリリアナの笑顔にカイの思考が一瞬止まる。
もともと甘いものが好きかと言われれば微妙なところだったが、彼女の頼みごとに弱い自分を内心で自覚しながら、カイは小さく息を吐いて頷いた。
購入し外に出た後、リリアナはさっそく片方のお菓子をカイへ渡すと、自分の手元にある袋の封を手早く開ける。それをそのままカイの目の前へ差し出してきた。
「どうぞ!食べてみて!」
カイは差し出された袋に視線を落とすと、ひとつ摘まんで口へと運んだ。
「……うん、悪くない」
静かに味わうカイの横では、リリアナも嬉しそうに味わっている。手元の袋の中身がなくなると、間髪入れずに彼の持っている袋へと視線を向ける。
「じゃあ次はカイカイの持ってるやつね!」
ワクワクした瞳でねだるリリアナに、カイは呆れたような視線を向け手元の袋を差し出した。
リリアナが袋へ手を伸ばした瞬間、カイの手がするりと上に上がった。
「……あ、ちょっと!」
見上げれば、無駄に長い腕を真上へ伸ばし、袋を頭上高くへと掲げている。身長差のあるリリアナがいくら背伸びをして手を伸ばしても、指先すら届きそうにない。
「ちょっとー!!腕下ろして!!」
リリアナを見下ろすカイの口元には、いつもの淡々とした表情とは違う、どこか意地悪で楽しげな笑みが浮かんでいる。
必死に手を伸ばしぴょんぴょん跳ねるリリアナに、カイは満足したように少しだけ目を細めると、掲げていた袋からお菓子を一つ摘みそのままリリアナの口に放り込んだ。
「?!?!?!」
いきなりの事に驚き睨んでいるのに、口はちゃんと動かし味わっているリリアナが小動物のように見えたカイは、家にいるビーツの事を思い出し何気なく頭を撫でた。
「?!?!何?!?!」
「……いや、ビーツを思い出した」
いきなりのカイの行動と言葉に驚いたリリアナの顔が一気に赤くなる。
「ちょっと!!何なのさっきから!!」
小さな体で抗議してくる姿は威圧感など微塵も感じられず、小動物が精一杯威嚇しているかのようで、全く迫力がない。
「すまない」
「もー!全然悪いと思ってないでしょ!!」
見上げられるカイはそのあまりに微笑ましい様子に、笑いを堪えるのに必死だった。
その後、気を取り直して再び街を散策し始めたものの、カイはリリアナが人波にはぐれそうになるたび、当たり前のように手を握る。
先ほど店主に冷やかされた手前、最初は顔を真っ赤にして慌てていたリリアナだったが、混雑の中で自分を護るようにしっかりと繋がれる手の温もりに、次第に文句も言えなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「ああ」
夕方までたっぷり街で過ごした二人は門の前で言葉をかわし本館の方へと戻っていくカイの背中をリリアナは見送った。姿が見えなくなったのを確認し、どこか浮ついた足取りのまま自室へと駆け込んだ。
静まり返った部屋の中で、自分の脈拍だけがやけに早く響く。熱を持った顔を両手で覆い、1日を振り返っていた。
店主に冷やかされて慌てて手を離したはずなのに、人混みに戻れば、カイは当然のように何度もその手を握り直し、お菓子屋の外では頭を撫でられ、その時の無骨で大きな手の温もりが今も残っている気がした。
(〜〜っ、もう……!)
耐えきれなくなったリリアナはベッドへと倒れ込み、枕に顔を押し付ける。
今まで通り接しようとしても、一度意識してしまった胸のときめきは、もう誤魔化せそうにない。
明日からの彼との接し方に思い悩み、頭を抱えながらも、リリアナの胸には言葉にできない感情が静かに広がっていくのだった。
*やっとリリがカイを意識してくれました笑




