82.地獄の模擬戦
「よし!それでは、まずは殿下とエレナから始めましょう!」
グレンの一声で、エレナとアレクシスが訓練場の中央へ進み出た。
「……殿下、本当にやるの?」
「ああ。以前から約束していただろう?」
「そうだけどさぁ……」
諦めて木剣を構えたエレナに、アレクシスも剣を構える。二人が対峙すると、周囲の騎士たちも自然と手を止め、その様子を見守った。
「始め!」
ロイドの合図とともに、先に動いたのはエレナだった。
一気に間合いを詰め、肩口を狙って打ち込む。受け止められるやいなや素早く引き、反対側から間髪入れずに撃ち返した。アレクシスも応じるが、エレナはその一撃を受け流し、身体を捻って相手の側面へ回り込む。
「……っ!」
アレクシスが慌てて剣を戻し、木剣同士の鋭い音が響く。
体格差のある相手に対し、正面からの力勝負を避けて細かく間合いを変えるエレナの立ち回りに、観戦していたグレンとカイルから感嘆の声が上がった。
アレクシスも応戦するが、次第にエレナの敏捷な動きに押され、守りに回る場面が増えていく。
「……なるほど。これは手強いな」
「そりゃどうも!」
エレナがさらに深く踏み込んだ瞬間、アレクシスが上段から剣を振り下ろした。しかし、エレナはその一撃を受け流して素早く足を入れ替え、相手の胴へ剣先を突きつける。
「そこまで!」
ロイドの声が響き、二人が動きを止めた。
「……参ったな。一本取られた」
「へへ!やった!」
エレナが嬉しそうに木剣を下ろすと、アレクシスも満足そうに微笑んだ。
「いや、本当に見事だった」
「ありがと!殿下も強かったよ!」
二人が戻ってくると、上機嫌のグレンがすぐにルシアンへ視線を向ける。
「いやぁ素晴らしい!ルシアン殿、せっかくだから次はエレナと手合わせしてみませんか?」
「ぜひ」
返事は即答だった。振り返ると、ルシアンは既に木剣を手にしている。
「ルー!?」
「一度、手合わせしてみたかった」
「私、今やったばかりなんだけど!?」
エレナの抗議など全く聞いていない。
その横では、アレクシスがシャルロットへ声をかけていた。
「シャルロット嬢、よければ手合わせをお願いできないだろうか」
「……分かりました。よろしくお願いいたします」
断れる空気ではないと悟ったシャルロットも観念し、こうして二組同時に手合わせが始まることとなった。
◇ ◇ ◇
「……ちょっと、ルー!手加減してる!?」
「している」
「ほんとに!?」
エレナが思わず声を上げるほどルシアンの動きには無駄がなく、隙が見当たらない。エレナが速度に変化をつけて攻め立てても難なく受け止められてしまう。
一方、少し離れた場所では、シャルロットとアレクシスが対峙していた。
先ほどのエレナとの手合わせを見ていたシャルロットも、アレクシスの動きに合わせて攻め込んでいく。
しかし、体格差のあるアレクシスの重い一撃を正面から受け止めるのは難しく、シャルロットは慎重に受け流しながら間合いを詰める機会を窺う。稽古の成果を活かして積極的に踏み込み、アレクシスを後退させる場面もあったが、相手の動きを追うだけでかなりの集中力を削られていた。
そんな二組の手合わせを、リリアナとイザベラは少し離れた場所から眺めていた。その横では、セドリックがようやく訪れた休憩時間を噛み締めるように息を吐いている。
「皆さん……本当にお元気ですね……」
「セドリック様、大丈夫ですか?」
「何とか……ようやく休めましたので……」
やがて二組の手合わせが終了し、エレナはその場にしゃがみ込み、シャルロットも近くの椅子へ腰を下ろした。
「……っはぁ!疲れた!!」
「……さすがに、きついわね……」
リリアナとイザベラから水を受け取り、ようやく一息ついた二人の耳に、絶望的なグレンの声が飛び込んできた。
「よーし!それじゃあ次はトーナメントだな!」
「「……は?」」
エレナとシャルロットが揃って顔を上げる横で、ロイドが一枚の紙を持ってやってくる。
「対戦表もできてるぞ!」
「……はぁ!?いつの間に!?」
「さっきの手合わせの間にな!」
「何してんの、兄上!!」
叫ぶエレナの横で、シャルロットは椅子に深く座り直した。
「……ねえ、ベラ」
「……何?」
「これ、私たちは見てるだけだよね?」
リリアナの問いにイザベラが答えようとしたところで、ロイドが二人へ向き直る。
「ああ!ちなみにリリとベラとセドリック殿も入ってるからな!」
「「「……え?」」」
不意をつかれた三人の声が重なる。
「ちょっと待って!私も!?」
「私、参加するなんて言ってないわよ!?」
「私は戦闘要員ではないのですが……」
慌てる三人を余所に、グレンは満足そうに頷く。
アレクシスやルシアン、カイが対戦表を覗き込んで乗り気になっている間にも、グレン親子は着々と準備を進めていく。抗議も虚しく、結局全員がトーナメントに巻き込まれることとなった。
「……嘘でしょ」
呆然とするエレナとシャルロットの横で、セドリックは何も言わずに静かに空を見上げていた。
◇ ◇ ◇
その後、訓練場では予定になかったトーナメントが始まった。
すでに体力を消耗していたエレナとシャルロットは重い足を引きずりながら試合に臨み、渋々参加させられたリリアナとイザベラも回を重ねるごとに口数が減っていく。
「リリ!もう少し踏み込め!」
「カイル兄様!!これ以上は無理ー!!」
「……ロイド兄様、まだあるの?……もう嫌……」
普段から鍛えている面々と違い、朝からの稽古だけでも限界だったセドリックは完全に精魂尽きていた。
「セドリック殿!なかなかいい動きですね!」
「……ありがとうございます」
時折褒められるが、今は全く嬉しくない。
全ての試合が終わる頃には、セドリックを含むエレナたち五人は訓練場の端ですっかり動けなくなっていた。
「……無理。もう一歩も動きたくない」
「……私も」
「……お腹すいた」
「……私は、しばらく剣を見たくありません……」
「……何なの?あの脳筋」
ぐったりと倒れ込む五人の横で、アレクシスたちはグレン親子と晴れやかな顔で今日の振り返りを行っている。
「いやぁ!実にいい訓練だった!またぜひやりましょう!」
「こちらこそ、いい経験になった」
「ぜひまた参加させてください」
その会話が聞こえた瞬間、エレナの表情が絶望に変わる。
「……もう…本当…嫌だ」
「ん?どうした、エレナ?お?みんなまだいけそうだな!」
「「「「「無理です!!」」」」」
五人の切実な叫び声が訓練場に響き渡る。
軽い手合わせのはずが、全員を巻き込んだ過酷な一日となったのだった。




