80.ヴェイロン領への訪問予定
街歩きを終えてノワール辺境伯邸へ戻った頃には、すっかり日も暮れ夕食の時間も近づいていた。
「いやー!今日もいっぱい歩いたね!」
「楽しかったー!お菓子も買えたし!」
「リリ、あれだけ買ったのにもう食べちゃったの?」
「全部じゃないよ!ちゃんと残してるもん!」
リリアナが手に持った菓子袋を見せると、イザベラが笑う。
「それじゃあ、私たちは部屋に戻るね」
「じゃあ、また明日!」
エレナに手を振り、三人が別館へ向かおうとしたところで、アレクシスがシャルロットを呼び止めた。
「シャルロット嬢、少しいいだろうか」
「はい?どうかなさいましたか?」
「帰路の予定について話しておきたいことがある。少し時間を貰えないだろうか?」
「ええ、大丈夫です」
「では、談話室で話そう」
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「突然呼び止めてすまない」
「いえ。それで、帰路の予定というのは?」
談話室へ移動し、それぞれがソファに腰を下すと本題に入る。
「ああ。実は父上から、ノワール領での視察を終えた後、ヴェイロン公爵領も視察するよう命じられていてな」
「……ヴェイロン領を、ですか?」
「ああ。帰路に数日ほど滞在する予定だ。公爵には、こちらへ向かう前に大まかな予定だけ伝えてある。具体的な日程や同行人数については、改めて連絡することになっていてな。できればシャルロット嬢の帰還にこちらも同行させていただきたい」
「なるほど。父からは何も伺ってなかったので少し驚きました…。」
「驚かせてすまない。こちらからも正式に連絡するが、シャルロット嬢からも一言伝えておいてもらえないだろうか?」
「もちろんです。」
シャルロットは納得したように頷くと、少し考えてから口を開いた。
「殿下、よろしければ私も視察に同行させていただけませんか?せっかく私の領地へお越しいただくのですから、ご案内できればと思いまして」
「それはありがたいが、休暇中だろう?無理に付き合う必要はないぞ」
「無理なんてしておりませんよ。久しぶりに領内を見て回るのも楽しそうですし」
「そうか。では、お願いしよう」
アレクシスが頷くと、シャルロットは嬉しそうに笑う。
「そういえば、殿下は以前にもヴェイロン領へいらしたことがあるのでしょうか?」
「何度か訪れたことはあるが、あまりゆっくり見て回る機会はなかったな」
「そうでしたか。でしたら、今回はぜひ街の方もご覧いただきたいです」
「西部最大の都市だったな。交易が盛んだとは聞いている」
「ええ。王都とはまた違った賑わいがありますよ。外国からの商人も多いですし、珍しい品物もたくさん集まるんです」
「それは楽しみだな」
「今日の街とはまた違った楽しさがあると思います」
そこでシャルロットは、何かを思い出したように続ける。
「私たちが女学院に通っていた頃も、休日になるとよく街へ出かけていたんですよ」
「そういえば、女学院はヴェイロン領にあったな」
「はい。エレナたちと四人で、よく買い物に出かけていました。リリとエレナが気になるお店を見つけるたびに寄り道するものですから、なかなか目的地に着かなくて」
「……容易に想像できるな」
「でしょう?ベラと二人で何度も迎えに行ったんですから」
「はは、それは苦労したな」
思い出した光景にシャルロットが懐かしそうに笑うと、アレクシスはふと今日の雑貨屋での出来事を思い出した。
「そういえば、シャルロット嬢。今日の店で髪飾りを買っていただろう?」
「昔買ったものによく似ていたので、つい懐かしくなってしまって」
「そうか。あの髪飾り、君によく似合っていたな」
「……え?」
「ああ、いや。綺麗な細工だったし、君に似合うと思ってな」
「……ありがとうございます」
思いがけない言葉に戸惑うシャルロットの頭に、雑貨屋の女性店主の言葉がよぎった。
「……」
「ん?どうした?」
「あ、いえ。今日のことを思い出してました」
シャルロットが少し気まずそうに笑う。
「まあ、あれだけ久しぶりの再会だったんだ。店主も嬉しかったんだろう」
「昔からよくしていただいている方なんです。そういえば、殿下はあのお店で何か気になるものはございましたか?」
「ああ。地方特有の細工が施された工芸品は興味深かったな。セドリックも随分熱心に見ていた」
「ベラも楽しそうにお話を聞いていましたね。ベラは昔から、気になったことはとことん調べる性格ですから」
「セドリックも似たようなところがあるな。あの二人は随分話が合いそうだな」
「ふふ、そうですね」
そんな話をしているうちに、気づけば随分時間が経っていた。
「あら?もうこんな時間ですね」
「本当だな。思ったより長く話してしまった。ヴェイロン領の話も色々と聞けてよかった。視察が楽しみになったよ」
「それならよかったです。父にも連絡しておきますね」
「ああ。よろしく頼む」
「それでは殿下、また明日」
シャルロットを見送ったアレクシスは、先ほどまで彼女が座っていたソファへ目を向けた。
ヴェイロン領への視察については、これでひとまず問題ない。ただ、父上から言い渡されたのは視察だけではないのだ。
『シャルロット嬢の心を射止め、公爵の承諾を得てこい』
「……簡単に言ってくれるな」
そもそも、シャルロットは自分の気持ちに気づいていないだろう。
今日の店でも、恋人と間違われた途端に慌てて否定していたくらいだ。
「……さて、どうしたものか」
考えたところで、すぐに答えが出るわけでもないので、ひとまず今はノワール領での滞在を楽しみつつ、帰路の視察に備えることにしよう。
そう考え、アレクシスも談話室を後にした。




