79.街歩き
領内視察も一段落したこの日は、以前約束した街歩きをすることになった。
「よし!じゃあ今日は街を案内するね!」
「あのお菓子屋さん、先に行かない?」
張り切っているエレナの隣では、リリアナが行きたい所を提案する。
「えー?先に行っちゃうと荷物になるよ?」
「それもそうか……でも売り切れたらどうしよう!」
「大丈夫だって!そんなに早く売り切れないから!それに、お菓子屋さんは逃げないよ」
妙に説得力のある返答に、シャルロットとイザベラが呆れたように笑う。
「まあ、とりあえず行こう!他にも見せたいところいっぱいあるし!」
せっかくなので歩いて行くことになり、王都から訪れた四人は、騎馬や馬車では通れないような道を興味深そうに進んでいく。
街の入り口に着くと、商店が立ち並び店先には王都ではあまり見かけない品物も並んでいる。商人や旅人に混じって騎士の姿も見られ多くの人々で賑わっていた。
「随分賑やかだな」
「この辺りはお店が多いからね。もう少し先には市場もあるよ!」
「なるほど。王都とはまた違った雰囲気だな」
一行が街の中に入ると、近くの店先から声が飛んできた。
「おっ!お嬢じゃねぇか!帰ってきてたのか!」
「うん!長期休暇に入ったからね!」
「相変わらず元気そうだな!それにしても、今日は随分人数が多いな!」
「アカデミーの友達を案内してるの!」
「がはは!楽しんでこいよ!」
エレナが声の主に手を振り返し、そのまま通りを進んでいくと、今度は別の店から女性が顔を出して手を振ってくる。
「あら!リリ様じゃない!シャルロット様もイザベラ様も今日は一緒なのね!」
「あー!こんにちは!」
「少し見ない間に、また綺麗になられて!」
「えへへ!ありがとう!」
リリアナが嬉しそうに答える横で、エレナは不満気に声をあげる。
「私には元気そうって言うだけなのに!」
「あら、エレナ様は変わらず元気じゃない!」
「えー!何それ!」
「ふふ!また今度ゆっくり寄ってね!」
「うん!また来るねー!」
その後も通りを進むたびに、あちこちから声がかかってくる。
彼女たちの久しぶりの再会に足を止めることも多く、そのたびに残る四人は話が終わるのを待つことになった。
「……随分顔が広いんだな」
「エレナ嬢だけではなく、皆さんも随分親しまれているんですね」
「小さい頃から何度も遊びに来ていますから。お店の方々も昔から知っている人が多いんです」
驚くルシアンやセドリックに、イザベラが答え、その横でシャルロットも頷く。
「あ!そうだ!あっちに雑貨屋さんがあるよ!昔みんなで行ったところ!」
「えっ!まだあるの?」
「あるよ!ほら、あそこ!」
店先にはシャルロットとイザベラには見覚えのある物がいくつも並んでいた。
「あら、懐かしい!少し見ていってもいいかしら?」
「ここ、昔シャルと一緒に髪飾りを買ったお店よね?」
「そうそう!」
二人が振り返って確認すると、アレクシスも店先の商品に視線を向けた。
「ああ。私も見てみたいな」
「では、私もご一緒します」
アレクシスとセドリックが二人について店内へ入っていくのを見送り、残った一同は店先で待ちながら並びにある別の店の商品を眺め始めた。
「おっ!お嬢じゃねぇか!」
「あ!おじさん!久しぶり!」
「おう!いつ帰ってきたんだ?」
「もう随分前だよ!」
「そうかそうか!おっ!リリ様もいるじゃねぇか!」
「こんにちはー!」
「いやあ、二人とも久しぶりだな!元気だったか?」
「もちろん!」
店先で商品を並べていた店主が、エレナに気づいて声を上げる。商品を覗き込みながら話していると、店主が何かを思い出したように笑った。
「そういやお嬢、この間坊ちゃんたちが来てたぞ!相変わらずでけぇな、あの兄弟!」
「昔からでしょ!」
「違いねぇ!カイル坊ちゃんなんか中身は昔とちっとも変わってねえしな!」
「あはは!それ本人に言ってあげてよ!」
そんな話で盛り上がっていると、店主がふとエレナの後ろに目を向けた。
「どうしたの?」
「おいおい!お嬢たち! 随分いい男連れてるじゃねぇか。彼氏か?」
突然の質問にふたりが振り返ると、少し離れた場所でルシアンとカイが話をしていた。
「え?!違うよ!友達だって!」
「そうだよ!友達だって!」
エレナが指をさされたルシアンを見ながら慌てて否定し、リリアナもカイのほうを振り返りながら必死に主張する。
「なんだ!違うのか!あのお嬢たちが男連れて歩いてるからよ、てっきり彼氏かと思ったぜ!」
二人の言葉に店主は豪快に笑う。
「いやぁ!あのお嬢とリリ様が、揃って男連れて歩くようになるとはなぁ!」
「そうだな!俺らも歳取るわけだ!」
話しが聞こえたのか、隣の店の店主まで加わり二人で勝手に盛り上がり始めた。
「ちょっと!二人とも彼氏じゃないってば!」
「しかし、あんなにちっこかった二人がなぁ」
「もう!いつの話してんの!」
「リリ様なんか、お嬢と一緒になってこの辺走り回ってただろ!」
話が盛り上がっているのに気づいたルシアンとカイが近くへ歩み寄ってきた。
「……どうした?」
ルシアンが尋ねると、エレナは店主を指さした。
「このおじさんが変なこと言うから!」
「変なことじゃねぇぞ!お嬢がいい男連れてるから、彼氏か聞いただけだろ!」
「だから違うって!」
「がはは!悪かったって!」
店主は改めて、近づいてきたルシアンとカイの全身を見上げた。
「いやぁ、それにしても二人とも随分立派でいい男だな! お嬢の兄貴たちにも負けてねぇぞ!」
突拍子もない褒め言葉に、ルシアンとカイはどう反応していいのか分からず、ただ困惑したように黙って店主たちの話を聞いていた。
「まぁ、せっかく来たんだ!ゆっくりしていけよ!」
ふたりに見送られて店先を離れてからも、背後からは店主たちの賑やかな笑い声がしばらく響いていた。
◇ ◇ ◇
一方、雑貨屋へ入ったシャルロットとイザベラは、昔と変わらない店内を懐かしそうに眺めていた。
「あ、これ! 昔もあったわね」
「まだ置いているのね」
二人が商品を見ていると、奥から出てきた女性店主が声を上げた。
「あらまぁ! シャルロット様にイザベラ様じゃありませんか!」
「お久しぶりです!」
「ご無沙汰しております」
「お帰りなさいませ! いつこちらへ?」
「少し前に。今日は久しぶりに街を見に来たんです」
「まぁまぁ! それならゆっくり見ていってくださいね!」
女性は嬉しそうに二人を迎え、棚に並んだ商品を紹介し始めた。
「こちら、最近入ってきたものなんですよ! この細工なんて昔お二人が買われたものにも似ているでしょう?」
「あら、本当! 素敵ですね」
「覚えていらっしゃったんですね」
そんな話で盛り上がっていると、女性は二人の後ろで商品を眺めていたアレクシスとセドリックの存在に気づいた。
「あら! 今日は素敵な方々もご一緒なのね! もしかして、お二人の恋人かしら?」
「「……え!?」」
突然の問いかけに、シャルロットとイザベラは顔を見合わせる。
「い、いえ! そういう関係ではありません!」
「ええ、友人なんです!」
揃って慌てて否定する二人に、女性は目を丸くしつつ、二人の後ろに立つアレクシスとセドリックに声をかけた。
「あら! そうだったの? ごめんなさいね! てっきりそういうことかと思って!」
「いえ、お気になさらないでください」
「ふふ、でもお二人のお友達なら大歓迎よ! お兄さんたちもゆっくり見ていってね!」
「ああ。ありがとう」
「お邪魔しております」
アレクシスとセドリックが答えると、女性は満足そうに頷き、再びシャルロットたちに向き直った。
「それにしても、本当に大きくなられて! 昔はお二人でよく髪飾りを選んでいらしたのにねぇ。あの頃から随分とお綺麗になられて!」
「もう、そんなに褒めていただいても何も出ませんよ?」
「せっかくだから、こちらも見ていってくださいな!」
その後も二人は女性から新しい商品の説明を受けながら昔話に花を咲かせ、アレクシスとセドリックも地方特有の細工が施された工芸品をじっくりと眺めていた。
やがてシャルロットとイザベラが買い物を終えると、アレクシスたちも促されるようにして、店をあとにした。
◇ ◇ ◇
「お待たせ!」
店から出てきたシャルロットたちに、外で待っていたエレナが手を振る。
「そっちは何かいいものあった?」
「ええ。昔買ったものと似た髪飾りがあったから、つい買っちゃったわ」
「私も気になっていた工芸品について店主殿から面白い話を聞けたよ」
アレクシスも満足そうに頷く。
「あ、そうだ! リリ、次はお菓子屋さんじゃなかった?」
「あ!そうだった!」
目当てのお菓子屋へ着くと、リリアナは早速店先に並んだ焼き菓子を覗き込み、どれにするか真剣に迷い始めた。
結局、何種類もの焼き菓子を買い込んだリリアナは、その場ですぐに袋を開けると皆んなに勧める。
「ほう、これは香ばしいな」
「……美味いな。独特の風味が効いている」
「王都の菓子とはまた違った、素朴で深い味わいですね」
王都から来た面々の好評な反応に、エレナとリリアナは嬉しそうに胸を張る。
「そうでしょ! ここのお菓子、昔からすっごく美味しいんだよ!」
その後も八人は、気になる店があれば立ち寄りながら、思い思いに街の散策を楽しんだ。
ルシアンとカイが珍しい武具や道具を扱う露店に足を止めて熱心に眺めたり、アレクシスやセドリックが地元の歴史ある建築や装飾に見入ったりと、全員がこの街ならではの魅力を存分に満喫していた。途中、馴染みの店主に声をかけられて立ち話になったり、思い出話に花が咲いたりと賑やかな寄り道が続いたが、誰もそれを急かすことなく、ゆったりとした時間を過ごした。
いつの間にか日も傾き始めてきた頃
「そろそろ帰ろっか!」
エレナの言葉に一行が来た道へ向かおうとすると、彼女は突然別の方向を指さした。
「あ!今日はこっちから帰ろうよ!」
エレナが指さしたのは、建物同士の隙間に隠れた薄暗い細路地だった。
困惑するルシアンやセドリックだけでなく、シャルロットたちすら知らない道みたいで首をかしげる。
「うん!私の秘密の抜け道!近道なんだよ!」
「えー!何それ!楽しそう!」
真っ先に飛びついたリリアナを筆頭に、一行はエレナの案内に従って路地へと踏み込んだ。
足場の悪い階段や石壁の裏を進み、細い道を抜けた瞬間、視界が開けた。
「ほら!着いた!」
そこは街を見渡せる小高い場所だった。
夕日に染まる街並みと、その向こうに広がる雄大な田畑や深い森林。遠くの山並みへと沈む夕空の絶景に、一同は思わず足を止めて息を呑んだ。
「……わあ、すごい……!」
「王都とはまた違った美しさだな。格別な景色だ」
「せっかく皆で来たんだから、この時間の一番綺麗な景色を見せたかったんだ!」
満足そうに笑うエレナに、シャルロットたちも目を細める。
「それにほら、ここからならお屋敷も目と鼻の先でしょ?」
エレナが指さした先には、確かに領主邸の屋根が見えていた。本当に「近道」だったことに一同が驚きつつも納得する。
「景色は最高だったけれど、次はもう少し歩きやすい道にしてね」
シャルロットの苦笑いに包まれながら、八人は夕映えの街を背に領主邸への帰路についたのだった。




