77.全員集合
カイとセドリックがノワール辺境伯領へ到着してから、およそ二週間。
王都から複数の護衛騎士を伴い、アレクシスとルシアンを乗せた馬車がノワール辺境伯邸へと到着した。
「殿下、ルシアン様。お待ちしておりました。道中、問題はありませんでしたか?」
「ああ。先行任務ご苦労だった……って、セドリック?」
出迎えたセドリックの顔を見るなり、馬車から降りたアレクシスは首を傾げた。
いつも通り穏やかに答えるセドリックだったが、王都で別れた時より日に焼け、身体つきも逞しくなっている。それでいて、どこか疲れ切った雰囲気が漂っている。
隣にいたルシアンも、しばらくその姿を眺めてから口を開いた。
「……随分鍛えられたな」
「……ええ。おかげさまで」
「何があった?」
「色々ありまして……」
歯切れの悪い返答に、二人は顔を見合わせる。
「それより、お二人が予定より早く到着してくださって助かりました」
「……助かった?」
「ええ。本当に」
実感のこもった言い方だったが、セドリックはそれ以上多くを語らず、屋敷の中へと案内を始める。
「辺境伯閣下たちがお待ちですので、まずはご挨拶をお願いいたします」
「ああ、分かった」
セドリックに続いて屋敷へ入ると、広々とした玄関ホールで数人の男女が二人を出迎えた。
正面で二人を迎えたのは、短く刈り込んだ金髪に髭を蓄えた大柄な男性だった。豪快な笑顔を浮かべるその姿は威圧感こそあるものの、醸し出す雰囲気は随分と気さくだ。
「ようこそお越しくださいました、殿下! グレン・ノワールです。この度は遠路はるばるお越しいただき誠にありがとうございます! ご滞在中はどうぞご遠慮なく何でもお申し付けください!」
「初めまして、辺境伯閣下。長期の滞在を快く受け入れていただき感謝する。しばらく世話になる」
「もちろんです! ご不便のないよう準備しておりますので、どうぞごゆっくりお過ごしください!」
続いて、グレンが隣に立つ女性へ視線を向けた。
「こちらは妻のクラリスです」
「クラリス・ノワールでございます。殿下、ルシアン様。長旅のお疲れは出ておられませんでしょうか?」
「気遣い感謝する。父からもよろしく伝えるよう申しつかっている」
「あら、陛下が。お心遣い感謝します」
上品な立ち姿からは想像もつかないほど落ち着いた低い声に、アレクシスは僅かに驚いたものの、そのまま言葉を交わす。
「お久しぶりです、殿下。ルシアン殿」
続いて、見覚えのある青年が頭を下げる。
「ああ、ロイド殿。王都では世話になったな」
「いえ。こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
「いやー、本当に来てくださるとは! お待ちしておりました!」
ロイドの隣にいたカイルの言葉にアレクシスも口元を緩めた。
「カイル殿も元気そうだな」
「ええ! おかげさまで! あ、殿下方は初対面になりますね。俺と兄上の妹で、セラです」
カイルに促され、凛とした雰囲気を纏う女性が一歩前へ出て深々と礼をした。
「セラ・ノワールと申します。殿下方をお迎えでき、大変光栄に存じます」
「初めまして、セラ嬢。よろしく頼む」
挨拶に応じた後、隣に控えていたエレナも一礼する。
「殿下、ルシアン様。ようこそノワール領へお越しくださいました」
「ああ、エレナ嬢。久しぶりだな」
「はい。お会いできるのを楽しみにしておりました」
一通りの挨拶を終えると、グレンの案内で応接室へ移り、滞在中の予定について簡単に話し合う。
「視察に必要な資料や案内の手配は済ませております。詳しい予定については明日以降に確認いたしましょう!」
「感謝する。先にセドリックたちからも報告を受ける手配になっている」
「ええ! 何かございましたら、いつでもお声がけください!」
「滞在中、迷惑でなければ連れてきている騎士たちを訓練に参加させてもらえないだろうか?」
「こちらは大歓迎です!」
先ほど感じた豪快さや気さくさとは裏腹に、領主としての応対には一切の隙がない。アレクシスとルシアンはそれぞれ父親から聞かされていた話を思い返していた。
◇ ◇ ◇
挨拶を済ませた後、アレクシスとルシアンは用意された部屋で、カイとセドリックから先行視察の報告を受けていた。
「領内の主要な街道と軍の施設については、こちらにまとめてあります。受け入れ態勢も問題ありません」
「分かった。護衛の配置は?」
「現地の警備についてはノワール領の騎士団と調整済み。同行した騎士たちの配置も確認を終えている」
カイからの報告を聞きながら、アレクシスは手元の資料へ目を通す。
「特に問題はなさそうだな。二人ともご苦労だった」
「いえ。こちらこそ、予定より早くお越しいただけて助かりました」
「……さっきも言っていたが、何かあったのか?」
アレクシスが改めて尋ねると、セドリックは少し遠い目をした。
「毎日、半日ほど訓練に参加させていただいただけですよ」
「……毎日か?」
思わず聞き返したアレクシスに、セドリックは引きつり気味の笑みを返す。
「カイもか?」
「ああ。ロイド殿とカイル殿、それにグレン閣下とも手合わせをさせてもらった。実にいい経験になったぞ」
「……お前は随分楽しそうだな」
迷いのないカイの返答に、セドリックが静かに息を吐く。
「カイは本当に充実した日々を送っていましたからね」
「お前は?」
「……大変勉強になりました」
その絞り出すような言い方だけで、何となく事情が察せられた。
「……明日も参加するのか?」
「明日からはアレクシスの護衛に戻るからな。非番の時にでもと思っている」
「私も明日からは通常通り、殿下の側近としてお仕えできます」
「……今までも仕事はしていただろう?」
「ええ。ただ少々、忙しない日々でしたので」
「……なるほどな」
詳しい説明を聞くまでもなく、カイとは逆にセドリックが随分苦労したことだけは伝わってきた。
「ひとまず報告は以上だな。二人ともありがとう。明日からも頼む」
「承知いたしました」
どこか晴れやかなセドリックの返答に、アレクシスは再び首を傾げた。
◇ ◇ ◇
その夜の晩餐には、先にノワール領へ来ていたシャルロット、リリアナ、イザベラも同席し、アレクシスとルシアンはノワール家の人々の紹介を改めて受けた。食事を終えた後、エレナの提案で八人揃って談話室へ集まる。
「いやー! やっと全員揃ったね!」
ソファに腰を下ろしたリリアナが、嬉しそうに声を上げる。
「そうね。結局、殿下とルシアン様が一番最後になりましたね」
リリアナとイザベラが話している横で、エレナは早速アレクシスへ向き直った。
「そういえば殿下、視察ってどのくらいする予定?」
「そうだな。現地での確認次第だな」
「そっか! じゃあ、視察が終わったらみんなで街に行かない?」
「あ! いいね! 私、まだ街に行ってない!」
真っ先に反応したリリアナに、イザベラとシャルロットも頷く。
「ああ、構わない。私もゆっくり街を見てみたい」
「よし! じゃあ決定!」
話がまとまったところで、リリアナが早速行きたい店の話を始める。
「ねえ、エレナ。あのお菓子屋さんってまだある?」
「あるよ! 前に行った時より種類も増えてると思う」
「本当!? じゃあ絶対行きたい! 市場も王都じゃ見ないものがあって面白そうだし」
「市場か。面白そうだな」
「でしょ! 楽しみにしててね!」
アレクシスが興味を示すと、エレナは得意げに頷く。
そんな中、カイが思い出したようにエレナへ視線を向ける。
「そういえば、エレナは訓練に参加しないのか?今まで訓練場で見たことがない」
「……するわけないじゃん」
その質問にエレナは何とも言えない顔をする。
「……カイカイ、明日から殿下の護衛に戻るんだよね?」
「非番の時に身体を動かすだけだから問題ない」
「……そういう問題じゃないんだけど」
ストイックすぎるカイに呆れるエレナの横で、リリアナとイザベラも深々と頷いている。
その様子を不思議そうに眺めていたルシアンが、セドリックへ視線を向けたが、セドリックは穏やかに微笑んだまま、それ以上は語らなかった。
久しぶりに全員が揃った談話室には、夜が更けるまで明るい声が響き続けていた。




