74.カイとセドリックのお出迎え
*セドリック視点よりです
長期休暇に入って早くも一週間が経とうという晴れた日、セドリックとカイはようやく目的地であるノワール辺境伯領へと入っていた。
王都から離れるにつれて街道の景色も変わり、遠くには広大な森林が広がっていた。道沿いには地方特有の街並みが続き、すれ違う商人や旅人の中には、国境に近い土地らしく見慣れない装いの者も多い。
「案外長閑なところですね」
馬車の窓から外を眺めながら、セドリックが呟いた。
隣を騎乗して進んでいたカイも、周囲を見渡しながら頷く。
「ああ。思っていたより道も整備されているうえ人通りも多いな」
「国境を守る辺境伯領ですから、軍の移動も考えているのでしょうね」
二人がこうしてノワール領を訪れることになったのは、以前ヴェイロン公爵家のタウンハウスで顔を合わせたロイドとカイルから誘われたことがきっかけだった。
「そういえば、エレナは無事に着いたんだろうな?」
「ええ。先日こちらへ出発の連絡を送った際、エレナ嬢からも返事がありました。到着を楽しみにしていると。お兄様方も随分楽しみにしてくれているみたいですよ。」
「そうか」
以前会ったロイドとカイルの様子を思い出し、セドリックは小さく笑った。
二人とも王都で見かける貴族とは随分雰囲気が違っていた。気さくで話しやすい反面、手合わせの話になった途端、目に見えて楽しそうになっていたのを覚えている。
「そういえば、出発前に母から妙なことを言われまして……」
「何だ?」
「ノワール夫人にはくれぐれも失礼のないように、と。父からも似たようなことを言われました」
「……お前もか?」
「え?」
「俺も父上と母上、両方から言われた」
「カイまでですか?」
どうやら二人とも、両親から同じような注意を受けていたらしい。
「母は、ノワール夫人の言うことはきちんと聞きなさい、とまで言っていましたね」
「うちは父上も同じことを言っていたな」
「……何かあるのでしょうか?」
「分からん」
「まあ、失礼のないようにするのは当然ですけどね」
互いの両親が揃って同じことを言うのだから、よほどの人物なのだろう。もっとも、エレナから母親の話を詳しく聞いたことはなく、二人ともどのような夫人なのか想像がつかなかった。
―――
「……セドリック」
カイに呼ばれ、セドリックも窓の外へ目を向ける。
前方からこちらへ向かって来る騎馬の姿が見えた。三騎のうち二騎は揃いの軍装を纏っており、遠目にもノワール辺境伯軍の騎兵だと分かった。しかし、その間にいる一人だけは服装が違う。
「ノワール軍の方々でしょうか?」
「ああ。ただ、一人だけ違うな」
カイは騎馬の動きを確認しながら、少し警戒するように周囲へ目を配っている。
軍装姿の二人に比べ、中央の人物は随分と小柄だった。服装も騎士の制服ではなく、身体を動かしやすそうな軽装の様に見える。
やがて顔が判別できる距離まで近づいたところで、カイの顔が驚いた表情に変わった。
「……エレナ?」
「え?」
聞き覚えのある名前にセドリックも改めて目を凝らすと、軍装姿の騎兵に挟まれるように馬を進めている人物は、つい先日までアカデミーで顔を合わせていた令嬢だった。
「……エレナ嬢!?」
カイに続いてセドリックまでも驚いている間に三騎は馬車の少し手前で速度を落とした。
「長旅お疲れ様!迎えに来たよ!」
そう言って馬上から声をかけてきたのは、やはりエレナだった。
「エレナ嬢……どうしてこちらに?」
「え?迎えにきたんだけど?」
セドリックが聞きたかったのは、そういうことではない。
王都で見ていたエレナは、多少変わったところがあるとはいえ、普段はきちんと令嬢として振る舞っていた。まさか辺境伯軍の騎兵と並んで馬に乗り、街道まで迎えに来るとは思っていなかったのだ。
「……馬でいらっしゃるとは思わなかったものですから」
「ああ、馬車だと移動に時間がかかるし馬の方が早いからね」
「……なるほど」
エレナは、二人が驚いている理由が分からないらしい。あまりにも普通に答えられ、セドリックもそれ以上何と言えばいいか分からなかった。
「乗り慣れているんだな」
「まあ、こっちではよく乗るからね。カイカイも長旅お疲れさま」
「ああ。迎え、感謝する」
驚いたものの普段と変わらない調子で話すエレナに、カイもいつもの様子に戻ったようだった。
「それにしても、よく私たちの居場所がお分かりになりましたね」
「先触れが来たし、もう領地に入ってるならだいたいこの辺りだろうなって」
「それだけで?」
「ここまで来る道は限られてるしね。あとは来る時間を考えたら、大体分かるよ」
その言葉にセドリックは以前聞いた、エレナは地理が得意だという事を思い出した。
「ところで、お嬢……このままお屋敷まで先導いたしますか?」
「うん、お願い。私は馬車の横につくから」
同行していた騎兵の問いにエレナが答えると、二人の騎兵は自然に馬を進めて先頭へ回った。
その様子を見て、セドリックは改めてここが彼女の故郷なのだと実感した。
「それにしても、辺境伯家のご令嬢が直々に迎えにいらっしゃるとは思いませんでした」
「あー……それなんだけど……本当は父たちが迎えに行くって言い出して大変だったんだよ……」
「……辺境伯閣下が、ですか?」
「うん。父と兄二人。最初は普通に迎えの話をしてたんだけど、途中から誰が行くかで揉め始めて……」
エレナは少し困ったように笑い、出発前に屋敷で起きた出来事を話し始めた。
◇ ◇ ◇
カイとセドリックの到着が近づいていると知らされたノワール辺境伯邸では、朝から父グレンと兄のロイドとカイルが客人を迎える準備について話し合っていたはずだった。
「そろそろ二人が来る頃だな」
「ああ。先触れが入ったなら、そう遠くないだろう」
「カイ殿は馬で来るんだったな?」
「そう聞いてる」
「なら、迎えに行くなら騎馬の方がいいな」
ここまでは、まだ普通の会話だった。
ところが、父が何気なく口にした一言から話が変わった。
「よし!せっかくだし俺が迎えに行こう!」
「父上が?」
「ああ。遠路はるばる来てくれるんだ。直接迎えに行った方がいいだろう」
「いや、それなら俺が行きますよ!そもそも誘ったのは俺ですし!」
「いやいや、父上と兄貴は屋敷で待ってればいい。俺が行くよ!」
「何でお前なんだ?」
「領主と次期辺境伯なんだから屋敷で客を迎えればいいじゃん」
ロイドの言葉にカイルが口を挟み、誰が迎えに行くかという話が、いつの間にか三人の言い合いになっていた。
「だったら三人で行けばいいだろう!」
「それいいですね!」
父の提案に、二人が揃って名案だと顔を向ける。
「じゃあ馬の準備するか!」
「せっかくだ。途中で少し馬を走らせるのもいいな」
「それなら早めに出ましょうよ」
「いや、どうせなら街道の向こうまで――」
「……あなたたち」
男三人大いに盛り上がる中、すぐ後ろから聞こえた声に一斉に振り返ると、そこには母が立っていた。
「何のお話をしているの?」
「いや、カイ殿たちを迎えに行こうと思ってな」
「三人で?」
「ああ!」
母の表情を見た瞬間、ロイドとカイルは一瞬にして大人しくなる。
「グレン」
「はい」
「あなたは辺境伯でしょう?」
「ああ」
「ロイドは次期辺境伯。カイルも領軍の仕事があるわよね?」
「……はい」
「三人揃ってわざわざ出迎えに行く必要があるのかしら?」
「「「……」」」
「お迎えなら兵を出せば済む話でしょう?それなのに、どうしてあなたたちが三人も揃って行こうとしているの?」
「いや、その……」
「せっかく来てくれるので……」
「直接迎えた方がいいかなって……」
母は三人を順番に見る。
「それで、お仕事は?」
「「「……」」」
「あなたたち、先日もカイ様との手合わせのことで騒いでいたわよね?その時私が、何て言ったか覚えている?」
少し離れたところから父と兄二人の様子をずっと見ていたエレナは、三人が揃って大人しくなっている姿に感心していた。先ほどまであれだけ威勢よく話していたのに、母が来た途端これである。
「そもそも、お迎えに行くのは構わないけれど、あなたたちが行くのは許可しません」
「「「……」」」
「お客様をお迎えするのですから、まずはきちんとお屋敷でお待ちなさい。手合わせをするにしても、到着してからでしょう?」
「「「………」」」
「それから、カイ様もセドリック様も長旅の後なのよ。到着した途端に訓練場へ連れていくような真似はしないでくださいね?返事は?」
「「「はい!」」」
大の男三人が揃って返事をする光景に、エレナは笑いを堪えるのに必死だった。
「エレナ」
「はい?」
「あなた、馬で迎えに行ってきてくれる?兵を二人つけますから、二人をお迎えしてきてちょうだい」
「いや、いいけど……」
まさか自分が抜擢されるとは思いもしなかったが、母からの指名に逆らえるわけがないエレナに父と兄は恨めしそうに視線を向けてくる。
母の登場で三人が揃って迎えに行くという案はなくなり、代わりにエレナが迎えに行くことになったのだ。
◇ ◇ ◇
「……というわけで、私が来た」
一通り話を聞いたセドリックは、返す言葉に少々迷った。
「……辺境伯閣下とお兄様方は、随分と楽しみにされているのですね」
「楽しみな気持ちはわかるけど、手紙をもらった時からずっとテンション高くて引いてる」
「それは……何と言いますか」
「母が止めてなかったら、たぶん本当に三人で来てたよ」
話を聞いていたカイは少しだけ残念そうだ。
「カイカイ、そんなにロイド兄に会いたかったの?」
「ああ。楽しみにしていたからな」
「大丈夫だよ。屋敷に着いたら嫌でも会えるから」
「それは楽しみだ」
迷いなく答えるカイに、エレナは何とも言えない顔をした。
「……カイカイもそっち側か」
「何がだ?」
「いや、何でもない」
セドリックは二人のやり取りを聞きながら、先ほどの話を思い返していた。
辺境伯本人とその息子二人が揃って客人を迎えに行こうとし、夫人に叱られて大人しくなるなんて、普通の貴族家では、まず聞かない話だ。
それでもエレナの話しぶりからは、そうした騒動がこの家では珍しくないことが伝わってきた。
「だから、セドリック様。屋敷に着いたら先に母上のところに行こうね!父上たちに先に捕まると、しばらく離してもらえないと思うから」
「ええ、もちろんです」
「特にカイカイ」
「俺か?」
「うん。絶対に訓練場直行になるから」
「俺は構わないが」
「……うん。カイカイも脳筋だもんね」
カイの返事にエレナは呆れた表情を浮かべた。それを見てセドリックが笑う。
どうやら、今回の長期休暇は思っていた以上に賑やかなものになりそうだ。
その後もエレナに先導されながら進むと、前方に大きな屋敷が見えてきた。
「あれが私の家だよ!」
周囲を囲む立派な外壁に、広い敷地。遠目にも王都の貴族邸とは違う、どこか堅牢な造りが見て取れる。
セドリックは改めてその建物を眺める。
王国西部の国境を守るノワール辺境伯家。
王立学園の伝説とまで言われたロイド・ノワールを輩出し、王立騎士団でも一目置かれる辺境の精鋭たちを抱える名門。
その本拠地へ、ついに足を踏み入れることになる。
「……いよいよですね」
「ああ」
やがて馬車が屋敷の門前へ差しかかると、エレナは二人へ向き直った。
「ノワール辺境伯邸へようこそ!」
普段と変わらない明るい声に、セドリックとカイは頷く。
こうして二人は、エレナに案内されながらノワール辺境伯邸へと到着したのだった。
――ただし、その屋敷でどれほど熱烈な歓迎が待っているのかは、まだ知らなかった。




