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72.エレナ帰還

*エレナの一人称視点です


馬車に揺られて数日ーー


窓の外には緑豊かな田畑が続き、長閑な風景が広がっている。商人や農家の馬車とすれ違うことはあるものの、数日前までいた王都とは違い、どこか時間までゆっくり流れているように感じた。


王都での生活も嫌いではない。

アカデミーにもすっかり慣れたし、シャルたちと一緒に暮らす生活も楽しかった。気づけばルシアンたちと顔を合わせることも当たり前になっていた。


だけど、少し開けた窓から入ってくる草と土の匂いも、遠くに見える畑も、王都よりずっと少ない人通りも全部懐かしい。


(やっぱり私はこっちの方が落ち着く)


そうして外を眺めているうちに、やがて見慣れた屋敷が見えてきた。


「やっと着いた……!」


馬車が屋敷の前で止まり、扉が開くと同時に外へ降りると聞き慣れた声と共に小さな影が勢いよく走ってきた。


「エレナ叔母様!」

「エドガー!」


そのまま飛び込んできた甥を抱き止める。久しぶりに会ったエドガーは、前に見た時より少し大きくなっていた。


「ただいま。元気だった?」

「うん! エレナ叔母様、遅かった!」

「王都からここまで何日掛かると思ってるのよ。……でもまた背伸びた?」

「父上が、いっぱい食べていっぱい鍛えれば大きくなるって!」

「六歳に何教えてんの、あの人……」


相変わらずらしい兄の言葉に笑いながら、エドガーの頭を撫でる。


「アデルは?」

「お昼寝してる」

「そっか。後で会いにこうかな」


エドガーに手を引かれ、そのまま屋敷へ向かう。


「母上たちは?」

「中にいるよ」

「父上と兄上たちは?」

「知らない!」


妙に元気よく返されたのが少し気になったけれど、そのまま玄関へ向かった。


扉を開け、久しぶりの我が家へ足を踏み入れる。


「ただいまーー!」

「お帰りなさい、エレナ」

「お帰り」

「母上! 姉上!」


声を響かせると、奥からすぐに出てきた母と姉が揃って迎えてくれる。


「長旅だったでしょう。疲れてない?」

「全然。馬車に乗ってただけだし」

「エレナはそう言うと思ったわ」


久しぶりの二人と少し話したところで、さっきから気になっていたことを聞く。


「そうだ。父上と兄上たちは?」

「少し、お願いしていることがあるの」


笑顔のまま答えた母の声が低い。


――あ、これ怒ってる


昔から、母上がこの声を出した時は逆らわない方がいい。


「……何したの、あの三人」

「それは後で話すわ。それよりエレナ、ちょっとこちらへ来なさい」

「え?いや、荷物もまだ――」

「使用人に任せてあるわ」

「でも長旅でちょっと疲れたし」

「さっき全然疲れてないって言ったわよね?」


逃げ道がなくなり、助けを求めるようにエドガーを見ると、さっきまで隣にいたはずなのにすでに外に出ようとしていた。


「じゃあ僕、訓練行ってくる!」

「……」


六歳に見捨てられた。なんて空気を読める子なんだ……


渋々、母と姉に連れられて応接室へ入ると、中にはアメリア義姉様とフィオナ義姉様が揃っていた。


「お帰りなさい、エレナ」

「長旅お疲れ様」

「ただいま……」


嫌な予感しかしない……

席につくと、アメリア義姉様がお茶を出してくれる。


「……アメリア義姉様」

「なあに?」

「助けて」

「お義母様が正しいから」


最後の望みを託して視線を向けるも即答され、フィオナ義姉様まで普通に頷いている。


「諦めた方がいいわよ」

「フィオナ義姉様まで!」


そこからは母上と姉上による事情聴取が始まった。


どうして王太子殿下たちと親しくなっているのか。どうして王太子殿下たちがヴェイロン公爵家のタウンハウスを訪れることになったのか。騎士科の訓練に出入りしている件に、私が王都で何をしていたのか一通り聞かれる。事情聴取と言うよりもはや尋問だった……


「ちょっと待って。何でそんな事まで知ってるの?って言うか私だけじゃないよね?」

「だからってやっていい理由にはならないでしょう」

「姉上……」

「私は正しいことを言ってるわ」


今日は完全に母上側らしい。

アメリア義姉様とフィオナ義姉様もお茶を飲みながら聞いているだけで、助ける気は全くなさそうだった。


「それにしても、本当に王太子殿下たちとそこまで仲良くなってるのね」

「私もこんなことになると思ってなかったよ」

「相手が誰であれ、節度を持ってお付き合いするなら構いません。でも授業は抜け出さない。騎士科へ行く時も無茶はしない。返事は?」

「はい!」


…これ以上怒らせるのはやめておこう。

一通り話が終わったところで、ようやく最初から気になっていたことを聞く事にした。


「で、結局父上たちは何してるの?」

「反省中」


答えてくれたのは姉だった。


「手紙をもらった時から楽しみにしてたみたいだけど、あなたが帰ってきたら『もうすぐ来る』って急に実感したらしくて、朝から三人で騒ぎ始めたのよ」

「何したの?」

「誰が最初にカイ様と手合わせするかで揉めて、その後訓練場の予定を勝手に組み直そうとして、普段より訓練を厳しくしようって話まで始めた」

「……何してんの、あの人たち」


アメリア義姉様とフィオナ義姉様が揃って頷いた。妻二人がこの反応なら、相当だったんだろう。


「それで母上が怒ったの?」

「ええ。少し用事をお願いしてるの」


……詳しくは聞かない方が良さそうだ。


「晩餐には会えるわ」

「反省が終わればね」


……怖い。


でも、久しぶりの母上と姉上も、相変わらずの兄上たちも、義姉様たちも何も変わっていなかった。王都での生活が当たり前になっていたけれど、やっぱりここが私の家なんだと改めて実感する。


ーー明日から何しようかな?


久しぶりの我が家の空気に胸を躍らせた。


*次回からまた神視点に戻ります

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