70.閑話:国王からの課題
*男子会〜エレナに予定を伝えるまでの間の話しです。
長期休暇も迫ってきたある日、アレクシスとセドリックは、王宮内にある国王の執務室を訪れていた。
ロイドからノワール領へ誘われて以降、アレクシスはすぐに父王への面会を申し入れていたものの、国王は連日公務に追われており、現宰相であるセドリックの父も同様になかなか予定が合わなかったのである。
セドリック自身、自宅で長期休暇中の予定について軽く尋ねられたことはあったが、その場では「殿下とご一緒にお話しします」とだけ伝え、詳しい事情までは話していなかった。
そしてようやく今日、二人揃って時間を取ってもらえたのだ。
「父上。本日は長期休暇中の予定について、ご相談があります」
執務机の向こうに座る国王へアレクシスが切り出す。
その横には宰相の姿もあり、セドリックは父へ軽く一礼した。
「聞こう」
「長期休暇中、ノワール辺境伯領へ赴きたいと考えています」
その瞬間ーー書類に目を落としていた国王の手が止まり、宰相も顔を上げた。
「……ノワール領?」
「はい」
二人の反応に、アレクシスとセドリックはわずかに視線を交わす。
「何故またノワール領へ?」
「先日、ヴェイロン公爵家のタウンハウスを訪れた際、ロイド・ノワール殿と顔を合わせる機会がありまして。その際に長期休暇中、ノワール領へ来ないかと誘いを――」
「…待て!」
国王が片手を上げ、アレクシスの言葉を遮った。
「……今、ヴェイロン公爵家のタウンハウスと言ったか?」
「言いましたが」
「そのような報告は受けていない」
国王の視線がそのままセドリックへ移る。
「セドリック。お前も同行していたのか?」
「ええ。私と殿下、それからルシアンとカイも一緒でした」
国王と宰相が揃って黙った。
「お前、この前家で聞いた時は長期休暇の相談があるとしか言わなかったな?」
「詳しいお話は殿下とご一緒にすると申し上げたはずですが?」
「確かに言っていたが……まさかその前段階があるとは……」
宰相がセドリックを見るも特に悪びれた様子もなく、国王が一度深く息を吐いた。
「……アレクシス」
「はい」
「何故、お前たち四人が揃ってヴェイロン公爵家のタウンハウスへ私的に足を運ぶような仲になっている?」
アレクシスとセドリックは一度顔を見合わせると、アカデミーへ入学して以降、エレナたち四人と知り合い交流するようになったこと。彼女たちがヴェイロン公爵家のタウンハウスで共に暮らしていること。そして、アカデミーで手合わせしていたエレナとシャルロットの話がきっかけとなり、四人揃って招かれたことまで一通り説明する。
その途中でロイドとカイルが突然現れた件まで聞くと、国王と宰相は揃って何とも言えない顔をした。
「……なるほどな。それでロイドに捕まったわけか」
「捕まったわけではありません」
先に口を開いたのは国王だった。アレクシスが即座に訂正すると、宰相が僅かに笑う。
「ロイドなら似たようなものでしょう」
「……お二人とも、ロイド殿をご存じなのですか?」
今度はセドリックが尋ねると、国王と宰相は顔を見合わせた。
「知っているとも」
「学生だった頃からな」
あまりにも当然のように返され、今度はアレクシスたちが黙る番だった。
「ノワール辺境伯領は西の要だ。我が国としても、あそこの軍には一目置いている。それに、ノワール辺境伯本人とも昔から個人的に付き合いがある」
「ロイドもあの方の息子とだけあって、昔から随分と目立つ方でしたからね」
宰相が懐かしむように言う。
「今ほど落ち着いてはいなかったが……あの頃から剣の腕は突出していた。まあ……問題も多かったが」
最後の一言だけ妙に含みがあり、アレクシスが僅かに眉を寄せたが、国王はそれ以上ロイドの話を広げなかった。
「さて。ノワール領へ行きたいという話だったな?」
「はい」
「お前が王太子である以上、私的な長期滞在として許可するわけにはいかない」
予想していた答えに、アレクシスは黙って続きを待つ。
「だが、辺境防衛や領地運営の視察という名目であれば話は別だ」
「では……」
「許可しよう。ただし条件がある」
国王が宰相へ視線を向ける。
「先にセドリックを向かわせる」
セドリックが僅かに姿勢を正す。
「現地の状況、受け入れ態勢、周辺の安全を確認し、一度王都へ報告を入れろ。その報告を受けた後、アレクシスは護衛を伴い出発する」
「承知しました」
「護衛としてルシアンを同行させても?」
「構わん。連れて行け」
これでノワール領行きの目処は立った。
「ノワール家へ行くのであれば、夫人にも失礼のないようにな」
「夫人に?」
アレクシスが聞き返すと、国王と宰相の表情が少しだけ変わった。
「ノワール辺境伯夫人は、非常に立派な方だ」
「私も尊敬していますよ」
宰相まで即座に続けたことで、セドリックが珍しく目を瞬かせる。
「父上がそこまで仰るのは珍しいですね」
「それほどの方だということだ」
「辺境伯本人も優秀な男だが、あの家があれだけまとまっているのは夫人の存在が大きい」
国王が何とも言えない顔で遠くを見る。
「……まあ、行けば分かる」
その言い方に、アレクシスとセドリックは揃って小さな疑問を抱いたが、これ以上聞いても教えてもらえそうになかった。
ただ、国王はまだ話を終える気配を見せない。
「それと、もう一つ確認しておく」
先ほどとは違い、その目が完全に王としてのものへ変わる。
「アレクシス。お前には現在、複数の婚約候補がいるな?」
「はい」
「その状況でヴェイロン公爵家の令嬢が暮らす私邸へ私的に出向いたという事実は、見方によっては別の意味を持つ」
アレクシスの表情が僅かに硬くなる。
横にいたセドリックも何も言わず、静かに視線を落とした。
「シャルロット・ヴェイロン嬢を、将来的な婚約者として考えているという意味で受け取ってよいのか?」
一瞬、室内が静まり返った。
少し前までなら、アレクシスは即座に否定していただろう。だが、今は違う。
お茶会で彼女が婚姻の話をした時の胸の騒ぎも、エレナと楽しそうに笑っていた姿も、そして自分の口から飛び出した「私は?」という問いも、すでに答えは出ている。
アレクシスは父王を正面から見た。
「……はい」
国王の眉が僅かに上がる。
「私は、シャルロット嬢に好意を持っています」
その言葉に、隣にいた宰相が僅かに目を細めた。
国王はしばらく息子を見つめたあと、短く息を吐く。
「そうか…。ならば、ノワール領だけでなくヴェイロン公爵領にも行ってこい」
「……ヴェイロン公爵領へ?」
「当然だ。将来の婚約者として望むのであれば、娘の父親に一度も自分の意志を示さずに話を進めるつもりか?」
「いえ」
「ヴェイロン公爵にも顔を見せ、自分の口で話してこい」
父から発せられたまさかの課題に、アレクシスは僅かに言葉を失う。
「それで?」
「……何がでしょう」
「シャルロット嬢本人には、もう気持ちを伝えたのか?」
アレクシスが黙る。その沈黙だけで十分だった。
「……まだなのか」
「自覚したのが最近ですので…」
「では公爵より先に、本人の気持ちをどうにかしろ」
「父上?!」
「相手にその気がないのに父親へ話を持っていってどうする」
国王が眉間を押さえながら告げた言葉は、至極もっともだった。
「まずシャルロット嬢本人に、お前を婚約者として考えてもらえるところまで行け。それからヴェイロン公爵へ話せ」
「……簡単に仰いますね」
珍しくアレクシスが即座に返すと、宰相が口元を押さえた。
国王は気にすることなく、今度はセドリックへ視線を向ける。
「ところでお前はどうなんだ?」
嫌な予感がしたのか、セドリックの表情が僅かに固まる。
「……何がでしょうか」
「分かっているだろう」
今度は宰相まで息子を見る。
セドリックは少しだけ黙ったが隠す理由もない。
「……イザベラ嬢を好ましく思っています」
「そうか。ならば頑張れ」
「……はい」
意を決して告げるも、あまりにも軽い父の言葉にセドリックは内心複雑な心境になる。
横で聞いていたアレクシスが、何とも言えない顔でセドリックを見た。
自分はつい先ほど、本人を落とし、さらにヴェイロン公爵領へ赴いて父親にも自ら話せと課題を増やされたばかりである。
その視線に気づいたセドリックは、僅かに笑った。
「殿下とは立場が違いますので」
「分かっている」
分かってはいる。だが納得できるかどうかは別の話だ。
「話は以上だ」
国王が書類へ手を伸ばす。
「セドリックは先にノワール領へ向かい、報告を寄越せ。アレクシスはその後だ」
「承知しました」
二人が揃って一礼する。
こうしてようやく、ノワール領行きの正式な許可が下りた。
ただしアレクシスだけは、ノワール領へ向かう前から新たな課題を一つどころか二つほど抱えることになったのだった。




