69.閑話:騎士団長の許可
ーー時は少し遡る
エレナ達の元を訪れた翌日、講義の後カイは王立騎士団の詰所を訪れていた。
基本的に訓練場にいる彼が詰所にあらわれるのは珍しく、作業をしている隊員たちが物珍しげに視線を向けてくる。
そんな視線も気にせず、騎士団長室の扉を叩いた。
「失礼します」
一言告げ入室すると、執務机で書類仕事をしていた男が顔を上げた。
バルド・レーヴェン。
王国最高峰の軍事組織である王立騎士団を束ねる騎士団長――カイの父親である。
「騎士団長に申し上げます。アカデミーの長期休暇に伴い、私も長期休暇の許可をいただきたく参りました」
息子からの申し出の意味がわからず、わずかに眉間に皺がよる。
もともと、厳つい顔立ちのためさらに凄みがます。
「……期間は?」
「休暇開始から終わるまでの約二月ほどです」
「……理由は?」
「ノワール領へ行くためです」
「……ノワール領?」
先ほどまでの威厳ある表情がわずかに崩れ、珍しく面食らったような顔になる。
「何故ノワール領に行く事になったんだ?」
「先日、王太子殿下の護衛としてヴェイロン公爵家のタウンハウスを訪れた際、ロイド殿と顔を合わせる機会があり誘っていただきまーー」
「ちょっと待て…!」
言葉を遮るように制した直後、バルドは両肘を机につき、そのまま額を両手で覆った。
「……」
「団長?どうかなさいましたか?」
カイが不思議そうに問いかけてくるが、それどころではない。深い息を吐くとバルドは顔を上げた。
「カイ。今からは騎士団長としてではなく父として話す。何故、王太子殿下とヴェイロン公爵家へ行く事になったのだ?」
アカデミーでの事やエレナ達がヴェイロン公爵家で一緒に住んでいる事など、一通り話を聞き終えしばらくカイを見つめた後、理解できたと息を吐く。
「……そういうことか。では、その時にロイドから誘われたと」
「そうです」
「……ロイドか。確かにお前ぐらいの年齢だとロイドに憧れる者が多いのは知っている」
「……父上はロイド殿の事を良くご存じなのですか?」
「ああ。ノワール辺境伯家の軍は、実戦においては王立騎士団をも凌ぐと言われている。知らないわけがない。それにロイドは、学園時代からよく知っている」
カイは驚きを隠せず、目を見開いたまま一瞬言葉を失った。これまで父の口からロイドの名を聞いたことは一度もなく、昔から知っていたなど、考えたこともなかった。
「ノワールに行くという事は、あちらの訓練にも参加するのか?」
父の言葉に我に帰るとすかさず頷く。
「はい。ロイド殿に手合わせを申し出たところ快く承諾をいただきました。辺境伯領での訓練にも参加させてもらうつもりです」
「では、休暇を許可する。王立騎士団とは違いあちらの訓練はより実戦向きだ。得られるものが沢山あるだろう」
「ありがとうございます!」
バルドの言葉に喜びが隠せず、普段は見せる事などないほどの笑顔でカイは答えた。
「それにしても…団長室ではなくこの話は自宅でも良かったのではないか?」
「家だと母上の横槍が入りそうなので…」
呆れた顔をしたバルドだが、カイの言葉に「確かに」と即座に納得したのだった。
◇ ◇ ◇
「それでは、失礼します」
一礼して団長室を出た瞬間だった。
「おい、カイ!ノワール領に行くって本当か!?」
待ち構えていたように数人の騎士が一斉に詰め寄ってくる。
「……聞いていたのか?」
「聞こえたんだよ!あんな話してたら気になるだろ!」
「ロイド殿と手合わせするって言ってたよな!?」
「ずるいぞ、お前!」
先ほどまで仕事をしていたはずの騎士たちが、揃いも揃って妙に目を輝かせている。
「ノワール領の訓練にも参加するんだろ?」
「俺も一度でいいから向こうの訓練に混ざってみたい」
「というかロイド殿と手合わせとか、普通に羨ましすぎるだろ!」
口々に言われ、カイは少しだけ呆気に取られる。
「……そんなにか?」
「そんなにだよ!」
「お前、分かってないな!ロイド・ノワールだぞ?」
「今でも騎士団じゃ名前出るくらいなのに」
「しかも向こうから誘われたんだろ?」
「手合わせまで約束してるとか、どれだけ恵まれてるんだよ!」
即答され、勢いに押されたカイは自分がロイドに憧れていることは自覚していたが、どうやらそれは自分だけではなかったらしい。カイはその事実に、わずかに目を瞬かせた。
「帰ってきたら絶対話聞かせろよ」
「訓練内容もな!」
「あとロイド殿が今どれくらい強いか!」
「全部だ、全部!」
次々と注文を増やしていく騎士たちに、カイは小さく息を吐く。
「……覚えていたらな」
「絶対覚えてろ!」
「そこは約束しろ!」
詰所に響く騎士たちの声を背に、カイはその場を離れた。
休暇の許可は無事に下りた。
そして、思っていた以上にノワール領へ向かうことを羨ましがられているらしい。
だが、カイにとって一番重要なのはーーロイド・ノワールとの手合わせ。
その機会が正式に得られたことに、カイは人知れず満足していた。




