68.次はノワール領で!
明日から長期休暇に入るため、エレナたち四人は帰る前に裏庭へ集まっていた。
裏庭には夕方の柔らかな陽が差し込み、風に揺れた木々の葉がさらさらと音を立てている。
最後の講義が終わり、廊下を行き交う学生たちの足取りも普段より軽く見えた。明日の朝にはそれぞれが王都を離れ、自分の領地や実家へと戻っていくのだろう。
「アカデミーに通うとはいえ、今までこんなに長く王都に滞在することなんてなかったものね」
シャルロットがベンチの背へ軽く手を置き、感慨深そうに呟く。イザベラも周囲を見回しながら小さく頷いた。
入学が決まってから数か月。講義に通い、時には騒動に巻き込まれながら過ごす生活にも、気づけばすっかり慣れていた。
「私は久しぶりに家族に会えるのが楽しみ!お姉様にも会いたいし!」
「リリは無邪気でいいわね……」
浮かれるリリアナとは対照的に、エレナは少し遠い目をした。
「帰ったらロイド兄たちから話を聞いた姉上に捕まるし、母上にも怒られそうなのよ。何で王太子達と仲良くなってるの、とかって……」
「授業を抜け出した件も含めて、自業自得じゃない?」
シャルロットに即座に切って捨てられ、エレナはぐうのぐ音も出ない。
「でも、一番嫌な予感がするのは父上なの。一週間前に『誰がいつ行くか』の手紙を出したのに、昨日の夜にはもう返事が届いたのよ?」
王都からノワール領までは急いでも数日かかる。手紙が届いたその日に『最速で届けろ』と返信を送らせたとしか思えない速さだ。
「……そんなに楽しみにしているの?」
「『承知した。カイ殿とは是非一度手合わせしたい』って書いてあった……絶対にロクなことにならない……」
想像がつくだけに、三人は顔を見合わせて苦笑した。そうしてエレナのため息が落ちたとき――
「あ、ルー達じゃない?」
リリアナが指さした先の廊下の窓際にアレクシスたちの姿があった。向こうも四人に気づいて足を止めている。
「おーい! もう帰るのー?」
リリアナが大きく手を振ると、セドリックが優しく手を振り返す。
「ええ、そちらもですか? 荷物は大丈夫なのですか?」
「私はほとんど終わってるわ」
「私も」
「エレナは絶対終わってないよね?」
横から茶化すリリアナに、エレナは「終わってるし!……ほぼ!」と食い下がるが、上からカイの低い声が飛んできた。
「今日中に終わらせろよ」
「わかってるよ!」
不満げなエレナを見て、ルシアンがかすかに口元を緩める。
「じゃあ、またノワール領で!」
「ああ。気をつけてな」
アレクシスたちが挨拶を返し、再び廊下の先へ歩き出していった。遠ざかる背中を見送りながら、リリアナがぽつりと呟く。
「なんか変な感じ。明日からしばらくここに来ないんだよね」
見慣れた校舎やこの裏庭ともしばらくはお別れだ。けれど、寂しさは不思議と湧いてこなかった。
「場所が変わるだけよ。それも賑やかなノワール領にね」
イザベラがくすりと笑う。
「明日全員ちゃんと寝坊せずに出発しなさいよ。特にリリと、荷物が終わっていないエレナ!」
「わかってるよ!!」
シャルロットの指摘に、またしても四人の笑い声が裏庭に響いた。
明日から、それぞれの休暇が始まる。
――ノワール領で待ち受ける強烈な家族と、怒濤の日々を、この時はまだ誰も知る由もなかった。




