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58.アカデミーのお茶会

 王立アカデミーでは、講義とは別に学生同士の交流を目的とした茶会が開かれることがある。その日も学院内の広間には、中央貴族や高位貴族の子女たちが集まっていた。


 普段はあまり顔を出さないシャルロットだったが、今回は侯爵家以上を対象とした集まりということもあり、イザベラと共に招待を受けていた。


 会場に入り案内された席を確認したシャルロットは、わずかに目を瞬かせる。

 同じ卓には、主催者の侯爵令嬢とその婚約者、そして王太子のアレクシスと、その婚約者候補であるベアトリス・グランヴィル侯爵令嬢、さらにルシアンの姿があった。

イザベラは少し離れたセドリックたちのいる卓のようだ。


「では、また後で」


小声で告げて自分の席へ向かう。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。ルシアン様」

「ああ」

「……」


社交的な笑みを浮かべるアレクシスと、相変わらず無表情なルシアン。その温度差にシャルロットは内心で苦笑した。


 茶会が始まると、話題は王都の流行や各家の領地、最近の学院生活へと移っていく。アレクシスは誰からの話にも卒なく応じ、隣のベアトリスも手慣れた様子で会話を弾ませていた。

一方で、シャルロットの隣に座るルシアンはといえばーー


「ヴァルトシュタイン様は、今年の休暇も王都でお過ごしなのですか?」

「今のところは」


それきり、淡々とカップに口をつけている。

やがて卓の会話がいくつか分かれ始めた頃、シャルロットは思い出して隣へ声をかけた。


「そういえばルシアン様、ルーチェは元気ですか?」

「ああ」

「ちゃんとルーチェになったんですね」

「考えるのが面倒だった」

「……エレナには言わない方がいいですよ」

「なぜだ」

「文句を言われますよ」

「……うるさそうだな」


あまりに平然と言うので、シャルロットは小さく笑った。

そこから自然と、カイに引き取られた猫の話へと続く。


「カイ様のところも、結局ビーツになったみたいです。リリがすごく喜んでいました」

「……想像できる」

「最初はカイ様も嫌そうでしたのに」

「そのうち慣れるだろ。カイカイと同じだ」


珍しく言葉を交わす二人の隣ではアレクシスが主催者の婚約者から紅茶の産地について話しかけられていた。


「殿下は、こちらのお茶はお口に合いますか?」

「ああ、香りが素晴らしいね。南部のものかい?」


穏やかに受け答えをしながらも、アレクシスの耳には隣のやり取りがはっきりと届いていた。


猫の名付けや友人たちの話――普段なら自分も混ざっているような些細な話題を、今日は二人だけでしている。


「殿下?」ベアトリスに覗き込まれ、アレクシスは視線を戻した。


「どうかされました?」

「いや……何でもないよ」


その時、主催の侯爵令嬢がシャルロットたちを見て微笑んだ。


「お二人は随分とお親しいのですね。同じ公爵家同士、お似合いなのではありませんか?」


唐突な言葉に、シャルロットは驚いて隣を見る。ルシアンも視線を上げたが、表情は変わらない。

「そういう話はない」

「私も受けておりません」


二人揃ってあっさりと否定され、主催令嬢は拍子抜けしたように目を丸くした。


「まあ!そうなのですか?てっきりお話くらいはあるのかと」

「父から聞いたことはありません」

「俺もない」


二人にとっては何でもない話だった。

アレクシスは手にしていたカップを静かにソーサーへ置く。ルシアンとシャルロットに婚約の話がない。ーー自分には何の関係もない


その後も茶会は滞りなく進み、話題が再び各家の縁談へと及んだ際、主催令嬢がシャルロットへ尋ねた。


「ではヴェイロン様には、他にお話が進んでいらっしゃるのですか?」

「いくつか父から話は聞いていますが、まだ具体的には何も。いずれ良い方がいらっしゃればと思っています」


差し障りのない返答に、主催令嬢も深く追うことなく別の話題へと移っていく。


アレクシスは何も言わなかった。わざわざ、他家の婚約者の話を広げるつもりもない。ただ――「良い方がいらっしゃれば」という言葉だけが、妙に耳に残った。


◇ ◇ ◇


茶会が終わり、席を立ったシャルロットは合流したイザベラと共に会場を後にする。

「どうだった?」

「少し緊張したけれど大丈夫。シャルは?」

「ルシアン様と猫の話をしてたわ」

「お茶会で?」


くすくす笑い合う二人の声が遠ざかっていく。

その背中を何となく見送っていたアレクシスに、隣から短く声がかけられた。


「おい。帰らないのか?」

「……帰る」


歩き出しながら、アレクシスは先ほどの会話を思い出していた。

ルシアンとの間には何もないこと、シャルロットのもとにはいくつか縁談が来ていること、そして本人もいずれはと考えていること。


どれも高位貴族の令嬢としては当たり前のことで、気にするようなことではない。


そう自分に言い聞かせながらも、胸のどこかにかすかな引っかかりが残っていた。

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