54.休暇予定と実行委員
「エレナは、休暇に入ったらすぐ帰るの?」
いつものように昼休憩の食堂にて、四人で昼食を取っていると、リリアナがパンをちぎりながら尋ねてきたので、エレナは迷うことなく頷いた。
「うん。最終講義が終わったら、そのまま帰るつもり。父上からも戻るように言われてるし」
「相変わらず早いわね」
イザベラが少し呆れたように言うと、シャルロットも同意するように頷く。
「私たちは一度それぞれ領地へ戻ってから、ノワール領へ行く形かしら」
「そうね。私もまずは家に顔を出さないと」
「私もー。お父様たちに顔見せてからかな」
「じゃあ、来る日が決まったら連絡して。今年も長くいられるといいけど」
長期休暇に入るとシャルロットたちはノワール領で過ごす事が毎年の恒例になっているのだ。
「リリの場合、着いた翌日には訓練場に連れていかれてそうだけどね。ロイド兄様かカイル兄様あたりに」
シャルロットがさらりと言うと、リリアナは嫌そうに顔をしかめた。
「やめてよ、ありそうだから……」
イザベラに笑われ、リリアナの「そりゃ行くけどぉ」と不満げに返すその即答ぶりに、三人は小さく笑みをこぼした。
「そういえば、休暇明けの合同イベントのこと、みんな知ってる? 掲示板に出ていたけれど」
「何それ?」
「知らなーい」
思い出したように出てきた話題に揃って首を傾げるエレナとリリアナに、「二人とも本当に見ないわね……」とシャルロットは軽く溜め息をつき、イザベラがくすくすと笑いを漏らした。
「全学年と全科が参加する行事でしょう? 少しだけ噂を聞いたわ」
「ええ。今年は規模が大きくなるみたいで、各学年と各科から実行委員を出すことになっているの。それで……私が一般科一年の代表に選ばれたのよ」
「シャルが?」
思いがけない報告に、三人が一斉に顔を上げた。昨日教師から打診され、断る理由もないため引き受けたのだという。
「そういうの、シャルは向いてるもんねぇ」
納得したように頷くリリアナに、シャルロットは微笑みながら話を続ける。
「今日の放課後に最初の会議があるから、三人は先に帰っていてね」
一通り予定を共有し終えると、賑やかな時間はいつも通り過ぎていった。
◇ ◇ ◇
放課後ー指定された二階の会議室へ向かったシャルロットは、扉を開けて室内を見渡した。
一般科一年代表――シャルロット・ヴェイロン
入口近くの机に置かれた名簿に目を通し、指定された席番号を確認して顔を上げたとき、すぐ近くから声をかけられ、振り返ると、アレクシスが立っていた。
「シャルロット嬢」
「殿下も、実行委員だったのですか?」
「ああ。今朝、決まったと通知された」
「それは……打診ではなく決定ですね」
「私もそう思う。面倒だと断ったんだがな」
真顔で返す彼に、シャルロットは思わず口元を緩めた。そのまま二人で並んで席につくと、やがて全員が揃い、担当教師から概要が説明された。休暇明けのイベントに向けて、各科の役割分担や備品管理、当日の進行補助などを実行委員が担うという。
「一般科については、一年と二年で連携して参加者名簿と日程表の確認をお願いします」
教師の指名を受け、一般科の作業卓へ分厚い資料が運ばれてきた。
「一年はこちらですね。先に学年ごとに分けてから、全体の日程と照らし合わせましょう」
「分かった。二年は俺が受ける」
役割を分担し、二人は黙々と手を動かした。抜けの指摘や重複の除外など、作業はスムーズに進んでいく。
「もうそこまで終わったのですか? さすがですね!」
隣の席の生徒に驚いたように声をかけられ、シャルロットはあっさりと返した。
「同じ一般科ですから」
相手も深く追及することなく自分の作業に戻り、アレクシスも黙ったまま手元の資料へ視線を落とす。
同じ一般科の代表同士ー
何の変哲もない事実であり、それ以上でも以下でもない。
だが、その一言がなぜか妙に耳に残った。
作業が一通り終わり、全体会議は散会となった後、シャルロットが片付けをしていると、教師から声をかけられた。
「ヴェイロン嬢、すまないがその資料を隣の資料室へ戻しておいてもらえるか?」
「承知しました」
積まれた資料を抱えようとした瞬間、横から手が伸びて半分ほどが持ち上げられる。
「殿下? 大丈夫ですよ、このくらいなら」
「いいから寄越せ。私も行く」
「ですが……殿下に荷物を持っていただくわけには……」
アレクシスは一瞬手を止め、静かにシャルロットを見下ろした。
「何故だ?」
「何故…と言われましても……王太子殿下ですし」
「そういう意味じゃない。……もういい、行くぞ」
どこか納得いかない様子の彼に首を傾げつつも、シャルロットはそのまま二人で資料室へと向かった。
静かな廊下を歩きながら、たわいの無い話を交わす。
「思っていたより準備が多そうですね。休暇前はもう少し余裕があると思っていました」
「実行委員になった時点で諦めろ」
「殿下は切り替えが早すぎます」
「やることになったならやるだけだ」
資料室に入り、指定の棚へ分厚い冊子をすべて戻し終えたシャルロットは、小さく息を吐いた。
「ありがとうございました。手伝っていただいて」
「次からは自分で全部持とうとするな」
「持てましたけれど……」
「そういう話じゃない」
アレクシスは何か言いかけたが、理解していなさそうな彼女の様子を見て、それ以上追及するのをやめた。
資料室を出て廊下の分かれ道に至ると、シャルロットが足を止めて一礼する。
「では、私はこれで。休暇明けまでよろしくお願いいたします」
「ああ」
いつもの柔らかな笑みを残して去っていく彼女の背中を、アレクシスはしばらく見送っていた
今日一日、周囲から何度も二人まとめて扱われた。
一般科の代表同士。二人なら安心だ。息が合っているー
そのたびに、シャルロットは何でもないことのように受け流していた。『同じ一般科だから』という言葉でー
荷物を持とうとした時もそうだ。『王太子殿下だから』と。
どれも正しい。自分は王太子で、彼女は公爵令嬢。二年代表と一年代表。何一つ間違っていない。なのに、なぜか少しだけ気に障った。
「……何だ、これ」
自分でも何に対して引っかかっているのか分からない。周囲が勝手に一括りにすることか、それを彼女が全く意に介していないことか。それとも、何をしても結局『殿下だから』という枠に収められてしまうことなのか。
答えは出ないまま、いつもなら聞き流しているはずの呼び名だけが、いつまでも余韻を残していた。




