53.天然令嬢と子猫
エレナの噂を巡る騒動から数日が経った。人目の多い場所で騒ぎになったこともあり、目撃した者たちの間から「噂とは随分話が違っていたらしい」と広まっていったおかげで、あれ以来エレナが例の噂を耳にすることはなくなった。
そんなある日のこと、エレナとリリアナは困り果てていた。
ーー発端は講義の後、イザベラが帰りがけに「少し寄りたいところがある」と言い出したことである。シャルロットには別の予定があったため三人で合流し、そのまま連れてこられた学院の裏庭で、イザベラは四匹の子猫を抱えて至って真剣な表情を浮かべていた。
「この子たち、連れて帰ろうと思って」
思わず黙り込んだ二人をよそに、イザベラは悪びれもせず言葉を続ける。
「四匹とも?」
「うん」
「……まずシャルに相談しよう? 家に連れて帰っていいか聞いてから!」
慌てて止めるエレナにリリアナも頷く。動物は好きだし、身を寄せ合う小さな姿を見れば放っておけない気持ちは分かる。だが、それとこれとは話は別だ。
「置いていくのは可哀想だし、二匹ずつなら良いかしら」
「数の問題じゃない! それに親猫がいるかもしれないでしょ?」
「それも探して、見つけたら一緒に連れて帰ればいいわね」
「増やすな!」
本人は至って真剣だからこそ、何を言っても会話が少しずつ噛み合わない。説得に限界を迎えたリリアナは「誰か呼んでくる!」と言い残し、校舎へ走っていった。
ーーー
廊下へ飛び出したリリアナは、向こうから歩いてくるカイの姿を見つけるやいなや、迷わず駆け寄ってその腕をぐっと掴んだ。
「お願い、助けて!」
「……何だ」
突然の突進に驚き、カイは足を止める。そのまま必死に腕を引っ張ってくるリリアナの手に、カイは一瞬返事に詰まった。以前にも同じように引っ張られたことはあったはずなのに、振り払うことなど到底できず、隣にいたセドリックまで巻き込みながら、言われるがまま引きずられていくしかなかった。
「エレナ、連れてきたよ!」
裏庭まで連れてこられた二人の視線の先には、子猫を抱え首を傾けるイザベラと必死の形相で説得を続けるエレナの姿があった。
事情を悟ったカイは「なぜ俺を呼んだ」と呆れリリアナに顔を向けた。
「カイカイなら何とかしてくれるかなって」
「根拠は?」
「なんとなく!」
横からセドリックが「まだかなり小さいですね」と子猫を覗き込む。イザベラは愛おしそうに一匹の背中を撫でた。
「置いて帰るのが心配で……可愛いでしょう?」
「ええ、そうですね」
答えるセドリックの視線は、子猫からイザベラへと移る。普段は落ち着いている彼女が夢中で猫を抱く姿に、ーー可愛い。ふと浮かんだ言葉に、自分でも少し驚いた。
結局その日は学院の職員に事情を話し、一旦様子を見ることになった。帰宅後話を聞いたシャルロットも「もし親猫が戻らなくて引き取り手がいなかったら、二匹までよ」と折れるしかなかった。
ーー翌日
エレナ、シャルロット、リリアナ、イザベラの四人で様子を見に向かうと、子猫の数は五匹に増えている。
「一匹増えてる……!」
「昨日はいなかった子ね。兄弟かしら」
驚愕するエレナたちに、イザベラだけが冷静だ。二匹はシャルロットの家で引き取れるが、残り三匹の行き先がない。思案したエレナは「……ルーたちに聞いてみる?」と提案した。
五匹の子猫を連れて王族控室へ向かうと、男性陣は思わぬ訪問者に動きを止めつつも、抱えらている子猫と四人の様子に、アレクシスは察したように「私は無理だ。王宮では勝手に飼えない」とすかさず先手を打つ。リリアナたちはあっさり「ですよね」と返し、残る三人を見つめる。
「残り三匹で、ちょうど三人いるんだよ」
「その数え方をするな」
嫌がるルシアンをよそに、セドリックが「一匹でしたら構いませんよ」と真っ先に申し出ると、イザベラがパッと明るい笑顔を浮かべた。
「カイカイも一匹! お願い!大事にしてくれそうだし!」
「……一匹だけだぞ」
リリアナにまっすぐ見つめられ、カイも折れるしかない。嬉しそうに笑う彼女から、カイはわずかに視線を逸らした。
最後の一匹を前にしたルシアンは「嫌だ」と即答したものの、エレナに子猫をそのまま押し付けられる。腕の中で小さく鳴く子猫と、目の前で嬉しそうに覗き込むエレナの顔を見比べ、ルシアンは諦めたように溜め息をついたのだった。
こうしてシャルロットの家に二匹、セドリック、カイ、ルシアンが一匹ずつ引き取ることになり、無事に全員の行き先が決まる。
「よかったね、ベラ」
「ええ。結果的に全員連れて帰れたわね」
満足そうに微笑むイザベラの横で、昨日あれほど必死に説得していたエレナとリリアナは、遠い目をして顔を見合わせるのであった。




