51.エレナ、いちゃもんをつけられる
「少し、よろしいかしら?」
呼び止められた理由が分からないまま、エレナは目の前の令嬢たちに向き直った。
「はい。何でしょうか?」
「ノワール様は最近、騎士科の方々と随分親しくされているそうですね。訓練場へもよく足を運ばれているとか」
「……そうですか?」
首を傾げるエレナの横で、シャルロットとイザベラが様子を伺う。
先頭の令嬢が言葉を継いだ。
「私の婚約者も先日、模擬戦でノワール様と手合わせしたと言っておりました。とても強く、気さくな方だったと」
「ああ……あの時の」
ようやく心当たりができたエレナは、褒められているのか責められているのか分からないまま、「ありがとうございます?」と小さく礼を返す。
すると、隣にいた別の令嬢も口を開いた。
「私の婚約者はノワール領の出身です。領主家と騎士団の距離が近いことは知っておりますが……学院でも随分と気安くお話しされているようですわね」
「領地の人とは昔から顔を合わせる機会も多いですし」
将来ノワール領へ嫁ぐなら、婚約者が自分を知っていても不思議はない事だ。
「それで……?」
「最近、騎士科に頻繁に出入りして男子生徒と親しくされている令嬢の噂をご存知ですか?」
「知ってますけど」
「でしたら、ご自分のことだと分かっていらっしゃるものだと思っておりました」
あまりにも当然のように返され、エレナどころか横にいた三人まで固まった。
「えっ、あの噂って私のことですか?」
「他に誰がいらっしゃいますの?」
呆然とするエレナに、令嬢たちは畳みかけるように話し出す。
「何度も騎士科の方とお話しされているのをお見かけしましたし、一緒に訓練場へ向かわれていたこともございます。」「男性の方々との距離が少々近いのではありませんか?」「王都では誤解を招くこともございますわ」
言い方に刺が混ざり始めたところで、リリアナが一歩前に出た。
「それだけでエレナが変な近づき方をしてるみたいに言うの?」
「ベルモンド様もノワール様と随分お親しいですものね。ご友人なだけありますわ。それに、ヴェイロン様もリュシェール様も、お付き合いになる方は少し考えられた方がよろしいのでは?」
その言葉に、それまで黙っていたシャルロットとイザベラがの顔が瞬時に変わるーー
「エレナが人との距離が近いのは親しい相手に限ったことで、男性相手だからではありません。私たちに対しても同じです。それに、リリアナに対してもその言い方は何なのでしょう?貴女方に何かご迷惑をおかけしてるのかしら?」
シャルロットの声は穏やかだったが、眼差しには一切の笑みがなかった。イザベラも毅然と続く。
「何もご存知ない方に、私たちの交友関係まで口を出されたくありませんわ」
いつもなら一番に言い返すリリアナやエレナより先に二人が怒っているのを見て、エレナは逆に冷静になっていく。
周囲の野次馬が増え始めたその時、人だかりをかき分けて騎士科の男子生徒たちが駆け寄ってきた。
「エレナ様!」
声がした方を振り返ると、男子生徒が数人こちらへ向かってくるところだった。先日の模擬戦で顔を合わせた者や、ノワール領出身の生徒の姿もある。
「婚約者が揉めてるって聞いて来たんですけど……何してるんだ、お前」
集まってきたうちの一人が、先頭にいた令嬢に向かって顔をしかめた。どうやら彼女の婚約者らしい。
「あなたこそ……ノワール様が騎士科の訓練に参加されていると聞いて……」
「それに、あの噂の件もありますし」
焦る令嬢たちに対し、ノワール領出身の生徒が自身の婚約者に呆れたように息を吐いた。
「噂って……エレナ様のことだと思ってたのか? 俺が話すのは昔から知ってるからで、領地じゃ普通だぞ」
「でも王都では違いますわ!」
令嬢が反論すると、先頭の令嬢の婚約者が後を継ぐように口を挟んだ。
「俺が手合わせしたのは模擬戦で当たったからだ。話が気さくだったからそう言っただけで、ノワール嬢から近づいてきたわけじゃない。勝手に変な意味に取るな」
「ですが、男性生徒に囲まれていたという話もありますわ!」
なおも引かない令嬢の叫びに、一緒にきていたノワール領出身の生徒が即答する。
「囲んだの俺らです」
「……何ですって?」
「この前の模擬戦で人数が足りなくて、お願いしたら嫌がられたんで、三人で囲んで連れて行ったんです。そもそもエレナ様が訓練に来たことなんて数えるほどしかありませんよ」
真相があっさり明かされ周囲の空気が一変すると、気まずくなった令嬢たちが婚約者と言い争い始めだす。ーー直後、低い声がそれを割った。
「そこまでだ」
カイを先頭に、アレクシス、ルシアン、セドリックが歩み出てくる。
「ここで続けても話が堂々巡りになるだけだ。今日の講義が終わったら関係者は全員集まれ。私たちも第三者として立ち会う」
アレクシスの静かだが威厳のある一言に、反論する者はいなかった。ギャラリーも次の講義を思い出して散っていく。
静かになったホールで、エレナはようやく息を吐いた。
「……結局、あの噂って私だったの?」
「みたいだね」
「全然気づかなかった……」
呆然とするエレナに、騎士科の生徒が申し訳なさそうに頭をかいた。
「お嬢、何かすみません……」
「何であなたが謝るの?」
「いや、俺らが連れて行ったせいもありそうなんで」
「……確かに!」
「そこ認めるんですね」
「次は絶対行かないからね!」
「まだ言ってる……」
少しだけいつもの調子が戻ってきたところで、予鈴の鐘が鳴り響いた。
詳しい話は、すべての講義が終わった後だ。




