50.噂話と見知らぬ令嬢達
昼食を済ませたエレナたちは次の講義まで少し時間があったため、そのまま本館の休憩スペースに寄っていた。
ここは講義棟へ向かう生徒がよく通る場所で、壁際には長椅子と小さなテーブルが置かれている。四人も空いていた席を見つけ、少し休んでから移動することにしたのだ。
「そういえばこの前話した騎士科の噂、まだ続いてるみたいだよ」
「へえ、まだ続いてるの?」
「うん。この間聞いたときより話が増えててさ。騎士科の男子とよく一緒にいるとか、訓練場に頻繁に出入りしてるとか。『私はサバサバしてるから』って言ってるらしいよ」
「……知らない人の話でしょ?」
座って早々、リリアナが思い出したように出した話題に、エレナが特に興味もなさそうに返す。
リリアナの話で、シャルロットとイザベラも以前聞いた話を思い浮かべた。最初こそ騎士科という単語でエレナを思い浮かべたものの、訓練に参加したことがあるのも、男子生徒と親しそうに話しているのも知っているが、聞けば聞くほど違う人物にしか思えなかった。
「他にもあるよ。男の人といる方が気楽だとか、女同士って面倒とか言ってるって」
「噂って広がるほど尾ひれがつくもんね。でもそこまで特徴がはっきりしてきたなら、本人は気づいてないのかな」
「本人が普段いる場所と噂してる人たちの交友関係が違ったら、意外と耳に入らないかもね」
イザベラとエレナが言葉を交わすと、シャルロットが頷きそこで一旦話が途切れた。周囲の生徒たちが次の講義について話し、廊下を行き交う人数も徐々に増えていく。
リリアナが講義に向けて鞄の中を探り始めた時、今度はシャルロットが口を開いた。
「実は最近、別の噂もあるんだよね」
「婚約者候補がいる男性や、親しくしてる令嬢がいる人にばかり近づく子がいるらしくて。講義や人間関係の相談事をして二人になりたがるみたい」
「うわぁ……」
リリアナが露骨に嫌そうにする。
「しかも何か言われたら『そんなつもりじゃない』って言うんだって」
「……一番面倒なやつじゃん」
エレナの即答にシャルロットも苦笑いした。
「一人だけなら偶然かもしれないけど、何人も続いたら気になるよね。関わりたくないな」
「私も。ていうか、巻き込まれそうだし絶対嫌」
全員が全く同じ考えに至ったところで、シャルロットがエレナとリリアナを見やる。
「二人とも、変なことに首突っ込まないでよ」
「私は何もしてないよ! この前廊下を走ったのは、エレナが逃げたからでしょ! 人の髪で遊ぶし!」
「あれは逃げるでしょ。それに起きないから触っただけ」
「絶対関係ない!」
いつものごとく言い合いを始める二人を、シャルロットとイザベラは呆れつつも笑って眺めていた。
しばらく賑やかに話しているうちに周囲を通る生徒が増えてきたため、四人は席を立って講堂へ向かうことにした。
途中にある中央ホールは学院内でも特に人通りの多い場所で、大階段の前にはいくつもの廊下が繋がっている。午後の講義への入れ替わり時間ということもあり、一般科だけでなく騎士科や他学科の制服も混じっている。
「今日の講義、眠くならないといいなぁ」
「寝たら置いていくからね」
相変わらず軽口を叩き合いながら歩いていた、その時だった。
イザベラが、少し先にいる三人の生徒がこちらを見ていることに気づいた。先頭にいるのは栗色の髪を綺麗にまとめ、姿勢がよくきっちりとした雰囲気がある令嬢で、似た雰囲気の令嬢を連れ立っている。
「知り合い?」
小さく囁くイザベラに、シャルロットは首を横に振り様子を伺っていると、令嬢たちは真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「ノワール様」
「……私?」
声をかけられ、エレナたちが足を止めると、先頭の令嬢は周囲を一度気にするように見回したあと、改めてエレナを見た。
「少し、よろしいかしら?」
何故呼び止められたのかも分からず、エレナが令嬢たちを見つめる横で、三人も不思議そうな顔をしていた。
中央ホールの真ん中で対峙するように七人の令嬢が立ち止まったことで、周囲を通る生徒たちがちらちらと視線を向けてくる。
少し離れた大階段付近では、別の廊下から出てきたアレクシスたちも足を止めていた。その中でルシアンの視線が、エレナの前に立つ令嬢たちへ静かに向かう。
いつもの雑談で呼び止められたわけではない、どこか緊張感のある空気が漂っていた。




