49.制服が違う
午後の講義へ向かうため、エレナとイザベラは並んで回廊を歩いていた。二人で行動するのも久しぶりだ。
「次の講義、眠くなると困るなぁ」
「昨日リリアナの髪で遊んでいた人が言うこと?」
「それとこれとは別だよ」
そんな他愛のない会話を交わしながら一般訓練場の近くまで来ると、イザベラがふと足を緩めた。
「あら?」
つられて目を向けたエレナも首を傾げる。いつもは騎士科専用の訓練場を使っているはずだが、今日は珍しく一般訓練場で実技を行うらしく、騎士科の制服を着た男子生徒が集まっていた。そのまま通り過ぎようとしたエレナの視線に、見慣れた二人の姿が飛び込んでくる。
「あれ……ルーとカイカイ?」
カイが騎士科の制服を着て帯剣しているのはいつもの事だが、問題はその隣だ。ルシアンまで一般科ではなく騎士科の制服を身に纏い、腰に剣を下げていた。見た目だけなら完全に騎士科の生徒だ。
「ルシアン様、一般科だったよね?」
「うん、たしかそう」
二人は顔を見合わせる。気になったエレナは、イザベラを伴って二人がいる訓練場の入口近くまで歩み寄った。
「ルー、カイカイ」
近くで声をかけると、先に振り返ったカイに続いてルシアンもこちらを見た。
「何でルーがその格好なの? 一般科じゃなかった?」
「一般科だ」
「じゃあ、なんで騎士科に混ざってるの?」
「掛け持ちができるんだ」
答えたのはカイだった。
「掛け持ち?」
聞き返すエレナに、一定の条件を満たしておけば一般科に籍を置いたまま騎士科の座学や実技も履修できるのだとカイが教える。ルシアンも隣で短くそれを補足した。
「そんな制度があるんだね」
「ほとんど使う奴はいないがな」
「だから知らなかったのですね」
イザベラが納得したように頷く傍らで、エレナは改めてルシアンを見つめた。いつもの制服姿とはかなり印象が違う。騎士科の制服で帯剣しているせいか、ただでさえ近寄りがたい雰囲気が一層際立っていた。
「でも、似合ってるね」
「……そうか」
ルシアンは短く返した。昨日までなら気にも留めなかったはずの一言に、今は妙に心が落ち着かない。エレナはそんな変化には気づかず、今度はカイへ視線を向ける。
「カイカイはいつも通りだね」
「褒めてないだろ」
カイが呆れたように言ったタイミングで、少し離れたところから声が飛んできた。
「お嬢!」
エレナの表情が一瞬で引きつる。
「……ゲッ!」
見れば、先日模擬戦へ半ば強引に彼女を連行したノワール辺境伯領出身の男子生徒が歩いてくるところだった。
「お嬢、この間は無事帰れました?」
「本当にいい加減にしてほしいんだけど」
「いやぁ、人数が足りなかったんで助かりましたよ。お嬢、強いですし」
「褒めても次は絶対に行かないからね。次の日しっかり筋肉痛だったんだから」
「それはご愁傷様です」
悪びれずに笑う男子生徒とエレナの、遠慮のない会話。イザベラが気にした様子もなく聞いている横で、ルシアンは黙ったまま二人を凝視していた。
昨日自分の気持ちに気づいたばかりのせいか、以前なら流していたようなやり取りまで妙に引っかかる。距離が近く会話も気安い上、エレナの方にも一切の遠慮がない。相手が同郷の知人だと分かってはいても、面白くなかった。
「じゃ、俺は戻りますね。また訓練する時はよろしくお願いします」
「絶対嫌! 二度と来ないで!」
手を振って仲間のもとへ戻っていく背中に、エレナは深くため息を吐いた。
「相変わらず扱いが雑ね……」
「領地にいた頃からこれだからね。もうちょっと敬意とかあってもいいと思うんだけど」
そう答えてふとルシアンを見ると、さっきから妙に静かだった。
「ルー? なんか機嫌悪い?」
「別に」
即答して視線を逸らすルシアンに、エレナは首を傾げる。
「講義があるんだろ?遅れるぞ」
「あ、本当だ。ベラ、行こ」
時間を確認した二人はその場を離れ、午後の講義へ向けて歩き出した。少し離れたところで、イザベラが隣のエレナに声をかける。
「……ルシアン様、少し変じゃなかった?」
「やっぱり? 何でだろ」
何か怒らせるようなことをした覚えはない。昨日逃げるために盾にした件も、その場ですでに怒られている。
「まあ、いいか」
「ほんと、そういうところ変わらないよね」
「え?」
「なんでもない」
小さく微笑むイザベラと共に、エレナはそのまま講義室へと向かった。




