48.それぞれの婚約者事情(今更)
「未婚の、ましてや婚約者もいない令嬢が、無闇矢鱈と自分から男性に密着するものじゃありません!」
王族控室にシャルロットの声が響いた。一通り説明を終えたエレナとリリアナは、並んで座ったまま揃って肩を縮める。
「ルシアン様やカイ様に婚約者がいらしたら、その方だって気分のいいものではないでしょう」
イザベラからの静かな追撃に、二人はハッと息をのんだ。
「……ルー、婚約者っている?」
「カイカイも?」
あまりにも今更な質問に、男性陣が一瞬黙り込む。
「いるならごめん。今まで普通に距離近かったから」
「私も。今日めっちゃ腕引っ張ったし」
急に素直に謝り始めた二人を見て、アレクシスが思わず吹き出した。
「知らなかったとはいえ嫌じゃん」
「だから最初からそれを言っているのよ!」
シャルロットに呆れられ、二人は肩を落とした。少し間を置いて、エレナが改めてルシアンを見る。
「で、いるの?」
「今はいない」
「前はいたってこと?」
食いつくリリアナに促され、ルシアンは面倒そうに息を吐いた。
「学園にいた頃にな。向こうから解消された」
「……何したの?」
「何もしてない」
「その言い方、逆に怪しいよ」
「本当に何もしてない。……冷たいとか、何を考えているか分からないと言われた。それに、好かれていると思えないってな」
淡々と語るルシアンに、エレナとリリアナは呆れ顔を向けた。
「……そういうところじゃない?」
「今も他人事みたいに話してるし。婚約者なのに何も態度に出ないんじゃ、相手も不安になるよ」
「言葉にしなければ伝わらないこともありますからね」
シャルロットの苦笑混じりの補足にもルシアンが黙り込むと、アレクシスが面白そうに追撃した。
「随分責められているな、ルシアン」
「うるさい。黙れ」
その流れで、リリアナが今度はカイを振り向く。
「カイカイは? 婚約者候補とかは?」
「……いたことはあるが、話はなくなった。訓練ばかりしていたからな」
女性陣四人は一瞬黙り込み、深く納得したように頷いた。
「あ、納得」
「うん、カイカイならそうだろうね」
カイは不機嫌そうな顔を浮かべたが、最後の一人へ自然と視線が集まった。
「……何ですか」
セドリックは嫌そうに眉をひそめたが、観念したように息を吐く。
「私も以前は婚約者がいましたが、破棄になりました。相手に別に好きな方ができたんです。私としては円満だと思っていたんですがね」
いつもの調子で話すセドリックを前に、控室の空気が一瞬で凍りついた。
「……ごめん」
「謝らないでください、余計に困ります。もう終わった話ですから」
軽々しく突っ込めない話に、女性陣は気まずそうに黙り込む。見かねたアレクシスが話を切り替えた。
「そういえば、お前たち三人は婚約者はいないのか?」
「いないけど?」
「私もいないよ」
「女学院に通っていたこともありますし、四人ともおりませんわ」
イザベラの言葉にエレナがうなずき、話が終わったかと思った瞬間、シャルロットの顔つきが変わった。
「あら?それとこれとは話が別よ!婚約者がいないからといって、好きに男性へ密着していい理由にはなりません!」
「あ、まだ説教続くんだ」
「当たり前でしょ!」
結局そのあともしばらく、二人はシャルロットとイザベラからの長い説教を受けることとなった。
◇ ◇ ◇
ーーその日の夜
帰宅したルシアンは、自室のソファで本を開いていた。だが、先ほどから同じページを眺めたまま、内容は一切頭に入ってこない。
昼間の出来事が何度も脳裏をよぎるーー
見つけた瞬間、何の迷いもなく自分のもとへ走ってきた姿。背後に隠れ、逃げようとする腕を掴んで引き戻してきた感覚。肩や腕が触れたあの感触が、いつまでも消えない。
ただ逃げるためだったことも、誰に対しても距離が近い性質なのも分かっている。それなのに、騎士科の男子生徒たちと楽しそうに話しているだけで妙に面白くないのだ。
昔の婚約解消を思い出す。当時は相手が誰と話していても気にならなかったし、解消が決まった時も大して心は動かなかった。
だが、今は違うーー
周囲から近寄りがたいと遠巻きにされる自分に、当たり前のように話しかけてくる。
他の男と一緒にいると苛立ち、触れられた感触ばかりを追いかけてしまう。
ルシアンは静かに本を閉じた。
一度深く考え、もう一度自分に問いかける。
そうして行き着いた一つの可能性に、彼は一人で固まった。
「……待て」
口に出してみると、恐ろしいほどしっくりときた。
「俺……エレナのこと、好きなのか?」
静まり返った部屋の中で、ルシアンは静かに頭を抱えるのだった……。




