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47.追いかけっこしてたら


 その日の最後の講義が終わり、教室には帰り支度をする音が響いていた。

 エレナも机の上の教本を鞄へ詰め込みながら隣を見る。リリアナは机に突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。講義の後半から妙に静かだとは思っていたが、どうやら途中から完全に眠っていたらしい。


 シャルロットとイザベラが少し離れたところで他の令嬢に声を掛けられている隙に、エレナは帰り支度を終えてリリアナの横に立った。


「リリ、終わったよ」


 声をかけても起きる気配はない。しばらく寝顔を見下ろしていたエレナだったが、ふとリリアナの頭頂部に目が留まった。少し思案したあとそっと髪を一束取ると、持っていた細い髪紐で頭のてっぺんにまとめる。


 妙に立派なちょんまげが完成した。思っていた以上の出来栄えで、お世辞にも似合っているとは言えないが、そこが面白い。


「何してるの?」


いつの間にか戻ってきたイザベラが呆れた顔で見てきたが、エレナが人差し指を口元に当てて見せると、覗き込んだシャルロットも一瞬言葉を失う。


「怒られても知らないわよ」

「大丈夫、大丈夫」


 その時、「ん……」とリリアナが動いた。

エレナの顔から笑みが消える。ゆっくり顔を上げたリリアナは、まだ眠そうな目で周囲を見渡した。


「終わった?」

「うん、終わったよ」


 エレナは珍しく素直に答え、すでに鞄を肩に掛けている。

 リリアナは伸びをしつつ、髪を整えようと頭へ手を伸ばした。ピタリと手が止まる。違和感を覚えてもう一度触ると、明らかに何かが結ばれていた。


「……エレナ?」

「先に帰ってるね!」


エレナは即座に教室を飛び出した。


「エレナぁぁぁ!!」

「似合ってるって!」

「嘘つけぇ!!」


廊下に響く怒声と二人の足音を見送りながら、残されたシャルロットとイザベラは深くため息を吐いたのだった……



◇ ◇ ◇


「待てぇぇぇ!」


 猛スピードで廊下を走ってきたのは、頭のてっぺんにちょんまげを作ったリリアナだった。

 前を歩いていたアレクシス、セドリック、そしてカイが振り返る。立ち止まったリリアナの姿に、カイは遠慮なく視線を向けた。


「何だそれ」

「エレナがやったの! カイカイ貸して!」


 返事も待たずにカイの腕を掴むと、リリアナは再び走り出した。正確には本人は必死に走っているつもりなのだが、腕を引かれているカイは普通に歩いている。


「早く! 逃げられる!」


 横目で自分を見るカイの表情は、「お前、それ本気で走ってるつもりか?」と言いたげな冷ややかな呆れ顔を浮かべていた。


「私は必死で走ってるんだけど!? 脚長いの腹立つ!」

「八つ当たりするな」


 文句を言われながらも、カイは腕を振りほどかずに引かれていく。残された二人は呆れ顔でその背中を見送った。


「……普通について行きましたね」

「行ったな。まあ……あいつなりに思うところでもあるんだろう。本人に聞くつもりはないが」


アレクシスとセドリックも苦笑しながら後を追った。


◇ ◇ ◇


 一方、しつこく追いかけてくる気配に焦るエレナは、角を曲がったところで一人で歩くルシアンを見つけた。


「ルー!」

「嫌な予感しかしない」


 直後、遠くからリリアナの叫び声が響く。エレナは躊躇なくルシアンの背後へ回り込んだ。


「巻き込むな、やめろ」

「お願い、ちょっとだけ!」


 避けるルシアンにしがみつくように逃げ回るうち、エレナが咄嗟に腕を掴んで引き戻した。一気に距離が縮まり、肩と腕が触れ合う。

 エレナは背後を警戒するのに夢中で気づいていないが、ルシアンの動きが止まった。騎士科の男子生徒とも普段からこんな距離感なのかと思いが巡り、胸のあたりが妙にざわつく。


「いたぁ!」


 廊下の向こうから、カイの腕を掴んだリリアナが走ってきた。


「何でカイカイまで連れてきてるの! 卑怯!」

「一人じゃ捕まらないかもしれないでしょ!」

「助っ人のチョイスがおかしい!」


押し問答の隙に抜け出そうとしたエレナだったが、ルシアンに腕を掴まれた。


「俺を盾にした時点で諦めろ」

「裏切り者!」


 追いついたリリアナにも反対の腕を掴まれ、エレナは完全に退路を断たれた。そこへ二人の後を追ってきたアレクシスとセドリックも歩み寄ってくる。呆れた顔のカイと額を押さえるセドリックを横目に、アレクシスが二人に告げた。


「ここで続ける気なら控室で聞く。二人ともついてこい」


◇ ◇ ◇


 王族控室に入り、セドリックが事の顛末を整理する。


「講義中に寝ていたリリアナ嬢の髪をエレナ嬢が結び、怒ったリリアナ嬢がカイを巻き込んで追いかけ、エレナ嬢はルシアンを盾にした……ということですね」


「盾って言わないで」と不服そうなエレナに、ルシアンは「どう見ても盾だ」と即座に返す。

 ルシアンは壁際に立ち、さっき触れた腕の感触や距離の近さを思い出していた。エレナは何とも思っていないと分かっているからこそ、自分ばかりが気にしている現状が余計に面白くない。

 そんな彼らのもとへ、ノックの音が響き扉が開いてシャルロットとイザベラが入ってきた。

 室内を見回した二人は、まだ頭にちょんまげを残したままのリリアナに目を留め、シャルロットが静かに溜め息をつく。


「……今度は何をしたの?」


エレナとリリアナは、揃って気まずそうに目を逸らした。

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