46.お茶会と噂話
*今回はイザベラ視点のお話しです
すべての講義が終わり、放課後の穏やかな陽光が差し込む頃。イザベラはシャルロットとともに、同学年の令嬢が主催する小さなお茶会へと足を運んでいた。
会場となったのは、学園の庭園の奥にたたずむ風通しの良い東屋である。白磁のティーセットからは甘く華やかな紅茶の香りが立ち上り、レースのクロスが敷かれたテーブルの上には、丁寧に焼き上げられた小ぶりな焼き菓子がいくつも並べられていた。
参加者は主催者を含めて六人ほど。大掛かりな夜会のような余計な腹を探り合う張りつめた空気もなく、親しい者同士で世間話に花を咲かせる和やかな集まりだ。
とはいえ――イザベラにとって、こうした社交の場が居心地の良い空間かと言われれば、些か怪しい。自ら次々と話題を提供して場を盛り上げるような真似は到底できないし、輪の中心で器用に立ち回る術も持ち合わせてはいなかった。
「イザベラ様、こちらの焼き菓子もとっても美味しいですわよ。どうぞお取りになって」
「まあ、ありがとうございます」
主催の令嬢に勧められるまま、上品な微笑みを返して薄焼きのクッキーを皿へと移す。
ふと隣に目をやると、シャルロットはいつもの優雅な佇まいで自然と会話の輪に溶け込んでいた。どのような話題にも笑顔で心地よい相槌を返し、場を和ませている。社交の場における彼女の洗練された立ち回りには、いつ見ても感心させられるばかりだ。
自ら会話を広げることもできず、振られた話題に二言三言ほど無難な返答をして途切れさせてしまうのがイザベラの常である。温かい紅茶を静かに口へ含み、手元に意識を集中させることで時間をつぶすことに徹していた。
「そういえば」
向かいの席に座っていた令嬢が、ふと思い出したように視線を向けた。
「お二人って、ノワール様とも親しくされていらっしゃいますのよね?」
唐突に友人の名前が飛び出し、イザベラはカップをソーサーへ戻して顔を上げる。隣のシャルロットも、首を微かに傾げて華やかな笑みを浮かべた。
「ええ、幼い頃からの大切な友人ですわ」
「やっぱり噂通りなんですのね。ノワール様って随分とさっぱりされたご性格だとお聞きしますけれど、実際はどうなんですの?」
「そうですね……細かいことをいつまでも気にして引きずるようなタイプではありませんわね」
シャルロットの過不足ない模範解答を受け、イザベラも控えめに頷いて言葉を添える。
「ええ、割とさっぱりしてますわ」
ただ、「何も考えていない大雑把な人間」かと言われれば絶対に違う。感情は分かりやすく顔や態度に出るし、納得がいかないことや嫌なことがあればその場でハッキリと文句を叩きつける。さっぱりしているというよりは、単に回りくどい陰湿な嫌がらせや、持って回ったような言い訳を嫌うだけなのだ。もっとも、わざわざ自分から他人にそこまで詳しくエレナの生態を説明してやる義理もないため、イザベラはそれ以上口を開かずに黙っておくことにした。
「騎士科の訓練にもご参加されることがあるとか」
「ええ、そういうこともありますわね」
「やはり辺境伯家のご令嬢ともなると、私どもの感覚とは少し違っていらっしゃるのね」
「まあ……本人に面と向かって言えば、全力で嫌がりそうですけれど」
イザベラがぽつりと呟くと、シャルロットが可笑しそう笑った。
会話がひと段落し、主催者が次の茶葉を淹れ直そうとしたその時だ。少し離れた席に座っていた令嬢が、声をひそめて扇の陰から口を開いた。
「そういえば、騎士科といえば……最近、男子生徒の方々と随分と仲良くされている令嬢がいらっしゃる噂、ご存じかしら?」
「ああ、私も聞きましたわ!」
待ってましたと言わんばかりに、別の令嬢がすぐに食いつく。
イザベラは再び焼き菓子へ伸ばしかけた手を止め、胸中で首を傾げた。
(……エレナ?)
ほんの一瞬だけ脳裏をよぎり――チラリと横目で見やったシャルロットの表情を見ると、きっと同じ疑問を抱いたのだろう。
「あちらの訓練場へかなり頻繁に出入りされていて、男子生徒の方々ともよく一緒にいらっしゃるとか」
「それに、ご自身で『私はサバサバした性格だから』とおっしゃっているそうですわ」
「まあ。その方、同性より異性といる方が気楽で楽だとおっしゃっているみたいですよ」
「男子生徒の方々に囲まれているところもよく目撃されていて、身体が触れそうなくらい距離が近いこともあるとか」
「随分と積極的な方なのねぇ」
感心したような、あるいは呆れを含んだ周囲の声を聞きながら、イザベラの中で「違和感」は瞬く間に「完全な否定」へと変わっていった。
まず、エレナが自ら好んで訓練場へ頻繁に通うわけがない。さらに決定的なのは性格だ。彼女はさっぱりしてはいるが、自分から「サバサバしている」などと触れ回るタチではないし、同性との付き合いを面倒がるような場面など一度も見かけたことがない。
唯一当てはまりそうな「男子生徒との距離の近さ」にしてもそうだ。昨日の放課後、ガタイのいい騎士科の生徒たちに退路を塞がれ、『嫌だって言ってるでしょ! 離しなさいよ!』と悲鳴を上げながら引っ立てられていった光景が鮮やかによみがえる。あれを「仲睦まじい」や「積極的」と解釈するのは、あまりに双方の力関係と悲鳴を無視しすぎている。
(……一瞬でも疑って悪かったわね、エレナ)
心の中でひそかに友人に謝罪すると、イザベラは波風を立てないよう短く言葉を返した。
「……大胆な方もいらっしゃるんですね」
隣のシャルロットもすでに全てを悟り、すっかり興味を失ったご様子で静かに紅茶を口へと運んでいる。
その後、噂話は潮が引くように収束し、会話の話題は王都に新しくオープンした話題の菓子店や、今度仕立てるドレスの生地へと移っていった。
イザベラは振られた時だけ適当に相槌を打ちつつ、手元のカップや皿に意識を向けて時間をつぶす。
ふと、先ほどの「自称サバサバ系の令嬢」の話が頭をかすめ、記憶の引き出しが開きかけたが――途中で考えるのをやめた。自分たちの平穏な日常には何の関係もない他人の話だ。
(まあ、いいか)
イザベラは小さく胸中で呟くと、一口サイズの焼き菓子をひとつ摘み上げ、優雅に口へと運んだ。




