6.例の四人に遭遇した
*セドリック視点
数日前、カイと共に二人の令嬢に会った。
一人は、可憐で大人しそうに見えて、思った以上に表情が豊かな少女。もう一人は、淡い銀髪に落ち着いた雰囲気をまとった、いかにも深窓の令嬢といった少女だった。
リリアナ嬢とイザベラ嬢。
どちらも、以前アカデミーの裏庭でエレナ嬢やシャルロット嬢と共にいるところを見かけたことがある。
そして今では、その四人が幼い頃からの友人同士であることも知っていた。
もちろん、こちらの四人について彼女たちが何と呼んでいたのかも。
――城壁
その呼び名を思い出すたび、少しだけ可笑しくなる。
単純に背の高い男が四人並び、その周囲に令嬢たちまで集まった結果、廊下を塞いでいた光景が城壁に見えたとのことだ。
しかも、リリアナ嬢に至っては、城壁の意味を説明するためにカイを実演に使った。
あのときのカイの何とも言えない表情は、しばらく忘れられそうにない。
◇ ◇ ◇
午後、講義を終えた私は、アレクシス、ルシアン、カイと共に本館を出た。
四人で歩くのは珍しいことではなく、周囲から見ればいつもの光景だ。
ただ最近、その「いつもの光景」に妙な意味が加わってしまった。
四人並ぶと城壁になるらしいーー
ふと前を見ると、少し離れた場所に四人が何やら話しながら歩いていた。
短い髪のエレナ嬢、その隣にシャルロット嬢。
少し後ろにリリアナ嬢とイザベラ嬢。
先にこちらに気づいたのはエレナ嬢だった。
ぴたりと足が止まる。
続いてシャルロット嬢もこちらを見た。
二人の視線が、まずアレクシスとルシアンへ向かい、そのあと私とカイへ移る。
そこで、ほんの少し表情が変わった。
アレクシスとルシアンから、残りの二人が私とカイだという話は聞いていたのだろう。
けれど、実際に顔を見るのはこれが初めてらしく、エレナ嬢とシャルロット嬢にとっては、今日初めて私とカイの名前と顔が一致したことになる。
一方、リリアナ嬢とイザベラ嬢もこちらに気づいた。
まず私とカイを見て、それからアレクシスとルシアンへ視線を移す。
リリアナ嬢は一瞬だけ目を丸くした。
以前、私たちと会ったときには、アレクシスとルシアンがどの人物なのかまでは分かっていない様子だった。
王太子アレクシス殿下。
公爵家嫡男ルシアン。
名前として知っていた二人と、以前廊下で見かけた『残りの城壁』が、ようやく同じ人物として結びついたらしい。
リリアナ嬢は四人並ぶ私たちを見上げ、エレナ嬢と顔を見合わせた。
二人とも、妙に分かりやすい顔をしている。
――何か考えている。
そう思った直後だった。
「……城壁が完成した」
「ほんとだ!四人揃うとすごいね!」
二人ともかなり声を落としたつもりなのだろう。
だが、正面にいるのだから普通に聞こえている。
その直後、シャルロット嬢がエレナ嬢の腕を、イザベラ嬢がリリアナ嬢の腕を小さく小突いた。
ほぼ同時だった。
二人とも外向きの上品な表情は崩していない。
ただ、その目だけが明らかに「黙りなさい」と告げている。
エレナ嬢とリリアナ嬢はようやく口を閉じたが、こちらに聞こえているとは思っていないらしい。
もちろん、会話も行動も最初から最後までしっかり見えていた。
笑いそうにはなったが、あえて触れる理由はない。
その時、イザベラ嬢がこちらを確認したあと何事もなかったような顔をして、すっと半歩後ろへ下がった。
エレナ嬢、シャルロット嬢、リリアナ嬢
三人のちょうど後ろ。
あまりにも自然だったが、確実に隠れている。
以前会ったときの様子から何となくそうではないかと思っていたが、どうやら人見知りらしい。
本人は上手く紛れているつもりなのだろう。
淡い銀髪が三人の後ろから普通に見えていたが、それもあえて触れないことにした。
私たちはそのまま歩みを進めた。
向こうも避ける理由はないらしく、その場に留まっている。
アレクシスが足を止め、私たちも自然とそれに倣い何事もなかったように形式的な挨拶を口にする。
シャルロット嬢がすぐに応じ、エレナ嬢とリリアナ嬢も、先ほどまで城壁が完成したと面白がっていた人物とは思えないほどきちんとした表情に戻っている。
イザベラ嬢も三人の少し後ろから静かに頭を下げた。
これで、八人全員の名前と顔がようやく一致した事になる。
一通りの挨拶が終わると、話すことがなくなってしまった。挨拶だけしてすぐに立ち去るのも妙な気がしたので状況を観察する。
いざ並んで見るとこちらは全員かなり背が高い。
対して彼女たちは平均的か、それより少し小柄だ。
特にリリアナ嬢は小さいため以前、カイの後ろへ回って城壁を実演したとき、本当にほとんど姿が見えなくなっていたことを思い出す。
微妙な空気にもかかわらず、リリアナ嬢とエレナ嬢は自分達と私達を見比べていた。
さすがに先ほど小突かれたばかりだからだろう、今度は口に出さないが顔が完全に楽しんでいる。
色々言いたい事はあるが、アレクシスもルシアンもカイも何も言わないし私も、わざわざ無理に会話を続ける理由は思いつかなかった。
ーー沈黙を破ったのは、私たちの誰でもなかった
少し離れた場所から、数人の令嬢の声が聞こえこちらへ向かってくる気配を感じた。
いつものことだ。
特にアレクシスがいると、人が集まりやすい。
声が近づいた、その瞬間エレナ嬢がわずかに周囲を見た。
以前と同じ状況になりそうだと思ったのだろう。
ルシアンも気づいたらしく無言で少し横へずれた。
アレクシスも、それに合わせて端へ寄る。
カイも何も言わずに動き、私も続いた。
結果として、四人とも廊下の片側へきれいに寄ることになった。
令嬢たちが集まってきても、通路を塞がない位置だ。
それを見た瞬間、エレナ嬢とリリアナ嬢が、同時に口元を押さえ二人とも俯く。
肩がわずかに揺れている。
どう見ても笑いを堪えていた。
シャルロット嬢イザベラ嬢が二人へ視線を向けたものの、今回は小突かなかった。
おそらく、声に出していないだけましだと思ったのだろう。
ルシアンは一度だけエレナ嬢を見た。
カイもリリアナ嬢へ視線を向けた。
アレクシスも二人が笑いを堪えていることには気づいているだろう。
何を面白がっているのかは分かりきっていたからだ。
ほどなくして、令嬢たちがアレクシスへ声をかけ始めた。
一人が話しかければ、また一人と増えていく。
ルシアンやカイ、私に声をかける者もいる。
ただ今回は、全員が廊下の端に寄っているため通路そのものは空いている。
その様子を少し離れたところから四人の令嬢は、しばらくこちらを眺めていた。
だが、自分たちがこの場にいる理由もないと判断したのだろう。
こちらへ改めて声をかけることもなく、シャルロット嬢が小さく促すように動きだし、三人まそれに従う。
四人は人だかりの横をすり抜けるようにして裏庭の方へ向かっていく。
私たちも今は令嬢たちへの対応があるので誰もそれを止めなかった。
そうして四人の姿が少しずつ遠ざかっていった。
角を曲がる少し手前。
ようやくこちらから十分離れたと思ったのだろう。
「ふふっ……!」
先に聞こえたのは、リリアナ嬢の声だった。
その直後。
「あははっ、ちゃんと端に寄った!」
エレナ嬢の笑い声まで続く。
思ったよりよく通る声だった。
その後ろから、シャルロット嬢とイザベラ嬢の声も聞こえる。
内容までは聞き取れなかったが、二人を止めていることだけは分かる。
やがて四人の姿が角の向こうへ消えた。
笑い声も遠ざかっていく。
こちらに残った四人の間に、何とも言えない空気が流れた。
アレクシスは令嬢の話を聞きながら、ほんの少しだけ目を細めている。
ルシアンは無表情のままだが、先ほどエレナ嬢たちが消えた方向を一度見た。
カイは通常運転、私も令嬢の対応をしているが、全員同じことを考えている気がした。
薄々思っていたが、彼女たちは妙なところで無防備だ。
本人たちの前では一応取り繕う。
けれど、少し離れた途端に素へ戻る。
その切り替えが早いのか、単純にこちらの耳を甘く見ているのか。
どちらにせよ、遠くかは見た時には分からなかったが四人揃うと想像以上に賑やからしい。
エレナ嬢とリリアナ嬢は思った以上に気が合う。
シャルロット嬢は完璧な淑女に見えて、二人を普通に小突く程度には遠慮がない。
イザベラ嬢も落ち着いて見える一方、人見知りで友人たちの後ろへ隠れながら、その友人を止めるときには容赦がない。
外から見える印象だけではやはりわからない。
おそらく、それはこちらも同じなのだろう。
王太子、公爵家の嫡男、騎士団長の息子、宰相の息子
外から見ればそれぞれそう見えるが、四人でいるときまで常にその肩書き通りに振る舞っているわけではない。
これまでただ「裏庭にいる四人の令嬢」だった彼女たちが、少しだけ違って見えた。
四人それぞれ、思っていたより随分と個性がある。
もう一度話す機会があれば、今度はもう少し違った印象を持つかもしれない。
少なくとも、次に彼女たちと会ったときもきっと退屈はしないだろう。
そして数日後ーー
その予想は、思った以上に早く当たることになる。
エレナ嬢とリリアナ嬢が、アカデミーの片隅で何かを企んでいるところを、カイが見つけたからだ。




