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5.残りの壁にも会いました

*リリアナ視点

数日前、エレナとシャルロットが妙な顔をして帰ってきた。

正確には、エレナは面白がっていて、シャルロットは少し疲れていた。


帰宅後、二人から聞かされた話はこうだ。

以前、廊下を塞いでいた四人のうち二人と偶然遭遇したらしい。

しかも、その二人というのが――王太子殿下と、公爵家の嫡男。

あのとき私たちが、遠巻きに見ながら散々『邪魔だ』『城壁だ』と言っていた四人のうちの二人だったという。


さらに悪いことに私たちが放課後裏庭で話していた内容までしっかり聞かれていたらしい。


その話を聞いた私は笑った。

イザベラは額に手を当て、シャルロットは「笑い事じゃないのよ」と呆れ、エレナは「でも本当に壁みたいだったんだって」とまったく反省していなかった。


私も、朝の人だかりは覚えている。

けれど、あのとき私たちが見たのは、大勢の令嬢に囲まれた四人の背中だけだった。

だから、四人が誰だったのかまでは分からなかった。

王太子殿下の姿くらい知っていてもおかしくないのだけれど、あの人混みでは顔などまともに見えなかったのだ。


もちろん、アレクシス殿下やその側近たちの名前くらいは以前から知っている。

王都の貴族社会で暮らしていれば、嫌でも耳に入る。

けれど、名前を知っていることと、顔を知っていることは別だ。


まして私たちは領地で過ごすことの方が多かったからだ。

だから私は、残りの二人に会うことなんて、そうそうないだろうと思っていたので、"運が悪かったなぁ"程度で完全に他人事として聞いていた。


だが、私はその考えが甘かったことを知ることになる。



◇ ◇ ◇

ーー数日後


午後の講義を終えた私は、イザベラと一緒に本館へ向かっていた。

今日はエレナとシャルロットとは別の講義だったため、二人とは放課後に裏庭で合流する予定になっている。


ーー隣を歩くイザベラは落ち着いた佇まいで、いつも通り静かだ。

深窓の令嬢に例えられる事があるぐらい、少し近寄りがたいと思われることもある。けれど、実際は軽く人見知りの天然で、本人にその自覚はないが以外とポンコツで悪ノリしだすと普段落ち着いているぶんタチが悪いーー


そんなことを考えながら角を曲がったところで、廊下の先に二人の男性が立っているのが見えた。


一人は背が高く、がっしりとした体格。

立ち姿にも隙がなく、武に長けていることがなんとなく伝わってくる。


もう一人もかなり背が高い。

こちらは穏やかな雰囲気で、周囲にも自然な笑みを向けていた。


二人とも目立つというより、ものすごく大きい。


「……あ、残りの城壁」


二人を見たとたん、足を止めた私の口から思わずでた。

隣から静かな視線を感じる。


……しまった!!!


そう思ったときにはもう遅かった。

幸い、それほど大きな声ではなかった――と思いたかったのだけれど…


穏やかな方の男性はこちらに気づいていた。

しかも、私とイザベラを見た瞬間、何かを察したようだった。


嫌な予感がした。


後になって分かったことだけれど、彼は私たちを見た時点で、エレナとシャルロットの友人だと気づいていたらしい。

以前、裏庭で四人一緒にいるところを見ていたうえ、数日前には他の二人から私たちの話も聞いていたらしい。

そして『城壁』の意味についても、本当はとっくに察していたのだ。


廊下に人だかりができていたこと。

四人が並んで立っていたこと。

私たちが『邪魔だった』『壁みたいだった』と話していたこと。


ただ、彼はそれを知らないふりをした。

私がどう説明するのか、少し興味を持ったらしい。



「リリ」


イザベラに名前を呼ばれただけで、言いたいことは分かった。


――口を閉じなさい


そんなところだ。


言い訳を探しているうちに、二人が近くまでやってくる。


私も姿勢を正したけれど、イザベラはもう完璧な令嬢の顔になっている。

さっきまで私を呆れた目で見ていたとは思えない。


ずるい……!!!


あらためて近くにいる彼等を見て思った。


大きい。特に、がっしりした方。


背の低い私からすると、見上げなければ顔が見えない。


穏やかな方の男性が先に軽く会釈をした。


「先ほど、何か聞こえた気がしたのですが」


柔らかな口調だった。


けれど、絶対に聞き逃していない。


誤魔化しても無駄だろうが、私は曖昧な笑みで返す。隣から、イザベラのため息が聞こえそうだった。


彼は少し笑ったあと、首を傾げる私にエレナとシャルロットがアレクシス殿下とルシアンに遭遇した話を知っているのだと説明した。自分達が殿下とルシアンとよく一緒にいる事も。

しかも、別れ際に城壁について話していたことまで聞いているらしい。


それ自体は、私たちもエレナたちから聞いていたが、別れ際の事まで聞かれていた事は知らないかった。

多分、エレナもシャルロットも知らないと思う……


目の前にいる男性二人がその『残りの壁二人』であるのはわかるが誰なのまでは分からない。


私達の困惑している姿を見て、穏やかな方の男性が名乗った。


「申し遅れました。セドリックです」


続いて、がっしりした方も短く名乗る。


「カイだ」


私は固まった。


セドリック・エルメス


カイ・レーヴェン


名前なら知っていた。

宰相の息子で、王太子殿下の側近を務めるセドリック。

そして騎士団長の息子で、王立騎士団にも所属し、殿下の護衛を務めるカイ。


つまり、あの朝見かけた城壁の残りの二人だった。


……待って。

王太子殿下の側近と護衛に向かって、城壁って言った?

しかも本人たちに聞こえる距離で?


横のイザベラも、さすがに一瞬だけ驚いたようだった。

けれど、すぐいつもの落ち着いた表情に戻っている。

相変わらず早い。


私はそんな余裕がないのに……

どうしよう……これはまずい……

エレナたちの話を笑っている場合ではなかった…


「それにしても、なぜ城壁なのでしょう?」


セドリックが穏やかな口調のまま尋ねてくる。



そこ?今それを聞く?

王太子殿下の側近だと知った直後に?


私はイザベラに助けを求めたけれど、返ってきたのは上品な微笑みだけだった。

自分で説明しろということらしい。


仕方ない…

ちゃんと説明しよう。

失礼のないように。


そう思えば思うほど、頭の中が混乱する。


そして二人を改めて見上げる。

やっぱり大きい。


「だって、背が高い人が二人並んで近くに立つと、向こう側見えないじゃん?私なんて特に小さいし。これくらい近くに立たれたら普通に隠れるよ」


――あ……?!?!?!


焦りすぎた……まずい…

言ってから気づいたがもう遅い…

説明しなければという焦りばかりが先に立って、完全に素が出ている。


しかしセドリックは、いまいち分かっていないような顔をしている。


――実際には、最初から全部分かっていたのだけれど、そんなことを知らない私はさらに焦った。


ーー伝わってない


なら実際に見せた方が早い。


「例えば――」


私はカイの前へ移動し、そのまま背後へ回った。

すると、本当に廊下が見えなくなった。

視界いっぱいに広い背中。


「ほら。隠れた」


さすがのセドリックも、これには少し驚いたらしい。

カイも、突然自分を実演に使われて困惑している。


私はそのまま二人を見比べた。


一人でも十分大きい。

二人並ぶと、もっと大きい。


「二人並んだらもっと見えない」


やっぱり城壁という表現は間違っていないと納得して頷いていると静かな声が飛んできた。


「リリアナ?」


まずい…イザベラが怒ってる…


「初対面の方を勝手に城壁扱いしないで」


もっともである。


「それから、説明のためとはいえ、いきなり人の後ろに回らない」


それも、もっともである。


そして最後に。


「あと言葉遣い」


そこでようやく、自分が何をしていたのかを正確に理解した。


王太子殿下の側近と護衛を相手に城壁と言い、砕けた口調で説明し、挙げ句の果てには、カイを勝手に実演に使った。


……全部だめでは?


一気に血の気が引いた。

エレナのことを笑えない。

むしろ私の方が酷いかもしれない。


「……申し訳ありません」


今度こそ、きちんと頭を下げる。


するとカイは、特に怒った様子もなく答えた。


「別に構わない。ただ、俺の後ろに突然入るな。気配で反応する」


少し安心したのも束の間、私は再び固まった。


そうだった…この人、騎士団の人だ…

しかも王太子殿下の護衛…


下手をすると、冗談では済まなかったかもしれない。


「……ごめんなさい」


またいつもの口調が出たが慌てて言い直すと、隣でイザベラが小さく頷いた。

どうやら今度こそ合格らしい。


一方のセドリックは、私たちのやり取りをずっと穏やかな顔で見ていた。

けれど、なんとなく観察されている気がする。

たぶん、この人はかなり頭がいい。

エレナとは別の意味で、余計なことを言わない方がいい相手かもしれない。


もっとも、すでに城壁発言も、砕けた口調も、カイを使った実演も全部見られたあとだけれど…


しかも、今になって考えるとさっきの「なぜ城壁なのでしょう」という問いは本当に分かっていなかったのだろうか。


エレナたちとの話を聞いているのなら、ある程度は想像がついていた気もする。

けれどセドリックは相変わらず穏やかに笑っているだけだった。


……考えすぎかな。


そう思うことにした。


私の横ではイザベラは、何事もなかったように二人と挨拶を交わしていた。


落ち着いている。さすがである。


……と思ったのだけれど。


セドリックから改めて名前を尋ねられた瞬間だけ、ほんの少し間が空いた。

他の人なら気づかなかったかもしれない。

でも、幼い頃から一緒にいる私には分かる。

イザベラはすぐにいつもの調子で名乗ったけれど、人見知りのせいでたぶん少し緊張している。


さっきまで私を注意していたくせに、ちょっと面白い。


セドリックには気づかれていないだろうと思ったけれど、ほんの一瞬だけ彼の意識がイザベラに向いたような気がした。


私たちはその後、短く挨拶を交わして別れた。


二人が並んで歩いていく後ろ姿を見送りながら私はやっぱり思った。


壁だ。

かなり立派な。


「……リリ」


「言ってないよ?」


「顔に出てる」


どうやら、長い付き合いには通用しなかった。


◇ ◇ ◇


その日の放課後、いつもの裏庭。


私とイザベラが到着すると、すでにエレナとシャルロットがベンチに座っていた。


「遅かったね」


エレナの言葉に、私は黙って二人の前まで歩く。


「会った」


それだけ言った。


「誰に?」


シャルロットに聞かれ、私は隣のイザベラを見る。


小さなため息が返ってきた。


「残りの城壁」


一瞬の沈黙の直後、エレナが吹き出した。

シャルロットは額を押さえ、イザベラは静かに目を閉じる。


「笑わないでよ」


数日前、あなたの話を笑ったことは謝る。

身をもって分かった。

だが、これは笑い事ではない。


しかも私は、相手が誰なのか知らないまま城壁と言ってしまった。


そこまではまだいい。

いや、よくないけれど。

問題はそのあとだ。


名乗られて、王太子殿下の側近と護衛だと分かった瞬間に焦り。


なぜか丁寧になるどころか、普段の口調が出た挙げ句の果てにカイを使って『壁』を実演した。


話せば話すほど、エレナの肩が震えていく。

シャルロットは額を押さえたまま。

イザベラは遠い目をしている。


たぶん、この話はしばらく私たち四人の間で擦られることになる。


◇ ◇ ◇


――同じ頃少し離れた場所では、セドリックとカイが先ほどの二人について話していた。


「ルシアンたちが言っていた意味が分かりました」


「何の話だ」


「彼女たちは、見た目だけでは分かりませんね」


「小さい方は分かりやすかったが?」


カイの言葉にセドリックは笑った。


確かに、それは否定できない。


可憐でおっとりした令嬢に見えたリリアナは、実際には驚くほど表情が変わる。

自分たちの正体を知った途端に焦り、その焦りのせいで言葉遣いがどんどん砕けていった。

そのうえ、城壁の説明のためにカイを実演に使う。


予想以上だった。


『なぜ城壁なのか』と尋ねたことについては、少し意地が悪かったかもしれない。


意味なら、とっくに分かっていた。

以前、裏庭で四人の会話を聞いた時点で四人並んで廊下を塞いでいたから壁。

しかも全員背が高い。


ただ、彼女達がどう説明するのか少し見てみたかった。

まさか、リリアナがカイを本当に壁として使うとは思わなかったけれど。


そして、淡い銀髪の令嬢。

一見すれば、物静かで隙がない銀髪の令嬢。

けれど名前を尋ねた瞬間だけ、ほんの少し間が空いた。

すぐに落ち着いた表情へ戻ったが、セドリックはそれを見逃していなかった。

カイが気づいていたかは分からないがあえて口にはしなかった。


ただ以前、裏庭で四人を遠目に見たときより少しだけ彼女たちという存在が、興味深く思えた。


こうして先にアレクシスとルシアンがエレナとシャルロットに、そして数日遅れて、カイとセドリックがリリアナとイザベラに。

廊下を塞ぐ『城壁』だと言われた四人と、四人の令嬢たちは少しずつお互いを認識し始めるーー

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